イタリア本国でナンバーワンヒットを記録し、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞(イタリア・アカデミー賞)で監督賞、主演女優賞他、全11部門にノミネートされたヒューマン・ラブ・ストーリー。
大ヒットした『あしたのパスタはアルデンテ』で知られる、イタリアの名匠フェルザン・オズぺテク監督最新作。あるカップルとその友人、家族たちの13年間。時空を繊細に交錯させるストーリーテリングの上手さ、人間味あふれるキャラクターの造形は、円熟期に入った監督の最高傑作である。
13年の時の流れを体現すべく、一ヶ月撮影を中断して、病魔と闘うヒロインのエレナを演じたカシア・スムトゥニアクは8キロ減量、夫役のフランチェスコ・アルカは逆に13キロ増量して、腹の突き出た中年男体型を作り出した。
人生は一度きり。カプチーノも、いのちもお熱いうちに。今を生きることの大切さを教えてくれる。
- 製作:2014年,イタリア
- 日本公開:2015年9月19日
- 上映時間:112分
- 原題:『Allacciate le cinture』
- 映倫区分:R15+
Contents
- 1 予告
- 2 あらすじ
- 3
映画を見る前に知っておきたいこと
- 3.1 イタリアを代表する監督フェルザン・オズぺテク
- 3.2 イタリア映画の歴史
予告
あらすじ
舞台は、アドリア海を臨む南イタリアの美しい街、レッチェ。カフェで働くエレナは勝ち気で素直になれない女性だった。エレナは雨の日のバス停で、アントニオと出会う。アントニオは、偶然にもカフェで働く同僚シルヴィアの恋人だった。しかし、性格も生き方もまるで違うのに強く惹かれあった二人は、周囲に波乱を起こした末、その恋を成就させ結ばれる。
そして13年後・・・
カフェの同僚で親友でゲイのファビオと独立して始めたカフェが成功し、アントニオとの間に二人の子供をもうけたエレナは、公私共に多忙な日々を送っていた。しかし、あんなに愛し合ったエレナとアントニオの夫婦関係には、綻びが生じ始めていた。そんな時、叔母に付き合ってがん検診を受けたエレナは、
思いがけない結果を聞かされる。病気になって初めて愛する人に囲まれて生きることの幸せを感じる・・・
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映画を見る前に知っておきたいこと
イタリアを代表する監督フェルザン・オズぺテク
本作の監督であるフェルザン・オズぺテクはイタリアを代表する監督の一人である。その証拠に、4作目の“La finestra di fronte”『向かいの窓』ではカルロヴィ・ヴァリ映画祭でグランプリに相当するクリスタル・グローブ、最優秀監督賞、最優秀女優賞の3部門を制覇、イタリアのアカデミー賞ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞では11部門にノミネートされて最優秀作品賞をはじめ4部門で受賞した。“Cuore sacro”『聖なる心』でもダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞12部門ノミネートされた。フェルザン・オズぺテク監督は人間を深く見つめる作風で、イタリア国内のみならず世界的にも評価を得ている。
イタリア映画の歴史
イタリア映画の歴史は、他の国とは少し違った道を歩んできた。映画産業が始まったのは1900年初頭。始めは主に歴史映画が製作されていた。ネロやメッサリナ、スパルタクスや、ユリウス・カエサルや、マルクス・アントニウス、クレオパトラなどの有名な歴史上の人物を描いた映画である。それ以外では文学作品に基づく社会的なテーマを特徴としたものがあった。イタリア映画界で最初のスターとなったベルティーニは映画にヌードで登場した初めての女優となった。
イタリアにはチネチッタと呼ばれる映画都市があり、今でも多くの映画が撮影されているが、これは1930年代にファシズム体制のもと大衆文化を監督するために造られた。世界でもこうした動きはあったが、劇場、技術的な支援、若者向けの映画学校まで揃った都市という形態は特徴的である。また国が国際的な文化交流のため、政治的に対立していても才能ある映画監督・作家・俳優をプロデュースしていたのも後のイタリア映画に影響してくる。
僕が、イタリアの映画業界で最も特徴的と思うのが独裁政権による影響をあまり受けなかったことだ。。第二次世界大戦が近づくにつれ、他の戦時国と同じように多くのプロパガンダ映画も製作されたが、多くの監督たちは政治と映画の間に一線を引くことに成功した稀な国だ。
というのも、1940年代から1950年代にかけて特に映画と文学の分野で盛んになった“ネオレアリズモ”という潮流があった。これは当時のイタリアで支配的だったファシズム文化への抵抗として生まれたもので、リアリズムの手法で現実を描写し、パルチザン闘争、労働者の要求、市民の暴動といった主題が扱われた。
今でこそ、映画の役割として社会問題に切り込んだ作品は当たり前だが、独裁政権下でこの動きがあったのは驚くべきことだと思う。いち早く映画を大衆文化や芸術として受け入れた珍しい歴史を持っている。