映画を観る前に知っておきたいこと

【或る終焉】メキシコの新たな才能ミシェル・フランコ

或る終焉

長編デビュー作『Daniel and Ana』(2009)でカンヌ国際映画祭監督週間に選出され、長編2作目の『父の秘密』でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門でグランプリに輝いたメキシコの新鋭ミシェル・フランコ監督の長編3作目は、終末期の患者をケアする看護師の崇高なる献身愛と葛藤をサスペンスフルに描いたヒューマンドラマだ。

そして本作は『父の秘密』に続き、カンヌ国際映画祭コンペティション部門で脚本賞を受賞している。『父の秘密』同様、本作でもミシェル・フランコ自身が脚本を書いている。そして日本ではまだ未公開であるが、監督・プロデューサーを務めた『Desde allá』(2015)では2015年ベネチア国際映画祭で最高賞となる金獅子賞を受賞している。

主演は『レザボア・ドッグス』(1992)『パルプ・フィクション』(1994)『ヘイトフルエイト』(2015)などのクエンティン・タランティーノ作品で御馴染みのティム・ロス。彼はイタリアの名作『海の上のピアニスト』(1998)で主演したことでも知られている。

脚本を書いたミシェル・フランコ自身の実体験に基づくリアリティと説得力、そして世界を騒然とさせたその結末にあなたの胸は貫かれる!


  • 製作:2015年,メキシコ・フランス合作
  • 日本公開:2016年5月
  • 上映時間:94分
  • 原題:『Chronic』

予告

あらすじ

デヴィッドは終末期患者の看護師をしていた。 別れた妻と娘とは、息子ダンの死をきっかけに疎遠となり、一人暮らし。孤独な彼には、患者の在宅看護とエクササイズに励む以外の生活はなく、患者が望む以上に彼もまた患者との親密な関係を必要としていた。

或る終焉

ある日デヴィッドは、末期がんで苦しむマーサに安楽死を幇助して欲しいと頼まれる。患者への深い思いと、デヴィッド自身が抱える暗い過去。「お兄ちゃんが死んだのはパパのせいじゃないわ」という娘の言葉を受け入れることもできずにいた。

或る終焉

死を深く見つめるデヴィッドが苦悩しながら下した壮絶な決断とは……


映画を見る前に知っておきたいこと

メキシコの新たな才能ミシェル・フランコ

或る終焉

そのキャリアは浅いながらも長編デビュー以来、カンヌ国際映画祭で高い評価を受け続けているメキシコの新鋭監督ミシェル・フランコ。残念なことに日本で公開されたのは本作を除けば、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でグランプリを取った『父の秘密』しかない。そのため彼の作風や成長をすべて辿ることはできないが、前作『父の秘密』と比較することで彼が扱うテーマの共通点や、作品に求めるものが見えてくる。

前作『父の秘密』同様、本作でも脚本を手掛けたのはミシェル・フランコ自身だ。この2作に共通しているのは実体験に基づく物語りであるということだ。

本作の脚本を書くきっかけとなったのが、脳卒中を起こした祖母が二度と動けない半身不随の身体になったことだった。その時、本当の意味で祖母の世話をしていたのは家族や親戚でもなく一人の看護師の方だと感じた彼は、そこに映画のテーマを見つけた。祖母と看護師の関係は家族とは別の親密さがあり、祖母が亡くなった後も看護師は家族同様に喪に服していたという。

死と喪失は彼女の人生の一部であり、その仕事は慢性的な鬱病(chronic depression)をももたらすこともあるという。それでも彼女は、他の仕事に就くことはないという。これが彼女の人生であり、キャリアなのだと。そして彼女は、喪の気分を入れ替え再び他者の人生と繋がるために、また他の末期患者を探すのだという。

また『父の秘密』では2つの実体験から着想を得ている。1つは、子どもの頃に近しい人が亡くなった悲しみから立ち直れない人を見てから「人は残された他の人の存在を忘れるものだろうか」という疑問を持った経験。もう1つは、学校で驚くほど残酷ないじめを1年以上も受けていた青年との出会いだ。彼のクラスメートはなぜそんなにも残酷な行為ができるのか。そしてなぜこの子は自分が受けている拷問を誰にも言わなかったのか。

父の秘密』で描かれた主題は日常的に起こり得る様々な形の「暴力」であり、映画の内容はあまりにも不条理なものであったが、本質は「愛情に根付いた物語」だという意味では本作と同じである。また死生観をテーマの一つにしている点でも共通している。

しかし本作が前作『父の秘密』と違うのは、人間の善意の方からテーマに向かって進んでいる点である。同じ「愛情に根付いた物語」でもアプローチの仕方が違うのでイメージもずいぶん違う。本作には優しい空気がある。前作『父の秘密』に比べると本作はミシェル・フランコ監督の角が取れ、少し大人になったような印象を受ける。

『父の秘密』は、かなり見る人を選ぶ、好みの別れる作品であったが、本作はより多くの人が共感できる作品になっているのではないだろうか。こうした作風の変化はその受賞歴からも感じる。

長編デビュー作『Daniel and Ana』がカンヌ国際映画祭監督週間、2作目『父の秘密』がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリ、そして本作がカンヌ国際映画祭コンペティション部門脚本賞、さらに『Desde allá』(2015)では2015年ベネチア国際映画祭金獅子賞と、どんどん大きな賞を獲得している。これは鋭い人間観察眼を持つミシェル・フランコの作品が、回を追うごとに万人に共感されるような作風になっていることを意味しているのではないかと思う。

これほど評価されている監督なので『Desde allá』はいずれ日本でも公開されるのではないかと思う。今のところ日本でも見る事ができる『父の秘密』と『或る終焉』でミシェル・フランコの進化を目の当たりにしたいと願うようになった。

原題の『Chronic』に込められた2つの意味?

原題の『Chronic』について勝手な憶測を少し……

『Chronic』とは慢性的なという意味の単語である。これは病気などに対して使われる単語で、ミシェル・フランコ監督のインタビューでも慢性的な鬱病(chronic depression)という言葉が出てくることから、主人公デヴィッドの看護師としての心理を表したタイトルだと思う。

しかし、その一方で勝手な憶測が生まれてしまった。『Chronic』とはマリファナの品種の名前でもあるのだが、マリファナは古くから痛みを和らげるため医療用としても使われてきた。

もちろん日本では違法な麻薬であるが、メキシコでは2015年に「責任と忍耐をもって個人消費するメキシコ組織(SMART)」による合法化を求める裁判があった。最高裁までもつれたこの裁判であったが、なんと合法化を認める判決が下されている。しかしこの背景には、メキシコを席捲している麻薬犯罪も減少させることに役立つという考えがあってのことだ。そういう意味ではメキシコでマリファナは悪いイメージだけではない。

そんなことから『Chronic』とは、末期がんで苦しみ安楽死を求める患者を少しでも楽にしてあげるという意味と、患者の死を看取る看護師の慢性的な鬱病という意味の二つを掛けたものではないだろうかと考えてしまった。

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