映画を観る前に知っておきたいこと

沈黙 サイレンス
遠藤周作とマーティン・スコセッシ

投稿日:2016年12月9日 更新日:

沈黙 サイレンス

日本を舞台に描く
マーティン・スコセッシ監督
渾身の一作が遂に完成。

20世紀のキリスト教文学で最も重要と言われる日本人作家・遠藤周作の代表作「沈黙」を、アカデミー賞監督マーティン・スコセッシが壮大な歴史大作としてスクリーンに映し出す。

江戸時代初期の激しいキリシタン弾圧の渦中に置かれたポルトガル人の司祭を通じて、神と信仰の意義に挑む。遠藤周作が辿り着いた“弱者の神”という考えをアメリカ人としてスコセッシ監督が代弁してみせる。

ハリウッドからはアンドリュー・ガーフィールド、アダム・ドライバー、リーアム・ニーソン、日本からは窪塚洋介、浅野忠信、イッセー尾形、塚本晋也ら、日米合同キャストで描かれる。


予告

あらすじ

17世紀江戸初期。激しいキリシタン弾圧の中で棄教したとされる師の真実を確かめるため、若き宣教師ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)とガルペ(アダム・ドライバー)はポルトガルから日本を目指す。途中、立ち寄ったマカオで日本人キチジロー(窪塚洋介)と出会い、彼の案内で長崎へと辿り着く。

沈黙 サイレンス

© 2016 FM Films, LLC.

そこで彼らの目に映ったのは、想像を絶する激しいキリシタン弾圧が行われる日本の姿だった。やがてロドリゴも長崎奉行に捕らえられ、棄教を迫られる。

沈黙 サイレンス

© 2016 FM Films, LLC.

信仰を貫くか、弾圧に苦しむ弱き民の命を救うか!?彼は究極の選択を迫られる……


映画を観る前に知っておきたいこと

マーティン・スコセッシが原作小説に出会ったのは1988年と、もう随分古い話になる。それはちょうど彼が、イエス・キリストを悩めるひとりの人間として描き出した『最後の誘惑』を撮影している頃だった。

「沈黙」の映画化権を巡る権利問題により、スコセッシ監督は28年もの間、この作品に焦がれ続けることとなった。そして遠藤周作没後20年となった今年、すべての問題をクリアし、ようやく映画化実現にこぎつけたのだ。

少年時代はカトリックの司祭を目指していたというスコセッシ監督にとって、遠藤が「沈黙」で描き出した“異文化の衝突”は、それだけ心を惹きつけられるテーマだったようだ。

遠藤周作

彼もまた、12歳の頃に伯母の影響でカトリックの洗礼を受けている。1955年、批評家として活動しながら発表した短編「白い人」で芥川賞を受賞すると、小説家として脚光を浴びた。

フランスへの留学経験がある遠藤はこの作品で、第二次世界大戦中のドイツ占領下のフランスで秘密警察の手先となり、抗独運動に傾倒した神学生を拷問にかける男を主人公にしている。キリスト教的な罪の意識を感じることの出来ない歪んだ人物(無神論者)の目線を通して伝えられる人間の暗部、そこには“信仰とは何か”を問いかける遠藤独自のキリスト教文学が存在する。

その後、彼がキリスト教を主題にした「沈黙」「海と毒薬」「侍」「深い河」は、欧米で翻訳され高い評価を受けることになる。そしてキリスト教文学で最も重要な作家として遠藤はノーベル文学賞候補にその名が挙げられたが、「沈黙」で見せた独自の解釈が選考委員の一部に嫌われ、受賞を逃したと言われている。

1991年にアメリカを訪れた遠藤は、「沈黙」の映画化について話し合うためスコセッシと出会っている。彼が肺炎によって亡くなる5年前のことだった。

原作を巡る歴史ロマン

スコセッシ監督が出会うずっと以前の1971年、「沈黙」はすでに一度映画化されている。

『沈黙 SILENCE』と題されたこの作品に遠藤は共同脚本として参加し、ロドリゴの棄教に至る経緯など、物語に大幅な改変を加えた。そのため、原作者が製作に深く関わった一方で、原作に忠実に撮られた映画とはならなかった。

その点においてスコセッシ監督は、“原作が表現していることをいかに映像で伝えるか”に強い拘りをみせている。

しかし、遠藤独自のキリスト教文学はその解釈が非常に難しく、マーティン・スコセッシですらアプローチの仕方に多くの時間を費やしたようだ。

芥川賞作家の代表作に挑むアカデミー賞監督、この図式は映画の大きな見どころとなる。

遠藤が「沈黙」で到達した“弱者の神”という考えを、、発表から50年後の今になってアメリカ人監督が再び世界へと発進する。ここには作家と映画監督の壮大な歴史ロマンがある。

-ヒューマンドラマ, 洋画
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