映画を観る前に知っておきたいこと

ディーパンの闘い
2015年カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞

投稿日:2016年1月15日 更新日:

ディーパンの闘い

フランス、パリ郊外 ── スリランカの戦禍から家族を装って逃れてきたディーパンと女と少女。全てを奪われた男は、新しい家族のため、愛のため、光を求めて、闘いに挑む。

『真夜中のピアニスト』(05)でアカデミー外国語映画賞、『予言者』(09)でカンヌ国際映画祭グランプリ、そして2015年カンヌ国際映画祭パルム・ドールをもぎ取ったフランスの名匠ジャック・オディアールによる、愛と光を求めた人々の珠玉のヒューマンドラマ。

嘘の夫、嘘の妻、嘘の娘。スリランカの戦禍を逃れフランスへ亡命した疑似家族。内戦で妻と子供を失ったディーパンは、本当の家族ではない“新しい家族”のため暴力を捨てた闘いに挑む。

主人公ディーパンを演じたアントニーターサン・ジェスターサンは演技初挑戦ながら、スリランカ内戦の元兵士という経歴がその芝居に真に迫る説得力をもたらしている。

予告

あらすじ

タミル・イーラム解放のトラの兵士としてスリランカ内戦に身を投じ、妻子を失った男(アントニーターサン・ジェスターサン)。移住許可を取りやすくすべく難民キャンプで孤児の少女(カラウタヤニ・ヴィナシタンビ)を探し当てた女(カレアスワリ・スリニバサン)。男はディーパンと名乗り、赤の他人の女と少女と偽装家族を演じることで難民審査をかいくぐった。

ディーパンの闘い

© 2015 WHY NOT PRODUCTIONS – PAGE114 – FRANCE 2 CINEMA

彼らはフランス、パリ郊外の集合団地へと辿り着いた。ディーパンは団地の管理人の職を手にし、昼間は外で家族を装い、家では他人に戻る。しかし、そんな日々は次第に3人を本当の家族の距離へと近づけた。

ディーパンの闘い

© 2015 WHY NOT PRODUCTIONS – PAGE114 – FRANCE 2 CINEMA

彼らがささやかな幸せに手を伸ばした矢先、新たな暴力が襲いかかる。集合団地では密売組織による銃声が昼間から鳴り響いた。暴力と決別したディーパンは、本当の家族ではない“新しい家族”のために再び闘いに身を投じていく……

映画を見る前に知っておきたいこと

数ある映画賞の中でもパルム・ドール受賞作には特に心を掴まれてきたが、この年のカンヌ国際映画祭は特別だったと思っている。

本作の監督であるジャック・オディアールを知らなくても、コーエン兄弟を知っている人は多いだろう。2015年の審査員長を務めたのが他でもないコーエン兄弟だった。

自身も『バートン・フィンク』(91)でパルム・ドールの受賞経験を持ち、カルト的な人気と興行的な成功が同居する現在のアメリカ映画界で最も重要な監督である。そのコーエン兄弟をして、最高だと言わしめたのが本作だ。

2015年カンヌ国際映画祭

前評判の低かった『ディーパンの闘い』が審査員満場一致の形でパルム・ドールを受賞したことが、この年のカンヌ国際映画祭に思わぬ波紋を呼んでしまった。

同じく同映画祭に正式出品されていた『キャロル』が、批評家やメディアの間で高い評価を受けていたことで、この受賞結果に疑問が投げかけられたのだ。

これにより、コーエン兄弟を始めとする審査員たちが授賞式後に記者会見を開き、改めて受賞の経緯について説明するという異例の事態となっている。

結果的に『ディーパンの闘い』は、昨今の賞レースに話題性を重視する批評家やメディアに対して一石を投じたことになった。そしてそれを後押しできたのは、カンヌとアカデミー賞の両方で評価されるコーエン兄弟だったからだろう。

その瞬間に最も感動を呼んだ作品が最高賞に輝くことは映画祭に限った話ではなく、すべての映画に対する評価の根底にある真実だ。

2013年に審査員長を務めたスティーヴン・スピルバーグの言葉が今になって心に響く。

「技術がどうとかではなく、自分の心に一番残った感動作を選びましょう」

スティーヴン・スピルバーグ

出典:www.cinematoday.jp

難民の今を伝える

本作の歴史背景となっているのが、1983年から2009年まで続いたスリランカ政府とタミル・イーラム解放のトラ(LTTE)による内戦だ。スリランカには、多数派民族であるシンハラ人と人口の2割弱を占めるタミル人が古くから混住してきたが、イギリス植民地時代にタミル人を重用する分割統治政策がとられたことで民族間の対立が深まり、スリランカ内戦の引き金となっている。

最終的にスリランカ政府軍がタミル・イーラム解放のトラの支配地域を制圧したことで内戦は終結している。つまりディーパンは不利な戦況にいたということだ。

ここまではあくまで映画の前提でしかないが、ここから現代の難民が抱える問題、文化の違いから生じる軋轢や差別を浮き彫りにすることで、映画は珠玉の人間ドラマまで昇華されていく。

あとがき

キャロル』も決して話題性だけの作品ではない。ただ受賞結果を不服とした批評家やメディアの傲慢さが問題だっただけだ。

分かち難く結びついてしまった2本の映画は、共に普遍的なメッセージを突きつける秀作である。

-ヒューマンドラマ
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