映画を観る前に知っておきたいこと

アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男
アウシュビッツ裁判へと繋がる極秘作戦

アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男

これは復讐ではない、
正義と尊厳を賭けた闘いだ

第二次世界大戦で敗北したナチス・ドイツの中で最も重大な罪を抱えた男アドルフ・アイヒマン。彼は600万人ものユダヤ人を強制収容所へ送り続けたホロコースト(大量虐殺)の中心的役割を担った人物である。

映画は、消息を絶っていたアイヒマンを拘束へと導いたひとりの検事フリッツ・バウアーにスポットを当てた真実の物語となっている。ドイツの歴史上極めて重要なこの人物は、いかにして国外逃亡していたアイヒマンを発見し、追いつめていったのか!?その極秘作戦の裏側を濃密かつサスペンスフルに描き切る。

2015年ドイツ・アカデミー賞で最多となる6冠(作品賞・監督賞・脚本賞・助演男優賞・美術賞・衣装デザイン賞)を達成した注目のドイツ映画。


予告

あらすじ

1950年代後半、それはドイツが敗戦からの経済復興に傾斜し、戦争の記憶の風化が進みつつある時代。ナチス戦犯の告発に執念を燃やす検事長フリッツ・バウアーのもとに一通の手紙が届く。南米からのその手紙には、逃亡中のナチス親衛隊中佐・アイヒマンがアルゼンチンに潜伏しているという重大な情報が記されていた。

アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男

© 2015 zero one film / TERZ Film

アイヒマンの罪をドイツの法廷で裁くため、国家反逆罪に問われかねない危険も顧みず、その極秘情報をイスラエルの諜報特務庁モサドに提供する。しかしドイツ国内に巣食うナチス残党による妨害や圧力にさらされたバウアーは、孤立無援の苦闘を強いられていくのだった……


映画を観る前に知っておきたいこと

ヘッセン州検事長フリッツ・バウアー。彼は戦後ドイツにおける最も重要な法律家のひとりとされている。彼の残した最も大きな功績はホロコーストの記憶を容易に葬り去らせなかったことにある。

サスペンスタッチにバウアーを描いた映画がドイツ国内で高く評価されたことは、ホロコーストの記憶が過去のものとなりつつある証拠なのかもしれない。しかし裏を返せば、戦争の記憶をつなぐためには観客を魅了する映画が必要ということなのか。

バウアーのターゲットとなったアドルフ・アイヒマンの犯した罪を知ることで映画はさらにおもしろくなる。

アイヒマンの罪

ナチス政権下でホロコースト(大量虐殺)の実質的な指揮を取ったとされるアドルフ・アイヒマン。しかし第二次世界大戦以前の彼は、ユダヤ人の建国を進めようとしていた。

1930年代初頭、ナチス・ドイツ親衛隊のユダヤ人課に在籍していた彼は、ユダヤ教、ユダヤ文化の復興運動を掲げたテオドール・ヘルツルの著作「ユダヤ人と国家」と出会い、そこに書かれたユダヤ人国家像と国家建設のプログラムを実践しようとしていたのだ。

実際に彼は、1933年から1937年にかけて2万4000人のドイツ在住のユダヤ人をパレスチナへ移住させている。

しかしこの計画をさらに推し進めようとするアイヒマンの考えに反し、ナチスの政策はユダヤ人国家の設立を妨げる方向で定めらていくこととなる。

1938年頃になると、アイヒマンは“ユダヤ人問題の専門家”としてオーストリアのユダヤ人の移住に取り組んでいた。しかしこの時に彼が行っていたのはユダヤ人を食い物にしたビジネスだった。ユダヤ人たちの亡命の代償は全財産であり、アイヒマンは彼らの所有物はすべて取り上げたのだ。

アイヒマンがユダヤ人移住政策を巨額のビジネスに仕立て上げたことは、父アドルフ・カールが投資に失敗し財産を失う様を目の当たりにした少年時代の経験も関係していたかもしれない。

第二次世界大戦が始まると、アイヒマンのユダヤ人移住政策は限界を迎えることとなる。

1940年、パリ陥落によるフランスの降伏を受けて、ドイツは西ヨーロッパのほぼすべてを手中に収めていた。ここで深刻化したのがユダヤ人問題だ。この時、ドイツの支配領域に暮らすユダヤ人は325万人となり、彼らの追放先を探すことがドイツ政府にとって急務となったのだ。

しかし何百万人ものユダヤ人を輸送する手段がないドイツは、問題の“最終解決”へと舵を切る。ホロコーストだ。

1941年、ヒトラーの命令によりヨーロッパ中のユダヤ人が根絶やしにされることを知ったアイヒマンは、各地にあるガス殺を行う建物を視察して回った。アイヒマンは後の尋問で、この時に強いショックを受けたと語っている。

また、ユダヤ人を収容所へ移送して絶滅させる決議を下したヴァンゼー会議にアイヒマンも出席していたが、会議の席上で一言も発言していないとも証言している。

彼もまた、戦争の流れに翻弄された一人だと言いたかったのかもしれない。兵士が命令に従い敵を殺すように、戦争という濁流を個人の力で止めることはできない。

しかしアイヒマン最大の罪は、ヴァンゼー会議に参加し“最終解決”の決定に関与したことではない!

ドイツの敗色が濃くなった1945年、親衛隊全国指導者のハインリヒ・ヒムラーはユダヤ人虐殺の停止を命令したが、アイヒマンはそれに従わずハンガリーで任務を続けた。彼はユダヤ人をガス室に送り続けることで、自身が戦地に派遣されることを避けたのだ。

保身のために多くのユダヤ人を犠牲にしたアイヒマンのこの行動は、もはや戦争とは呼べない。仮に停止命令に従っていたとしても絞首刑は免れられなかっただろうが、彼からは愛国心、正義、信念、何一つ感じられなくなっていた。

CAST.STAFF.BACK.

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