映画を観る前に知っておきたいこと

【真珠のボタン】“人間の在り方”を追求する哲学的ドキュメンタリー

投稿日:2015年9月17日 更新日:

南米・チリのドキュメンタリー映画の巨匠パトリシオ・グスマン監督による『光のノスタルジア』『真珠のボタン』の2部作を一挙公開!

光のノスタルジア』は世界中から天文学者たちが集まり遠い光が照らす過去の記憶を辿る一方、ピノチェト独裁政権下で政治犯として捕らわれた人々の遺体が埋まっている場所でもあるチリ・アタカマ砂漠を映し出すドキュメンタリー。天と地の時間が交錯し、そこから最も近い過去(ピノチェト独裁政権下で殺された犠牲者たちの歴史)に起こった謎に迫る。2011年山形国際ドキュメンタリー映画祭で「光、ノスタルジア」のタイトルで上映され最優秀賞を受賞した。

『真珠のボタン』は祖国チリがたどってきた苦難の歴史を大自然の圧倒的な映像美とともに描き、2015年ベルリン国際映画祭で銀熊賞(脚本賞)を受賞したドキュメンタリー。チリの西パタゴニアの海底で発見された真珠のボタンから、先住民大量虐殺やピノチェト独裁政権下で殺された犠牲者たちの歴史を紐解く。

パトリシオ・グスマン監督の鮮烈な映像美で問い掛けるドキュメンタリー2部作は、人間の暴力や支配への欲望に対して人類が忘れている未来への希望を思い出させてくれる。

  • 製作:2015年,フランス・チリ・スペイン合作
  • 日本公開:2015年10月10日
  • 上映時間:82分
  • 原題:『El boton de nacar』

予告

あらすじ

「水には記憶があるという。」
真珠のボタン全長4300キロという長い国土が太平洋に臨んでいるチリ。その海の起源はビッグバンのはるか昔まで遡る。そして海は人類の歴史をも記憶している。真珠のボタンチリ南部に位置する西パタゴニアは無数の島や岩礁、フィヨルドが存在する世界最大の群島と海洋線が広がり、かつて水と星を生命の象徴として崇めた先住民が住んでいた。真珠のボタンその海底で発見されたボタンが、植民者による先住民大量虐殺、ピノチェト独裁政権下で海に投げられた犠牲者たちの歴史を繋ぐ。火山や山脈、氷河などチリの超自然的ともいえる絶景の中で流されてきた多くの血、その歴史を海の底のボタンが紐解いていく……

映画を見る前に知っておきたいこと

哲学的なドキュメンタリー

この映画が伝えようとしていることは一体なんだろう?先住民大量虐殺やピノチェト独裁政権下で殺された犠牲者たちの歴史を紐解くのに、人間の愚かさを伝えるのに、大自然や宇宙や水の起源が必要だろうか。普通のドキュメンタリー映画であれば、“最も近い人間の愚かな歴史”を振り返るのにここまで壮大な話をすることはないだろう。

それだけでこの映画がただのドキュメンタリーではないことがわかると思うが、先住民大量虐殺やピノチェト独裁政権下で殺された犠牲者たちの歴史を紐解くことが目的ではないように思う。もっと哲学的なことを伝えようとしているのではないだろうか。“最も近い人間の愚かな歴史”を大自然や宇宙や水の起源から見ることによって、人間の根源に迫っているように思う。もともと宇宙がそこに在ったように、人間の愚かさすらがもともと在ったものと感じてしまう。それと同時に、人間の未来への希望もすでに在るものだと。僕たちが忘れているだけのことを思い出させてくれる。

巨匠パトリシオ・グスマン監督には驚かされた。こんな映画が、ドキュメンタリーが、あるのかと。映画の枠の中では普通は伝えきれないことを僕たちに教えてくれる。手法が云々ではなく、映画に対する考え方が新しい。哲学者を題材にした映画や、人生の在り方を追求するような哲学的な映画はあるが、ドキュメンタリーでしかも多角的に人間の根源を追求していく作品は、僕が知る限りでは他にない。ありのままを映し出すドキュメンタリーというジャンルでこれをやることによって、この作品自体も創るべきして創られた必然を感じる。もともと宇宙がそこに在ったように、この作品ももともと在ったような……

僕にとってこの感覚は新しいもので、また映画に対する視野を広げてくれた作品だ。

  • 西パタゴニア
    チリ南部。無数の島や小島、岩礁、峡湾(フィヨルド)が存在し、「西パタゴニア」という名前で知られている。海岸線は、およそ7万4000キロもあり、人が足を踏み入れたことのない場所さえある。南アメリカ大陸の遙か南を含む、ペナス湾からスタテン島(南アメリカ・最南端の場所)までの、広大な“海の迷宮”は、人類が元々、海に住んでいたことを思い起こさせる。ドイツ人科学者のテオドール・シュベンクによれば、人間の内耳は渦巻き状の巻貝のようであり、心臓は2本の海流の合流地点であり、我々の体の骨のいくつかは、渦巻きのような螺旋状になっているという。
  • 宇宙の中の水
    水は人間だけのものではない。太陽系に存在する共通要素のひとつである。木星や土星などいくつかの惑星では、水蒸気の痕跡が確認されており、火星、月、エウロパ(木星の衛星の一つ)、タイタン(土星の第6衛星)では氷が見つかっている。また太陽系外の天体にも、多くの水が存在する。2010年、チリのラ・シヤ天文台が、地球から20光年離れた天秤座にある“グリーゼ581”のいくつかの衛星に水があることを発見した。現在では、パタゴニアのような群島が存在する可能性を否定することはできない。
  • 水の民
    この地域についての映画を撮ることになり、同時にこの地の住民の歴史をカメラに収めようという気持ちになった。テオドール・シュベンクの言葉に「考えるという行為は、すべてのものに適応するという水の能力に似ている。人間の思考の原理は水と同じだ。あらかじめ、あらゆるものに順応できるようできているのだ」というものがある。おそらく、このことが人類の一部族が、この地に1万年も孤立状態の極地の気温の中、住み続けてきた理由だろう。風速55メートルという強風が吹く中である。18世紀には8000人が暮らしていたと言われているが、現在でも20人の住民がいる。

-ドキュメンタリー, 洋画

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。