映画を観る前に知っておきたいこと

エリザのために
混迷するルーマニアを撮り続ける男クリスティアン・ムンジウ

投稿日:

エリザのために

全てをかけて娘を守る

2007年、『4ヶ月、3週と2日』でカンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝き、世界にその名を知らしめたルーマニアの俊英クリスティアン・ムンジウ。彼は2012年の『汚れなき祈り』でも女優賞と脚本賞を獲得し、長編第6作目となる本作では監督賞に。

カンヌで3度の栄冠を手にしたムンジウ監督が、全てをかけて娘を守る父親が愛情と道徳の間で揺れ動く5日間を映し出す。

予告

あらすじ

ルーマニアの小さな町に暮らす医師ロメオ(アドリアン・ティティエニ)は妻と家庭内離婚状態で愛人がいた。家庭は決してうまくいってないが、18歳の娘エリザ(マリア・ドラグシ)への愛情だけは変わらなかった。

ある朝、イギリス留学を控えるエリザが登校途中に暴漢に襲われてしまう。大事には至らなかったが、彼女は激しく動揺した。それは留学を決める最終試験に影響を及ぼしそうほどに……

エリザのために

© Mobra Films – Why Not Productions – Les Films du Fleuve – France 3 Cinema 2016

ロメオは娘の留学のため、警察署長や副市長、試験監督とツテを頼り、奔走した。そこでロメオは娘の試験に便宜を図ってもらう代わりにある条件を飲むのだった。

エリザのために

© Mobra Films – Why Not Productions – Les Films du Fleuve – France 3 Cinema 2016

しかし、父としてロメオがやった裏工作に娘は反発するばかり。そんな中、ロメオに検事官の捜査の手が迫ろうとしていた……

映画を観る前に知っておきたいこと

毎年、僕はパルム・ドールに輝いた作品を楽しみにしている。とりわけ2007年の受賞作には、想像以上の重たいテーマを叩きつけられた。

それが“1987年、独裁政権下のルーマニア。法律で禁じられたことを実行した勇気あるヒロインの物語”と謳われた『4ヶ月、3週と2日』だった。日本でクリスティアン・ムンジウの作品が初めて公開された、まさに出会いとなるはずだったこの映画。しかし、ルーマニアの独裁政権下では中絶手術が違法だったことも知らず、当時の僕は見事に置き去りにされた。作品を追いかけるように、しばらくこの作品について考えらされることになったのだ。

続いて2013年に日本で公開されたのが、カンヌ国際映画祭で女優賞と脚本賞のW受賞を果たした『汚れなき祈り』だった。国民のほとんどが信仰するルーマニア正教の修道院で実際に起こった“悪魔憑き事件”を基にしたこの作品も、宗教映画として理解するには少し時間がかかった。

ムンジウ監督の作品に触れる時は、文化の違いを乗り越えることを多少覚悟しておいた方がいいかもしれない。

混迷するルーマニアを撮り続ける男クリスティアン・ムンジウ

かつては共産党一党独裁の社会主義国だったルーマニア。そして、その共産党政権の頂点に立つ独裁的権力者として君臨していたのがニコラエ・チャウシェスクだった。

1989年12月、反チャウシェスク派によるクーデターが勃発。俗に言う“ルーマニア革命”でチャウシェスク政権が打倒され、現在の民主主義国家であるルーマニアが樹立された。しかし共産党政権挫折の余波が、今もルーマニアに混迷をもたらしている。

『4ヶ月、3週と2日』の舞台となった1987年、独裁政権下のルーマニアで中絶手術が違法とされていた背景には、チャウシェスクの理念が関係している。彼は「国力とはすなわち人口なり」とし、子供をたくさん産んだ者に奨学金を出し、人口を増加させる政策を実行していたのだ。

しかし、この政策は政権崩壊後に多くの行き場をなくした子供たちを生んでしまった。親から充分に食べさせてもらえず家を飛び出す、あるいは捨てられて街頭で生活していく、ルーマニアにはそんな子供たちが暮らす地下王国がある。

首都ブカレストに張り巡らされた下水道の中で暮らす彼らは“マンホール・チルドレン”と呼ばれ、麻薬を拠り所とし、使い回しの注射針によって住民全員がHIVポジティブであり、4分の1は結核患者だとされている。そして、大人になった彼らが子を産み育むことで、今なお続く問題としてルーマニアに暗い影を落としているのだ。

決して抜け出せない地下王国がある一方で、地上の社会では共産主義時代の金とコネが物を言う不正が現在も横行している。

本作で描かれる、娘を守るために道を踏み誤ったとしても突き進み続ける父親の姿。その愛の必死さは、ルーマニアの歪な社会においてより強い共感を生むのではないだろうか。

混迷するルーマニアを撮り続ける男、それがクリスティアン・ムンジウだ。

-ヒューマンドラマ, 洋画
-, , , ,

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。