映画を観る前に知っておきたいこと

【ゼロ・グラビティ】ひたすら宇宙空間をさまよう新感覚SF映画

ゼロ・グラビティ

地球から60万メートル上空。音もなく、気圧もなく、酸素もない、すべてが完璧な世界。宇宙で生命は存続できない。スペース・シャトルの船外ミッションを遂行していたメディカル・エンジニ­アのライアン・ストーン博士は突発的な事故に見舞われ、ベテラン宇宙飛行士マット・コ­ワルスキーと共に宇宙空間に放り出されてしまう。漆黒の世界で二人は生き残ることができるのか!?

監督は『トゥモロー・ワールド』『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』のアルフォンソ・キュアロン。ストーン博士役にサンドラ・ブロック、マット役にジョージ・クルーニー。

第86回アカデミー賞では、作品賞ほか同年度最多となる10部門にノミネートされ、計7部門(監督賞、撮影賞、視覚効果賞、作曲賞、音響編集賞、録音賞、編集賞)で受賞を果たした。第70回ヴェネツィア国際映画祭オープニング作品。

圧倒的映像で映し出す宇宙空間と極限の心理を描いたSF・ヒューマン・サスペンス。


    • 製作:2013年,アメリカ
    • 日本公開:2013年12月13日
    • 上映時間:91分
    • 原題:『Gravity』
    • 上映方式:2D/3D

予告

あらすじ

メディカル・エンジニ­アのライアン・ストーン博士は初のスペースミッションに参加し、ベテラン宇宙飛行士マット・コ­ワルスキーと共に宇宙空間で船外活動している時、突然ヒューストンの管制から緊急避難指示の連絡が入る。多量の宇宙ゴミが拡散し、シャトルに衝突する危険があるため、船内への避難を指示されたが、二人は衝突に巻き込まれ宇宙空間に放り出されてしまう。ゼロ・グラビティライアンは宇宙空間で現在位置もわからなくなり、酸素が残り少ない状況からパニックになってしまう。しかし、マットは常に的確な指示を出し続け、ライアンを発見する。そして自分の体にライアンを固定することに成功する。ゼロ・グラビティなんとかシャトルまで辿り着いた二人は、そこで自分たち以外に生存者がいないことを知る。ヒューストンの管制とも一切の通信が途絶え、二人は自力で地球に戻るため国際宇宙ステーションへ向かうが、自由の効かない宇宙空間で辿り着くことは困難であった。二人は再び宇宙空間に放り出されそうになったが、マットは、死を覚悟して自らロープを切り離すことでライアンだけを国際宇宙ステーションに残した。マットは通信が途切れるまでライアンを生還させるための指示を出し続ける。国際宇宙ステーションの破損も激しく、地球に戻るために中国の宇宙ステーションまで行くしかないことを指示し、マットの通信は途絶えてしまう。ゼロ・グラビティ宇宙空間で一人になったライアンは、マットを救出に行くか、中国の宇宙ステーションを目指すか、選択を迫られる。果たして極限の状態でライアンは的確な判断を下し、生き残ることができるのか!?


映画を見る前に知っておきたいこと

リアルな描写が生む極限の緊迫感と圧倒的映像美

アルフォンソ・キュアロン監督の出世作とも言える本作は、圧巻の受賞歴を誇る。アカデミー賞の7部門(監督賞、撮影賞、視覚効果賞、作曲賞、音響編集賞、録音賞、編集賞)受賞を始め、ゴールデングローブ賞や英国アカデミー賞でも監督賞を受賞している。

それは本作がこれまでのSF映画とは一線を画す斬新な作品であったからだ。ほぼ全編に渡って宇宙空間を漂っている映像でストーリーが進み、登場人物も2人しかいない。どこか淡々とした空気を漂わせながらも、生きるか死ぬかの極限の緊迫感だけは失うことはない。これはいかにもSF映画らしいアクションをあえて排除したわけではなく、宇宙空間をリアルに描写しようとした結果がもたらしてくれたものだ。

そしてリアルな描写は同時に、圧倒的な映像美も生んでいる。観客は宇宙がどれだけ完璧な世界なのかをその映像だけで知ることができる。そこにある芸術性はSF映画を見ているという感覚にさせない。そうした斬新さが本作の評価に繋がっている。

こんな風に言うと少し難解な作品というイメージを持ってしまうかもしれないが、興行的な成功が物語るようにエンターテイメントとしても十分成立しているので構える必要はまったくない。派手さはないが、それが逆に緊迫感を生み、観客を引き込んでいく。少しやり口の違う方法でエンターテイメント性を演出している映画だ。

感想・評価

徹底したリアリティの追求と科学的リアリティの欠如

批評家たちの評価は概ね好調であったが、中には酷評も見受けられた。厳しい意見のほとんどは「空想科学映画であり、現実とはそぐわない場面が存在する」というものだ。NASAが公式な立場として助言を拒否したという話もあり、科学的に実証できないシーンがあるらしい。

  • 軌道傾斜角が全く異なる「ハッブル」「ISS」「天宮」間の移動は膨大なエネルギーと綿密な軌道制御が必要であり宇宙飛行士が単身で移動することは現実には不可能
  • 有人機動ユニットなどは直ぐに燃料が無くなる
  • 船外作業ではおむつ着用が必須
  • 衛星軌道上でのチェーンリアクションは荒唐無稽
  • 消火器で宇宙空間は遊泳不可能
  • 宇宙空間で工具は掴めない

これらがそれに当たるのだが、こうした意見は少し野暮な感じがする。というのも、映画を見ている僕たちにはそうそう理解できることではないからだ。映画を見た率直な感想としては、相当リアルに感じたし、外から見る地球の美しさは実際にそうなのだろうと思わせる説得力があった。

しかも映画のテーマとしては、ライアンの生きるか死ぬかの極限の精神状態によりフォーカスしているので、観客はそれどころではない。

また、劇中で宇宙空間に放り出されたはずのマットが追いつめられたライアンのもとに戻ってくるシーンがあるのだが、僕はここで予定調和な商業主義の映画になってしまうのかと思ったが、これはライアンの妄想であり、マットが戻ってくることはなかった。映画を見ている間、冒頭の船外活動のシーンでマットが語った過去の話の続きがずっと気になっていたが、それが語られることも最後までなかった。

科学的にはリアルではなかったのかもしれないが、アルフォンソ・キュアロン監督のリアリティを追求する姿勢は徹底したものであり、それは観客に確実に伝わったと思う。2013年時点では最高レベルのSF映画だと感じた。

3D映像の圧倒的評価

ここまでその映像美やリアリティについて言及してきたが、それはあくまで2D版での話だ。

この映画の真価を味わいたければ、3Dで見るべきだ。というのも、僕は過去にここまで3d版の評価が高かった映画を知らないからだ。これは非常に稀な状況だ。

3D映像の使い所が非常に効果的であり、元々徹底的なまでに宇宙空間をリアルに描写しているが、3D映像もまたそのために駆使されている。

僕は『ゼロ・グラビティ』を後追いで見たため、この稀な3D体験の機会を逃している。DVDでも十分宇宙空間を堪能できたが、映画館ではこれの比ではなかったと思うと今でも口惜しい……

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。