映画を観る前に知っておきたいこと

【ハッピーエンドの選び方】ヴェネチア・デイズ観客賞受賞作

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ハッピーエンドの選び方

第71回ヴェネチア国際映画祭ヴェネチア・デイズで観客賞の受賞を始め、世界の映画祭で拍手喝采を浴びた感動作。イスラエル映画として自国のアカデミー賞では4部門を獲得。監督・脚本を務めたのはシャロン・マイモンとタル・グラニットの二人。共同脚本・共同監督は本作が4度目となる。なかでも2009年の『A MASTER OF SIZE』はその年イスラエルの興行収入第1位を記録し、多くの賞を獲得した。主演を務めるゼーブ・リバシュはイスラエルでは知らない人はいない代表的な俳優だ。

舞台はエルサレムのとある老人ホーム。発明好きのヨヘスケルは病に苦しむ友人から“秘密の発明”を頼まれる。それは自分の最後を自分で選べるという画期的な発明であった。しかし秘密であったはずのその発明は瞬く間にイス­ラエル中に広がっていくことに……

自分らしく選べば、それが本人にとってのハッピーエンド。涙と笑いに包まれながら、人との絆や人生の輝きを教えてくれる。


  • 製作:2014年,イスラエル・ドイツ合作
  • 日本公開:2015年11月28日
  • 上映時間:96分
  • 原題:『The Farewell Party』

予告

あらすじ

エルサレムにある老人ホームで暮らす発明家のヨヘスケル。彼の趣味はユニークなアイディアでみんなの生活を少­しだけ楽にするような発明をすることだった。そんなある日、ヨヘスケルは延命治療に苦しむ親友のマックスか­ら、発明で安らかに死なせてほしいと頼まれる。妻レバ―ナは猛反対するがお人よしのヨ­ヘスケルは親友を助けたい一心で“自らスイッチを押して苦しまずに最期を迎える装置”を­発明するのだった。ハッピーエンドの選び方同じホームの仲間たちの助けも借りて計画を準備し、ついに自らの意思で安ら­かに旅立つマックスを見送る。しかし、秘密だったはずのその発明の評判は瞬く間にイス­ラエル中に広がり、依頼が殺到してしまう!ハッピーエンドの選び方そんななか、愛するレバーナに認知症の兆­候があらわれ始める。残された時間と向き合って見えてくる、人とのつながり、人­生の輝き。ヨヘスケルとレバ―ナの選択とは……

映画を見る前に知っておきたいこと

ヴェネチア国際映画祭ヴェネチア・デイズとは?観客賞とは?

ヴェネチア・デイズはヴェネチア国際映画祭の本選となるコンペティション部門とは異なる部門であり、期間中にイタリア映画監督協会と製作者協会の主催で開催される。ヴェネチア・デイズはカンヌ国際映画祭で言うところの監督週間に相当する部門である。ちなみにカンヌの監督週間は「政治的配慮や商業的思惑などを排除して自由な立場で世界中の監督を紹介すること」を目的とし、今では本選のコンペティション部門と並ぶ人気部門となっている。最近日本で公開された映画では、カンヌの監督週間でSACD賞を獲得した『カミーユ、恋はふたたび』がある。

本選のコンペティション部門ではないが、カンヌ、ベルリンと並ぶ世界三大映画祭でもあり、映画祭の中では最も歴史が古い権威あるヴェネチア国際映画祭での評価は素晴らしいものだと言える。中でも本作が受賞したのは観客賞であり、この賞は観客の投票によって選出されるのが特徴である。なので僕は観客賞に対しては、特別な意味合いを感じる。映画における芸術性の高さはさておき、その映画祭で上映された作品の中で単純に一番おもしろかった作品が選ばれる賞だと思うからだ。本作を見れば、ヴェネチア・デイズの観客の気持ちがわかると思う。

秀逸なハッピーエンドの作り方

『ハッピーエンドの選び方』でテーマとして扱われるのは“人生の最後”だ。それは自分の人生だけではなく、親しい人との別れも含まれている。誰しもが生まれてくることは選べないが、いつ死ぬかぐらいは自分の意志で決められないだろうかという発想から生まれた作品である。この物語は実話ではないが、監督であるシャロン・マイモンとタル・グラニットの二人がお世話をした親しい人物との別れがもとになっている。実体験から生まれた物語は説得力があるものの、本作は決して悲しい作品ではない。それは僕たちが人生のどうにもならない問題に立ち向かう時、一番の武器となるのはユーモアだということを教えてくれているからだ。観客は笑いながらこんな重たいテーマに触れる事ができるのだから、この作品に出会えた人は幸せだと思う。

ヴェネチア・デイズで観客賞に選ばれた事から、単純に観客がおもしろいと感じた作品のように言ったが、実際はとても社会的で芸術性もある映画だと思う。あえて笑いの影に隠すことで重たくは感じないが、安楽死という問題を題材にしている点は十分社会派である。また、最愛の人との別れを描く時、それはなかなか完全なハッピーエンドにはならないものだ。“自分らしく選べば、それが本人にとってのハッピーエンド”と言い切ってしまい、しかも観客もそれに納得してしまう説得力がある。それは人生の最後をハッピーエンドとして捉えることで、映画自体は自然とハッピーエンドになってしまうからだ。

僕たちは死というものから決して逃げることはできないが、それをどう捉えるかは本人の感覚に委ねられている。映画もその終わり方をどう捉えるかは、観客のさじ加減次第ということだ。そこを完全にコントロールすることで結末とは逆の感情を抱かせるのだから、このハッピーエンドの作り方は秀逸だと思う。

-ヒューマンドラマ, 洋画

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