映画を観る前に知っておきたいこと

インデペンデンス・デイ:リサージェンス
評価・感想/これがSF映画の現在地だ!

インデペンデンス・デイ:リサージェンス

インデペンデンス・デイ』の20年振りとなる続編という事で、早速劇場に足を運んできた。

懐かしさと、3Dで体感できる期待感、それに不安もあっただろうか。過去の思い入れはこの映画を色んな視点から解釈してみようと思わせた。

感想を交え、SF映画の現在地や、続編としての完成度、前作との違いなどに言及しながら評価してみたい。


あらすじ(ネタバレ)

あの戦いから20年後

1996年、エイリアンの侵略戦争に人類が勝利し、ホイットモア大統領が地球の独立宣言をしてから既に20年の時が経過。人類は国、人種、宗教の壁を越えて互い結束し、来たるべきエイリアンの侵略に備え地球防衛システム(ESD)を構築していた。

そしてESD初代長官には、20年前の戦いで作戦を考案したあの天才エンジニアのデイビットが。

デイビットたちは、20年前の戦いでエイリアンが乗っていた戦闘機(アタッカー)を操る精鋭部隊(レガシー隊)を結成し、さらに月や火星に人類を守るための基地を設置。万全の体制で敵の侵略に備えていた。

レガシー隊のメンバーには、20年前の戦争で孤児となったジェイクと、かつて人類を救った英雄ヒラー大尉の息子ディランが選ばれていた。しかし、ジェイクが飛行訓練中に誤ってディランの機体を墜落させたことが原因で二人の仲は険悪だった……

アフリカ

アフリカには20年前のエイリアンの宇宙船がそのまま残されていた。

数日前から、その宇宙船がわずかに起動し始めたことでデイヴィッドは宇宙船の調査に乗り出す。

地球に取り残されたエイリアンと戦う反乱軍リーダーのウンブトゥに宇宙船へと案内されるデイヴィッド。そこでエイリアンたちの救難信号発信装置を発見してしまう。

デイヴィッドは、宇宙船の異変から来たるべき日が近いことを確信するのだった。

時を同じく、元大統領のホイットモア、20年間の昏睡状態から突然目覚めたオークン博士、反乱軍リーダーのウンブトゥも、エイリアンの襲来を予感させる信号を頻発に受け取るようになっていた。

ついにエイリアン襲来!

その頃、ESD月面基地には謎の宇宙船が姿を現していた。

エイリアンの襲来を危惧した現大統領ランフォードは、デイヴィッドの忠告を無視して宇宙船に先制攻撃を許可する。

人類の攻撃により月面へ墜落した宇宙船の残骸を調べるため、デイヴィッドはESD月面基地に向かい回収を試みようとしたその時だった……

突如、ESD月面基地は巨大な影に覆われていく。その正体は直径4,800㎞におよぶ超巨大なエイリアンのマザーシップだった。

ESD月面基地はなす術無く破壊され、地球防衛システムもあっさりと突破されてしまう。さらにマザーシップは重力を操り、地球上の都市を地面に叩き付け、人類は再び滅亡の危機へと追い込まれていく。

ランフォード大統領は全世界に向けてエイリアンとの全面戦争を宣言し、ディランとジェイクの所属するレガシー隊もマザーシップへの攻撃を開始するのだった。

人類の先制攻撃によって撃ち落とされた宇宙船の正体とは?

一方、宇宙船の残骸の回収に成功したデイヴィッドはオークン博士と共に調査を開始。オークン博士が残骸を無理矢理切断すると、中から白い球体が現れた。

白い球体の正体は、人類よりはるか昔からエイリアンと戦う別の地球外生命体(異星人)が作った人工知能だった。

その中にはエイリアンに対抗するための情報とテクノロジーが詰め込まれていた。そしてデイヴィッドたちは、エイリアンの目的が多くの星を蹂躙し、資源を食いつぶすとまた次の星へ移ることだと知る。

エイリアンの中には、統率する女王がいることも……

最終決戦へ

レガシー隊のメンバーが次々とやられてしまう中、ディランとジェイクはマザーシップへの潜入に成功する。

しかし、それは女王の罠だった!

マザーシップ内に囚われたディランとジェイク。しかし、女王はエイリアンにとって驚異である白い球体の起動信号をキャッチしたことで、エイリアンたちを率いてマザーシップから出撃。

ホイットモア元大統領は、攻めてくる女王のアタッカーめがけて自爆攻撃を仕掛ける。しかし、アタッカーの残骸から女王は無傷で立ち上がってきた。

女王の凄まじい攻撃でESD本部は壊滅状態となり、白い球体も奪われてしまう。

その時、敵のアタッカーに乗り込みマザーシップを脱出したディランとジェイクが現れる。

しかし、エイリアンたちをシールドにした女王にすべての攻撃を無効化されてしまう。ディランとジェイクはシールドの隙を突いて頭上から最後の攻撃を仕掛けるのだった。

エンディング

ついに女王は力尽き、その場へ崩れ落ちた。

統率を失ったことで、エイリアンたちのアタッカーも次々と停止し、再び人類は勝利を手にした。

戦いは終わり、白い球体は人類が連合軍のリーダーとなることを要請する。人類は新しいテクノロジーと共に再びエイリアンとの決戦に備えるのだった……


感想(ネタバレ)

前作から20年、SF映画の現在地と呼ぶに相応しい圧巻の映像!

まず映像に関しては予想通り、SF映画の現在地を堪能させてもらえるクオリティだった。あの『インデペンデンス・デイ』が3Dで体験できるという期待感は裏切らなかった。

ファンを意識してか、前作をそのままスケールアップさせたような演出も多く見られた。

中でもエイリアンのマザーシップが登場するシーンは前作と同じ演出が用いられていた。地表が段々と影に覆われ、その大きさを予感させる。ただ、前作は地球の都市が影に覆われていったが、今度は人間が月に作った基地全体だった。

物語の世界観もより宇宙に向けられ、マザーシップは前作の直径24kmから直径4,800㎞という比較にならない程のスケールアップを見せた。前作ではマザーシップは地上から見上げる人々の目線で描かれていたが、本作は宇宙から地球に着陸したマザーシップを映し出している。

そして映画の前半で最も圧巻だったのが、重力を操るマザーシップに人、車、建物、都市そのものが吸い上げられ地面に叩き落とされるシーンだ。前作のマザーシップの主砲以上に絶望感を感じさせた。

SF映画における20年の映像技術の進化を観客に見せつけるという役目は見事に果たしていた。

これはあくまで3D版の感想だ。映像の迫力の割にはスクリーンが小さく感じたので、IMAX3Dや4DXでの上映ならさらに迫力がある事は間違いないだろう。

映画全体としては、人類は現実世界より遥かに進んだ文明を持っている設定だったため、前作に比べるとパニック映画の要素が薄れ、より宇宙戦争の様相を呈した作品となっている。

続編としての完成度は?

往年のファンを意識した演出が多く、懐かしさを抱くファンにとってはまさに至福の瞬間だった。ヒラー大尉(ウィル・スミス)がエイリアンを素手で殴るあのシーンは本作でも健在だ。

あえて前作と対比させる事で、ファンを喜ばせながらスケールアップも同時に演出していくやり口は見事だった。

しかしセルフオマージュは素晴らしいが、映画全体を見渡せば前作の焼き増し感は否めない。ストーリーは相変わらずのご都合主義で、前作同様に脚本が陳腐だという酷評は必ず出てくるだろう。

ただ、ファンが単純な現代版『インデペンデンス・デイ』を望んでいるのだとすれば、それはエンターテイメント作品としての成功とも言える。

ラストのクライマックスシーンはエイリアンとの直接対決!

もちろんすべてが焼き増しだったわけではない。

地球防衛に対して頼りないステレオタイプ(古典的ないかにもというキャラクター)のメンバーという前作のイメージは多少改善され、もう少し感情移入し易い人間ドラマになっている。

また、前作ではあまり描かれなかったエイリアンとの直接対決が本作では十分過ぎる程堪能できる。

実はエイリアンには統率する女王がいたという設定(前作のマザーシップの中にも別の女王がいたようだ)はかなり唐突だったように思うが、巨大な女王との戦いが映画のクライマックスとなっている。

インデペンデンス・デイ:リサージェンス

© scified

ただ高度な文明を持つエイリアンの女王との戦闘シーンが、まるでゴジラと戦うような肉弾戦だったのは如何なものだろう。よくよく考えれば監督のローランド・エメリッヒはハリウッド版『GODZILLA』の監督でもあったが……

インデペンデンス・デイ:リサージェンス

© scified

結果として、このクライマックスシーンが多くの酷評の的になってしまっている。


評価

これぞ『インデペンデンス・デイ』だと思わせる続編

最新の映像も含め、単純な現代版『インデペンデンス・デイ』を求めるファンには評価される作品だ。その反面、新しさを求めたファンにとっては肩すかしとなるかもしれない。さらに前作を知らない人にとっては、セルフオマージュを楽しむという醍醐味がないため面白さは半減してしまうだろう。

エンターテイメントとして十分楽しめるクオリティの映画だが、期待した前作からの脚本の進歩はあまり感じられなかった。相変わらずご都合主義の展開は穴だらけだ。

  • エイリアンのテクノロジーを得た人類は飛躍的な進歩を遂げたにも拘らず、一般市民の暮らしには全く繁栄されていない。月面基地などの描写に比べると登場する自動車やボートは映画の世界観としてアンバランスである。
  • 人類の独立というテーマにしては、新しい女性大統領ランフォードの見せ場が少ないのでは?結局、前大統領トーマス・J・ホイットモアの方が重要な役所となっている。前作を意識したストーリーかもしれないが、その割に前作の主人公ヒラー大尉の息子ディランの見せ場も少ない。
  • 謎の白い球体による、第三の存在の登場も少し唐突な感じが否めなかった。白い球体を送り込んだ異星人は遥か前からエイリアンと闘っていたのなら、なぜ20年前に人類の前に現れなかったのか?
  • 実はエイリアンを統率する女王がいて、それを倒せばエイリアンは撤退するという取って付けたような設定。今更、20年前のあのマザーシップの中にも女王がいたと言われてもイマイチ釈然としない。
  • クライマックスの戦闘シーンでエイリアンの女王は、なぜ天敵である球体ではなくバスを狙っていたのか?迫力はあったが、人類を凌駕するテクノロジーを持つエイリアンの女王にしては攻撃も原始的過ぎる。
  • 誰がエイリアンの弱点が触手の付け根だとジェイクやディランに教えたのか?最も重要なラストシーンだけに、降って湧いたようなこの設定に観客は一瞬戸惑ってしまう。

これ以外にも腑に落ちない点を挙げるときりがない。観客を置き去りにする展開が多く見られ、映像の大迫力と脚本の陳腐さがアンバランスなのは前作と全く同じ評価だ。映像が格段に進化した分、その落差は前作以上かもしれない。

前作ではノミネート止まりだったが、今度こそゴールデンラズベリー賞最低脚本賞の受賞となってしまうのか!?

ただ、よくよく考えると本来『インデペンデンス・デイ』とは単純なSF映画だからこそ大ヒットしている。こうした賛否両論が起こるのも20年前と同じ状況であり、あまり深く考えなければ前作同様に面白い。

もともとローランド・エメリッヒという監督は『GODZILLA』に然り、酷評されながら大ヒットを生み出す天才である。

そう考えると、これぞ『インデペンデンス・デイ』だと思わせる続編だった。もしさらなる続編があるとしたら、僕はもう脚本の完成度など望まない。むしろ相変わらずな脚本で再び大ヒットして欲しい。

結局、僕たちは映画についてああだこうだと語るのが好きなのだ。

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