最も美しい横領犯。
直木賞作家・角田光代のベストセラー小説「紙の月」を、映画主演7年ぶりとなる宮沢りえを迎え、吉田大八監督が映画化。
主人公の女性・梨花は夫と二人で暮らしながら銀行の契約社員として働いていた。一見不自由のない生活だったが、子供がいない夫との関係は希薄であった。年下の恋人のため顧客の預金を横領してしまったことから歯止めが利かなくなり、後戻りできなくなっていく。
2014年東京国際映画祭コンペティション部門最優秀女優賞と観客賞を受賞。日本アカデミー賞でも最優秀女優賞を受賞した、間違いなくこの年を代表する邦画だった。
Contents
- 1 予告
- 2 あらすじ
- 3
解説
- 3.1 ラストシーンの真意とは?
- 4
感想/評価
- 4.1 宮沢りえの神がかった演技
予告
あらすじ
バブル崩壊直後の1994年。夫と二人暮らしの主婦・梅澤梨花は、銀行の契約社員として外回りの仕事をしていた。気配りや丁寧な仕事ぶりが上司や顧客に評価され、何不自由ない生活を送っているように見えた梨花だったが、自分への関心が薄い夫との間には、空虚感が漂い始めていた。
ある時、夫にお揃いの腕時計をプレゼントする梨花だったが、逆にもっと高級なものを身に付けることを勧められてしまう。夫に悪気はなかったものの、それは梨花にとって自分が働いたお金を軽視されたように感じてしまった。
そんなある日、梨花は銀行の顧客である裕福な老人・平林から大口の国債の契約を取るが、セクハラにあってしまう。その時、助けに入ったのが平林の孫・光太だった。それから二人は頻繁に会うようになり、不倫関係になっていく。
そして、光太に借金があることを知った梨花は、平林の新規定期預金の200万円を横領して光太に渡してしまう。そこから梨花の歯車は狂い始め、歯止めが利かなくなってしまう。
しかし、この予兆は梨花がカトリック系の女子校に通う中学生時代に既にあった。その学校では「愛の子供プログラム」という募金活動が行われていた。ある時、梨花のもとに寄付した相手からお礼の手紙が返ってきた。その相手は左頬に火傷の痕がある少年だった。
どんどん募金活動にのめり込んでいく梨花は、父の財布から盗んだ金5万円を寄付する。“受けるより与える方が幸いである”という学校での教えから、梨花にはそれが悪いことだと思えなかった。結局この梨花の行為によって「愛の子供プログラム」は中止となってしまう。
夫の上海転勤が正式に決まり、一人日本に残った梨花は光太と贅沢な暮らしを続けていた。横領する金額も次第に膨らんでいき、気が付けば後戻りできなくなっていた。
梨花は自宅にパソコンとプリンタを購入し、わかば銀行の証書を持ち帰り、証書を偽造する日々が続いた。そんな梨花の焦りをよそに、光太は部屋に別の女性を連れ込んでいた。それを知った梨花は光太と別れるのだった。
ついに銀行で横領の事実が発覚してしまう。この時、横領した金額は1億円にまで達していた。追いつめられた梨花は椅子で窓ガラスを割ってその場から逃げ出してしまう。全力疾走で駈けていく梨花だった。
その後、東南アジアの国に逃亡した梨花は、かつて「愛の子供プログラム」で自分が救った少年に出会う。死んだと思っていた少年は立派な大人になっていた。彼からリンゴをもらった梨花は街中へと消えていく……
Sponsored Link解説
間違いなく2014年を代表する1本だが、とにかくラストシーンの解釈で賛否両論があったのも事実だ。ここに様々な解釈が生まれ、正解を巡って話題となった。
しかし、ここで一つ言っておきたいのはすべての解釈が正解の意味を持つということである。もちろん中には、それは違うだろうと思うものもあるが、映画を観てそう感じたならそれはその人にとっての正解である。これには明確な理由がある。それは吉田大八監督があえて様々な解釈が生まれるようなラストにしているからだ。これは監督自身の狙いでもあるので、どの解釈も正解だと言えるのである。裏を返せば正解はないとも言えるのだが……
ラストシーンの真意とは?
ただ明確な表現もそこには存在している。作品の大きなテーマとなっているのは“受けるより与える方が幸いである”という梨花が通ったカトリック系女子校時代の教えだが、ラストシーンで梨花の与える立場が受ける立場に逆転してしまっていることだ。
これまで他人に与えることに依存してしまった梨花が、ラストシーンではリンゴを受け取ってその場から立ち去る。しかも、リンゴをくれた相手はかつて梨花が寄付をして救った少年だった。これ以上ない象徴的な相手をラストシーンに登場させることで、立場の逆転を明確に印象付けている。
これが何を意味しているか、ここから先はそれぞれの解釈に委ねられるわけだが、僕の解釈はこうだ。
本来、「善意」というものは見返りを求めるものではない。純粋な「善意」とは無償でなければならない。しかし梨花の場合、他人に与えることで自己満足という見返りを受けている。そして、それは劇中で見せる梨花の「善意」すべてに共通している。
映画の前半で夫に腕時計をプレゼントするシーンが描かれているが、ここでの夫のリアクションは梨花が満足できるものではなかった。それに対して不倫相手の光太は梨花にとってある意味理想的な相手である。光太は梨花の自己満足を満たしてくれる誰かとして存在している。
そしてラストシーンで描かれる、かつて梨花が寄付をして救った少年が逆に梨花にリンゴをあげる行動こそ純粋な「善意」である。梨花はかつて自分が救った相手であることを悟っていたが、リンゴをあげた本人は梨花のことを知る由もない。
劇中の殆んどで描かれていた梨花の「善意」と、ラストシーンで描かれた「善意」は全く異なるものだ。その対比が梨花の「善意」を強烈に否定している。この作品の伝えようとしていることは、「善意」の定義だと僕は思っている。
そして、それは僕たちが普段使っている優しさの本質を問うている。これが僕なりのこの作品に対する解釈だ。
感想/評価
本作を2014年を代表する1本と紹介したのは、東京国際映画祭コンペティション部門最優秀女優賞と観客賞、さらに日本アカデミー賞最優秀女優賞を受賞し、賞レースを席巻したことがひとつ。この受賞歴からもわかるように梨花を演じた宮沢りえの演技が作品の肝となっているのは間違いない。
宮沢りえの神がかった演技
原作者・角田光代には、“お金を介在してしか恋愛ができなかった”という能動的な女性を描きたいという想いがあり、原作は歪な恋愛にテーマが置かれていた。
そして、2014年のテレビドラマ版でも、角田光代は「自分が書いたものよりももっと深い恋愛の物語になっている。原田知世さん演じる真面目な梨花の、透明な孤独感と空虚感に胸が痛んだが、一段と恋愛について深く考えざるを得ないドラマにしてもらえて幸せ。」と評価していることから、恋愛を掘り下げた作品だったことがわかる。
しかし、映画版『紙の月』は恋愛要素を削り取り、「善意」というテーマに挑んでいる。映画版を見た人は梨花と光太の不倫関係の展開の早さに違和感を覚えたのではないだろうか。これは原作と同じテーマを表現しようと考えたらあり得ないスピードである。
「ポップなBGMが犯罪映画というよりおしゃれな恋愛映画のような味付けでいい意味で異彩を放っているが、梨花と光太が恋に突き進む動機付けがいささか弱いのではないか」
産経新聞
恋愛に比重を置くなら梨花と光太の関係性をもっと掘り下げるはずだが、「善意」というテーマを表現するために二人の馴れ初めを削ったと考えればこの違和感はなくなる。なぜなら「善意」というテーマを表現するための、梨花が感じる光太と夫との違いは十分演出されているからだ。
原作とテーマが変わったことによって、映画では梨花という一人の女性にひたすらスポットライトが向けられる。
大島優子演じる相川恵子は悪びれない言葉で梨花の欲望を引き出し、小林聡美演じる隅より子はそれを断罪する。原作では不正を疑う者は殆んど登場しなかった。映画では梨花の存在をより際立たせるために、梨花と対照的なこの二人の登場人物が用意されている。
こうして梨花という存在は映画の中心となり、梨花を演じた宮沢りえの評価がそのまま映画の評価と言っても過言ではない状況が生まれた。
実際、吉田監督も宮沢りえの演技を見て、本作を撮影しながらラストを考えるという手法を取ったほどだ。そしてそんな期待に応えるように、宮沢りえは最高の演技で東京国際映画祭コンペティション部門最優秀女優賞と日本アカデミー賞最優秀女優賞を受賞した。
映画の感想として、まったく妥当な評価だと感じた。それほどこの作品での宮沢りえの演技は神がかっていた。
作品データ
原題 | 『紙の月』 |
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製作国 | 日本 |
製作年 | 2014年 |
公開日 | 2014年10月25日 |
上映時間 | 126分 |
原作 | 小説「紙の月」 角田光代 |
キャスト
キャスト | 宮沢りえ |
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池松壮亮 | |
大島優子 | |
田辺誠一 | |
小林聡美 | |
近藤芳正 | |
大西武志 | |
石橋蓮司 |
監督・スタッフ
監督 | 吉田大八 |
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脚本 | 早船歌江子 |
製作 | 池田史嗣 |
石田聡子 | |
明石直弓 | |
製作総指揮 | 大角 正 |
高橋敏弘 | |
安藤親広 |
『ぼくたちの七日間戦争』でりえちゃんだったのが名実とも大女優のさんになったなあと思います りえちゃんと言えばカラーでいえば柑橘系のイメージがありましたが陰画的なカラーそこはかとないキョーレツな印象を与えられたなあと思います
年下男性と恋に落ちる展開が早すぎると言われますが、年上の私にとってあの瞳で見られたらすぐに恋に落ちる、のめり込むのはわかります。恋の駆け引きの時間はありません。やっては駄目だけど、この瞬間が最後、お金を払ってでも買いたいと思う女性の気持ち、痛いほどわかります。
「北の国から」の宮沢りえさんの演技に衝撃を受けて、本当にいつも想像を超えていくので、今後も楽しみです