映画を観る前に知っておきたいこと

【恋人たち】今の日本のねじれた空気感の中にあるささやかな希望

恋人たち 橋口亮輔

不条理がこれでもかとまかり通る今の日本のどうしようもない空気感を携えながらも、不器用なりにひたむきに生きる人達の日常と希望を描いた人間ドラマ。

監督は『ハッシュ!』『ぐるりのこと。』の橋口亮輔。前作以来、役7年ぶりの作品だ。役者はみんなオーディションで選ばれた新人で、監督自身が彼らに合わせ、役者の魅力を最大限に引き出す脚本を書き上げた。


  • 製作:2015年,日本
  • 日本公開:2015年11月14日
  • 上映時間:140分

予告

あらすじ

アツシ

恋人たち 橋口亮輔東京に網の目のように張り巡らされた高速道路の下。アツシ(篠原篤)は橋梁のコンクリートに耳を当て、ハンマーでノックしている。

彼の仕事は橋梁点検。機械よりも正確な聴力を駆使し、ノックの音の響きで破損箇所を捜し当てる仕事だ。しかし生活は貧しく、健康保険料も払えないほど。愛する妻を通り魔事件で失って以来、鬱屈とした人生を送っている。

瞳子

恋人たち 橋口亮輔瞳子(成嶋瞳子)は、自分に関心がない夫とそりが合わない姑と3人で郊外に暮らしている。楽しみと言えば、パートで勤める弁当屋の仲間と共に皇族の追っかけをすることと、小説や漫画を描いたりすること。

パート先にやってくる取引先の男とある日ひょんなことから親しくなり、平凡で退屈な毎日は刺激に満ちたものに変わっていく。

四之宮

恋人たち 橋口亮輔エリート弁護士の四之宮は、自分が他者より優れていると信じて疑わない完璧主義者。彼はゲイで、恋人とは高級マンションで同棲している。

実は学生時代から密かに思いを寄せている男友達がいるが、些細なやり取りをきっかけにあらぬ誤解を招いてしまう。

3人の人生とそれを彩る恋人たちは、どうしようもなく鬱屈とした今の日本にささやかな希望をもたらしていく――。


映画を見る前に知っておきたいこと

この映画が特別なところ

この映画のことを知り、まず浮かんだ印象は「タイトルの割りに華のない映画だな」ということだった。

「愛し合う二人が様々な障害を乗り越えてハッピーエンド」というのが“恋人”をテーマにした映画の代表的なプロットだし、愛し合う二人の役には美人やイケメンを起用して華を持たせなければ誰も見向きはしない。

「恋人たち」というタイトルを冠するこの映画には、話題の美女やイケメンもいなければ、プロットも何だか分かりづらい。どんな映画なんだろう?という疑問を抱えたまま公式サイトのインタビューを読んで、ますます興味を掻き立てられた。

このタイトルは最初に決めていたらしく、3人の人間の人生を描く中でその周辺の恋人たちの背景に、ねじれた今の日本の空気感を浮き彫りにしたい。橋口亮輔監督はそんな想いを基にこの映画を撮ったのだと言う。

そりゃあ華も分かり易さもないわけだ。だってそれが現実だ。

予告動画や公式サイトには、ありきたりで大げさなキャッチコピーが流れている。「今を生きるすべての人に」「感動の再生の物語」映画が好きでたくさんの予告を見ている人にとっては、ありがちなコピーで特に目新しくもないだろう。

それでも、この映画がよくある映画と違って特別だと思わせてくるところは、誰もが何となく漠然と感じている最近の日本のねじれた空気感にまっすぐにフォーカスしている点だ。3人が見つけるささやかな希望の中に、現代の日本を生きるヒントがきっと見つかるはず。

この映画が気になっている人は、ぜひ公式サイトのインタビューをまず読んでから見て欲しい。

今の日本が抱えていること、そして絶対にメジャー映画では拾わないであろう“人間の感情”をちゃんと拾ってあげたかった。これは僕の個人的な体験による個人的な思いではないと感じている。この映画を見た時に、『ああ、ここに自分と同じ思いがある』と、感じてもらえたら、この映画が、その方の支え、救いになるのではないかと思っています。
橋口亮輔 – 『恋人たち』の撮影を終えて

3人の主人公

恋人たち 橋口亮輔
インタビューでも詳細が語られているが、3人の主人公のキャラクターがオーディションで選ばれた俳優陣の個性に合わせて設定されたというところもこの映画の面白いところ。

それもそのはず、この映画のもともとは松竹が始めたプロジェクトの一環で、

才能ある監督が「今、撮りたい」と思う題材を、新人俳優を起用して自由につくるという、“作家主義”ד俳優発掘” を理念とした松竹ブロードキャスティングによるオリジナル映画製作プロジェクトから生まれた作品

としている。

キャラクターと俳優の個性の両者のブレンド具合は橋口監督のみぞ知るといったところだが、主人公たちの名前が俳優の本名から取られているのを見るに、俳優の性格はかなり色濃く反映されているのだろうと思う。

大げさな言い方をすれば、キャラクターありきではなくまず人間ありきで、人を活かす為にキャラクターが作られている。

俳優の個性を取り入れて役柄を決めるというのは別段珍しい話ではないが、この手法が『恋人たち』の持つリアルな空気感を効果的に後押ししているように思う。新人起用という監督にとっては足枷にしかならないであろう条件を、見事に作品に生かしている手腕は流石だ。

過去の作品

橋口監督を知らない人のために、少しだけ過去の作品を紹介したいと思う。

ハッシュ!

ハッシュ! [DVD]

付き合い始めのゲイのカップルと、子供が欲しい独身女性の話。

カンヌ国際映画祭、監督週間出品作品。カンヌで上映された際には、緊張感のあるシリアスなはずのシーンが、フランス人には爆笑と拍手喝采で絶賛されたという面白いエピソードを持つ映画である。

ちなみに、橋口亮輔監督は自らがゲイであることをカミングアウトしている。

この映画を撮った後、橋口監督はうつ病を患ってしまい、その時の経験を生かした映画が前作『ぐるりのこと。』だった。

ぐるりのこと。

ぐるりのこと。 [DVD]

「めんどうくさいけど、いとおしい。いろいろあるけど、一緒にいたい。」

このキャッチコピーで、生まれたばかりの子供の死に向き合った一組の夫婦の10年間を描いた映画。

法廷画家という仕事に勤める主人公が、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件、地下鉄サリン事件などの歴史的な事件の裁判を傍聴しながら、時代の変化というソーシャルな面と、夫婦の絆というプライベートな面の両方から、日本の変化の荒波の中を生きていく姿を映し出す。

両作品共、世間での評価は割れている。『ハッシュ!』はコメディタッチなバランス感覚が功を奏したのか概ね好評だが、『ぐるりのこと。』については感性が合う合わないで随分と賛否両論が渦巻いている。

しかしどちらにせよ、感性が合う合わないを問える映画はそれだけで見る価値があると思う。

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