ひとつの名前は愛を、もうひとつは勇気をくれたー
終戦、そしてアウシュビッツ解放から70年目となるこの夏に贈る感動の実話。ユダヤ人強制居住区から逃れ、たった一人で勇敢に生き抜いた8歳の少年の姿が観客の心を打つ。
自身もユダヤ人収容所に入れられた経験を持つ児童文学作家ウーリー・オルレブの「走れ、走って逃げろ」を原作に、アカデミー短編実写賞の受賞歴を持つドイツのペペ・ダンカート監督が映画化。
Contents
- 1 予告
- 2 あらすじ
- 3 映画を見る前に知っておきたいこと
予告
あらすじ
「たとえ親を忘れても、絶対に生きろ。」
それは父との約束だった。1942年、ポーランドのユダヤ人強制居住区から脱走した8歳の少年スルリックは、飢えと寒さから森で行き倒れとなっていたところをヤンチック夫人に救われる。スルリックの愛らしさや賢さを知った夫人は、彼が1人でも生きていけるよう「ポーランド人孤児ユレク」という架空の身の上話を教え込み、追っ手から逃がすのだった。夫人がくれた十字架のネックレスをお守りに、教えられた通りキリスト教の祈りを唱えながら、寝床と食料を求めて辺りの農村を渡り歩くユレク。無邪気な笑顔を見せるユレクに救いの手を差し伸べる者もいれば、ドアを閉ざす者もいる。
「なぜユダヤ人というだけでこんな酷い目に合わなければいけないのか?」
優しい家族に受け入れられたのも束の間、本当はユダヤ人ということがバレてしまっては、次の場所を探さなくてはならなかった。それでもユレクは父との約束を胸に、終戦まで逃げ延びる。それは8歳の少年のたった1人の命の旅だった……
Sponsored Link
映画を見る前に知っておきたいこと
ペペ・ダンカート監督と原作の出会い
それは、双方にとって幸運な出会いであった。
ペペ・ダンカート監督はこの映画の原作と出会った時のことをこう語る。
「観る者の記憶に20年後も残り続ける映画となる素材を見つけた瞬間。」
ペペ・ダンカート監督
この言葉は、ダンカート監督が原作に出会った瞬間から映画の青写真を持っていたように感じさせた。
原作者のウーリー・オルレブは自身も強制収容所に送られた過去を持つ。即ち、この映画は実話がベースとなっているわけだが、そんなリアルな物語を映画化するのにダンカート監督の演出は完璧だった。
彼はもともとドキュメンタリーで名声を得た監督である。映画でも歴史の事実をそのまま伝えるため、すべてのシーンを実際のロケーションで撮影している。美しいポーランドの四季や森や河、そこに映し出された自然は、より人間の悪意と愚かさ、そして純粋さまでも浮き上がらせる。
ダンカート監督の手腕により、原作の持つメッセージはそのまま映画に移し替えられている。
終戦、そしてアウシュビッツ解放から70年目という節目の年。ダンカート監督と原作の出会いにより、映画は戦争を今に伝えるという役目を見事に果たした。
映画をより楽しむためのワード解説
- ワルシャワ・ゲットー
ゲットーはもともと中世以来ユダヤ人の居住区をさすが、第二次世界大戦時にはユダヤ人を強制的に囲いこんだ区画の意味を持つ。ワルシャワ・ゲットーは1940年11月に周囲18キロの壁に囲まれて外部と完全に遮断された。ナチス・ドイツはゲットーを永久的な居住区にするつもりはなく、「ユダヤ人問題の最終的解決」決定後は労働収容所や絶滅収容所への通過点になった。- ゲシュタポ
ナチス・ドイツの国家秘密警察の略語。ヒトラーが政権を取ると同時に設立され、反ナチス勢力を弾圧する全体的な組織に育った。- SS(親衛隊)
1925年、ヒトラーの護衛隊として発足。ヒムラーが全国指導者に就任した1929年以降、血統を認められたものだけが入隊できるエリート集団として頭角を現し、黒い制服で知られた。ナチス政権下でドイツの警察組織を抑え、各地の強制収容所を管理運営し、反ユダヤ政策の担い手となった。一般親衛隊と武装親衛隊に分かれ、後者の隊員は100万人に達した。- パルチザン
占領軍への抵抗運動組織のこと。1939年にナチス・ドイツに占領されたポーランドでの最大の組織は、ロンドン亡命政府に任命された国内代表部が指導する、ポーランド地下国家の“国内軍(AK)”。将校の多くは軍人だったが、様々な階層から構成された市民軍でもあった。その他、共産主義者が率いる小規模の“人民軍(AL)”、極右の“国民武装勢力(NSZ)”などがあった。- 割礼
神との契約のしるしとして、生後八日目の男性器の包皮を環状に切りとるユダヤ教の通過儀礼のこと(旧約聖書「創世記」第十七章九〜十四節に基づく)
本編を本日見ました。少年の目で見つめた息つく隙もない程にナチスの手を逃れて行く生命力に圧倒!!片腕を失うという事故にもめげずに…戦後、少年がイスラエルの地に行くかどうかの葛藤もキチンと描かれていた。ラストは海岸で子どもたちを見守る家族の中に老いた本人がいた。
今日、ケーブルテレビで偶然観ました。ユダヤ人というだけでここまでひどい扱いをされるのかと
涙が止まりませんでした。
『ユダヤ人だから腕がなくなってしまった』少年の言葉に胸が詰まりました。
> ぱりすずめさん
コメントありがとうございます。
僕は原作と監督の出会いが幸運だと感じたわけですが、 ぱりすずめさんがケーブルテレビで偶然この映画に出会ったのも同じような幸運だったのでは?
良い映画ですね。
観たいと思っていた映画ですが、子供も小さく映画館へは行けないなと思ってました。でも!光テレビで「見放題」だったので、本日見る事が出来ました!息子と近い歳の主人公が息子とだぶり、胸が熱くなります。幸い最後がハッピーだったのが良かった。「縞模様のパジャマの少年」は最悪な終わりだったので…。
沢山の人に観て欲しい、特に子供に。