映画を観る前に知っておきたいこと

最高と最低の評価が同時に付く『ある子供』という映画

ある子供

僕の大好きな映画の中に『ある子供』という作品がある。カンヌ国際映画祭でグランプリ・パルムドールを受賞した作品だ。今回は『ある子供』にまつわるエピソードをもとに、映画を見る前に知っておきたいこと、つまり映画を見る”視点”の大切さについての話を書き綴ってみる。まずは『ある子供』のあらすじを読んでもらいたい。


  • 製作:2005年,フランス
  • 日本公開:2005年12月10日
  • 原題:『L’ Enfant』
  • 上映時間:95分

予告

『ある子供』あらすじと評価

あらすじ

主人公のブリュノは失業中。子供を手下につかっては、せこい窃盗を繰り返してその日暮しの貧しい生活をしていた。彼には恋人が居て、名前はソニア。ソニアがブリュノとの間に生まれた子供ジミーを抱いて病院から退院してくるところから、物語は始まる。

しかしブリュノは初めて見る我が子にあまり感心を示さない。「ちゃんと働いて欲しい」と言うソニアを無視して、マフィアに子供を売ってしまう。「子供を売れば大金が入る。そうすれば俺たちは幸せじゃないか。」それを聞いて気絶してしまうソニア。そしてブリュノは初めて自分がしでかした事の重大さに気がつくのだった―。
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真っ二つに割れた評価

さて、この映画の世間での評価は見事に真っ二つに割れている。僕が最初に目にしたレビューは「ダメ男のダメな日常を淡々と見せられる駄作」というものだった。本当に大好きな作品だったので、自分のことを言われているようなショックな気持ちになったものだ。ちなみにこの映画のストーリーは「胸糞悪くなる話」として誰もが知っているあの掲示板にも載っている。

反面、『ある子供』を絶賛する人も同じ割合でいる。冒頭に述べたように、この映画はカンヌ国際映画祭グランプリ・パルムドールを受賞した作品だ。ということは、カンヌ国際映画祭の審査員は「その年で一番面白い映画だ」と判断したということになる。さて、どうしてこんな事が起こったのか。

映画を見る前に知っておきたいこと

意見が真っ二つに割れた理由は、主人公ブリュノを”どう見たか”にかかっていた。批評する人は皆、口を揃えてブリュノのことをダメ男だと罵る。いや、全くその通りで、ブリュノは紛う事なきダメ男だ。だがこの映画を絶賛した人は、ブリュノがなぜダメなのかを知っていた。

ブリュノは道徳という概念を知らない

それは主人公ブリュノの道徳観念の欠如だ。彼は道徳というものの”存在を知らない”。例えば、言葉の存在を知らない人は言葉を喋ろうとは思わないだろう。それは丁度、狼に育てられた子供が狼そのものとして振舞う様に。少し大げさなような気もするが、それと同じレベルでブリュノには道徳の概念が完全に欠如している。

道徳を知らないから、他人が何をされたら悲しみ、何をされたら怒るのかが分からない。ブリュノにとって他人は「急に泣きだす人」「急に怒りだす人」「急に無視する人」として、自分を脅かす存在でしかない。あなたには、そんな世界で生きることが想像できるだろうか?ブリュノをただのダメ男として見た人は、そんな世界がありえるということを知らなかった。
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95分間、退屈な時間を過ごす羽目に・・・

「ブリュノには道徳の概念がない」それに似た視点をまず切り口として持っておかないと、『ある子供』は途端に退屈な映画になる。タルデンヌ兄弟の作風である、シリアスなリアリティを追求する演出も手伝って、95分間ただ淡々と退屈な時間を過ごす事になるだろう。下手をすると歴史と伝統のパルムドールの重みが、その人の中で何の意味も持たないものになる。たくさんの名作を権威づけている賞だけに、それはあまりにももったいない。

そしてこの映画のラストシーンには、本当にささやかな”ひとすじの希望”が描かれる。それはやはり、ブリュノの抱える切迫さを理解している人にしか見えないささやかな光だ。ブリュノを理解できた人にはささやかな希望がもたらされたが、理解できなかった人には95分間のただただ退屈な時間がもたらされた、というわけだ。
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まとめ

さて、この話は『ある子供』を楽しめない人に対するバッシングではないし、そういう見方をしなければ映画はつまらないという主張でもない。全く予習をしないで見に行くほうが楽しいという人もいるだろうし、僕らが提案する見かたとは違う見かたももちろんある。そして僕らが正しいとも限らない。

だから飽くまで個人の、とある視点でしかないのだが、しかし徹底して客観的に伝えたい。「映画を見る前に知っておきたいこと」にはその映画と観客とがよりよい関係を築ける手助けをしたいという気持ちが込めてある。
男性諸君が好きな女性を口説くときは、好きなものや嫌いなもの、苦手なタイプや好みのタイプを徹底的にリサーチして臨むと思う。あるいは話をする中で相手についての情報を集めていくと思う。「映画を見る前に知っておきたいこと」とは、つまりそういうことだ。

ちなみに、タルデンヌ監督は「無駄に感情を揺さぶる」という理由で作中に音楽を一切使わない。リアリティを演出するために無駄を一切排除したような作風なので、そこの所も構えてみるとより面白い。

コメント5件

  • 紫亭恭太郎 より:

    映画を観たときを懐かしく思い、記事を拝見しました。
    自分は基本的に事前情報や知識を持たずに観るのですが、本作を観たとき、思わず唸ってしまいました。「いや、この主人公みたいな人間が、これからも日本にも増えてくるのと違うやろか」と思ったからです。
    タイトルの「ある子供」というのは、ブリュノ自身のことも指していると思った次第です。
    その”子供”に本当の子供ができ、そのことが自分の中で消化できはじめてようやく、”オトナ”への第一歩を踏み出せそう…そんなラストに感じたのを思い出しました。
    自分の中では、いろんなことを示唆する佳作です。

  • 萩山 悠太 より:

    コメントありがとうございます。とても嬉しく思いながら読ませていただきました。

    「ある子供」というのは、ブリュノの事を指しているという意見には全く同意です。僕がこの映画を初めて見た当時は、彼と同じ「子供」でした。今でもそうかも知れません。ですので、ブリュノが抱える世間との噛み合わなさや、生き辛さがとても心に刺さりました。

    ほんとに、どうしようもないやつです。僕は、それでも共に涙を流してくれるソニアに、一筋の希望を感じました。恭太郎さんの仰るように、その時は涙を流す結果でも、誰もが支えあいながら少しずつ”オトナ”になっていくんだと思います。

  • また別のある子供 より:

    先日テレビでやっていたものを何気なく見たのをきっかけにこちらの記事に辿り着きました。

    記事にも書かれていましたが、“ささやかなひとすじの希望”としてあのラストシーンがあってよかったですよね。
    個人的には『となりのトトロ』で後半、登場人物のさつきちゃんが泣くシーンを見てホッとしたあの気持ちを思い出しました。

    人はいつから大人になるかという点においては常々「自分が子供を持った瞬間から」だと思っていましたが、ブリュノに関しては大人になる云々、まだ子供にもなれていなかった。
    母親の描写がほんの少し入っていましたが、おそらく自身の親からも無関心な教育を受けていたのでしょうね。

    自然からすっかり乖離してしまった人間の複雑さを痛切に感じる映画でした。

  • ななし より:

    楽しく拝読させていただきました。
    私も先程この映画観たのですが、道徳という概念を知らない、という表現が的を射ていて素敵です。

    私は初めは駄目カップルの子どもを巡る話かな~と思いましたが、ブリュノが子どもを取り返したところで、彼はチンピラではなく、悪意がない(が道徳もない)純真な子どものような男であり、ある子どもとは彼のことなんだなと気付きました。
    彼の純真さは最後の自首にも表れており、その意味で彼の心は終始一貫としていて、従ってこの話を「ブリュノの成長物語」とは捉えたくなかったりします。

    むしろ「子ども」にとってはこの複雑怪奇な人間社会で生きていくことが、本当に本当に難しい、(この映画に「最低評価」をする人々がまさしくそれなのですが)「子ども」はこの社会では「駄目人間」として非難される、そんな社会だよね、というメッセージを感じました。

    ソニアも大概「子ども」であって、その二人が最後に共に流した涙って希望なのか、絶望なのか。なんにせよ非常に繊細で、素敵な映画でした。

  • 今川 幸緒 より:

    また別のある子供さん、ななしさん、コメントありがとうございます。

    僕はこの映画が大好きで、監督のタルデンヌ兄弟のファンです。もし、『ある子供』が心に残った1本になったのでしたら、タルデンヌ兄弟にはカンヌでパルム・ドールに輝いた映画がもう1本あります。1999年に撮られた『ロゼッタ』という作品ですが、同じように繊細なタッチの映画です。

    ただ、なかなかレンタルでも出会うのが難しいのがお勧めしづらところです。僕が住む町のレンタル屋にはビデオが置いてありました。

    テレビで『ある子供』に出会う確率と同じぐらいでしょうか……

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