映画を観る前に知っておきたいこと

【蜜のあわれ】金魚と幽霊と老作家が演出する柔らかな官能の世界

蜜のあわれ

もどかしさと苦しさにどうしようもなく投げ出されながらも、柔らかな人恋しさを募らせる姿をコミカルに描いた金魚と作家の恋慕帳。昭和に活躍した詩人・室生犀星が晩年に発表した小説「蜜のあはれ」の映像化作品である。

監督は『シャニダールの花』『ソレダケ / that’s it』の石井岳龍。その表現手腕が多くの業界人に海を越えて愛される監督だ。

二階堂ふみ、大杉漣、真木よう子、高良健吾、永瀬正敏など、実力派で知られる豪華な俳優陣にも注目。


    • 製作:2016年,日本
    • 日本公開:2016年4月1日
    • 上映時間:105分
    • 原作:小説「蜜のあはれ」室生 犀星

予告

あらすじ

自分のことを「あたい」と呼ぶ赤子(二階堂ふみ)は、笑顔とまるいお尻に愛嬌のある可愛いらしい少女。一緒に暮らしている「おじさま」と呼ばれる老作家(大杉漣)との、止むことのないおしゃべりに明け暮れていた。
蜜のあわれふたりの会話は赤裸々でエロティック。夜にはぴったりと寄り添うようにして床に入ったりもする。

仲睦まじく幸せそうにくらすふたりだったが、赤子はある秘密を抱えていた。そう、赤子は真っ赤な金魚だったのだ。ある時は人の姿で、またある時は金魚の姿・・・。

そんな赤子の前にゆり子(真木よう子)という女性が現れる。
蜜のあわれ彼女もまた人ではなく、老作家への愛を未練にこの世へ姿を現した幽霊。ゆり子の出現によって、赤子と老作家の周囲は途端に慌しくなってゆく。

老作家の友人・芥川龍之介(高良健吾)、金魚売りの男(永瀬正敏)が3人の行く末を密かに見守る中、ある事件をきっかけに3人の関係は不思議な螺旋を描き始める。


映画を見る前に知っておきたいこと

作家・室生犀星を演出する監督・石井岳龍

蜜のあわれ「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの」この詩句で有名な昭和の詩人、室生犀星(1889 – 1962)の晩年の作品の映画化である。

原作「蜜のあはれ」は、それはもうエロスな会話だけで話が進んでいく全篇対話の変わった構成と官能的な作風で映像化は難しいと言われてきた。

素人考えだが、その理由はビジュアルを描写する地の文がなくキャラクターの会話文から想像力を膨らませるしかないため、世界観を映像として客観的に構築するのが難しいからではないか。

その事を考えると、“原作の映像化”というよりも、原作に着想を得た石井岳龍監督による“新しい作品”と解釈するほうが自然であるように思う。
ishiiどんな原作でも想像力を駆使した新たな世界観の導入なしに映像化は不可能だろうと思われるが、映画監督にとって「蜜のあはれ」は特にそれが難しい作品であるように感じる。

原作にとっての映画の立ち位置

原作を持つ作品はとにかく原作と比べられやすい。原作を指針に作品を評価する批評家もいれば、それをタブーとする批評家もいる。最近では、小説や漫画の映画化にうんざりする声も聞こえてくる。

何にせよ原作の存在は作品にとって大きなウェイトとなってくるものだが、本作については石井岳龍監督の想像力と演出力にこそ期待がかかる。腕の見せ所、というわけだ。その点で、小説と映画の理想的な関係が『蜜のあわれ』では成り立っている。

特に、自分たちがすばらしいと感じたものを“自分たちの切り口”で映像化していると思える作品は、他人の見る世界を見せてもらっているようで面白い。そしてそれを圧倒的な情報量で可能にするのが映画の素晴らしい所だ。

原作のふわりとした官能的な世界観に、実験的かつ芸術的、あのクエンティン・タランティーノですら両手を上げる石井岳龍の表現手腕が存分に振るわれた作品であることは間違いない。

これが面白くなくて何が面白いというのか。

本格文芸ドラマにファンタジー、エロス、ミュージカル要素なども盛り込まれ、それが目を見張る映像と美術世界の中に描かれます。見どころ満載の、おかしくて切なくて愛しい至福の作品になると思います。
引用:公式サイト/監督・石井岳龍コメント

実力派がハマる主要キャスト

艶やかで愛おしい金魚役・二階堂ふみ

二階堂ふみ国内でも数多くの新人賞を受賞し、ベネツィア国際映画祭でマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人賞)を受賞した経験を持つ日本屈指の女優、二階堂ふみ。当時16歳である。

2014年の『私の男』で見せた昭和らしい艶っぽさがキャスティングの理由だろうか。「妖艶で可愛らしい」一見相反する二つの要素を同時に演じきるのに彼女ほどのハマリ役はいないと、日本の俳優事情にあまり詳しくない自分ですら思う。

いまどきの流行のスラっとした顔立ちに比べると少し野暮ったい印象を受けるが、自分の特徴を良く活かした演技で圧倒的な存在感を魅せる。演技の力の凄まじきこと。

高校生の時から切望していたという赤子役。室生犀星を、ましてや晩年のあまり一般的には知られていない作品である「蜜のあはれ」を読んでいる高校生って。彼女の演技力が奥深い趣味に裏打ちされているかの様なエピソードだ。

すごく無防備で、愛おしいキャラクターです。高野文子さんの漫画の動きをイメージしたり、知り合いの子供がやっていたことを真似してみたりとか、金魚ってこういう動きするかな・・と手探りでやる作業がとても楽しかったです。人間以外の役をやるのは猫、狸に続いて、実は3回目なんですが、意外と人間以外もいけるな、と思いました(笑)
引用:公式サイト/コメント 二階堂ふみ

ほら、20歳そこそこの女の子から「高野文子」の名前が出てくるなんて普通は思わない。“人間以外もいける”とはやはりツワモノ。

幽霊と金魚に板ばさみの作家役・大杉漣

大杉漣「300の顔を持つ男」の異名を持つ多彩な役所を自由自在に演じる日本のおっさんの代名詞。多彩という言葉の方が大杉漣の前では霞んでしまうほど、その演技の幅の広さは他の追随を許さない。

幽霊と金魚の間で恋慕に揺れる昭和の老作家というワケの分からない役を大杉漣以外に誰が演じられようか。彼が出演している時点でもう安心感しかない。

石井岳龍監督は言うまでもなく《 映画の人 》です。繊細と大胆を行き来する演出は、役者冥利の時間でもありました。室生犀星のリアルな言葉に老いてなお枯れることのない“残酷な蜜“を味わっていただければ嬉しい限りです。
引用:公式サイト/コメント 大杉漣

活き活きとした幽霊役・真木よう子

真木よう子「順応力の高い自然な演技をする」という定評のある女優。自然に幽霊を演じるというと違和感しかないが、それをやってのけるのが真木よう子である。

本作がフィルム撮影であったことから「NGを出したらフィルムがもったいない」という奇妙な庶民感覚を持った人らしく、そうした配慮のある感受性があらゆる演出に対応していく自然な演技を支えているのかもしれない。

今回演じたのは幽霊役なんですが、監督からは「感情がないわけではないんだけれども、どこか生と死の狭間を演じてほしい」と言われて。 そんなこと言われてもできないですよね(笑)。だからこそ役者としてはやりがいがあって、今まで演じたことのない役どころなので面白いなと思い演じました。
引用:公式サイト/コメント 真木よう子

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