映画を観る前に知っておきたいこと

【Mommy/マミー】映画界を震撼させた「美しき天才」グザヴィエ・ドランの現在地

Mommy/マミー

フランスでは映画界を震撼させるほどの動員数を記録し、ビッグニュースとなった『Mommy/マミー』。稀代の天才、新世代のシンボル、グザヴィエ・ドラン監督の最新作。

近い将来、世界の映画シーンを牽引していく存在になるであろう彼の現在地を見逃すな!


  • 製作:2014年,カナダ
  • 日本公開:2015年4月25日
  • 原題:『Mommy』
  • 上映時間:138分

予告

あらすじ

mommy マミー
2015年、架空のカナダで起こった、現実——。とある世界のカナダでは、2015年の連邦選挙で新政権が成立。2ヶ月後、内閣はS18法案を可決する。公共医療政策の改正が目的である。中でも特に議論を呼んだのは、S-14法案だった。

発達障がい児の親が、経済的困窮や、身体的、精神的な危機に陥った場合は、法的手続きを経ずに養育を放棄し、施設に入院させる権利を保障したスキャンダラスな法律である。ADHD(注意欠陥多動性症候群)の息子を持つダイアン・デュプレの運命は、この法律により、大きく左右されることになる。


映画を見る前に知っておきたいこと

新世代のカリスマ、グザヴィエ・ドラン

グザヴィエ・ドラン
17歳のときに自ら書いた脚本を19歳で監督として完成させたデビュー作『マイ・マザー』(09)が、いきなり第62回カンヌ国際映画祭・監督週間部門に選ばれ、鮮烈なデビューを果たした。間違いなく今後の映画界を牽引していく監督の一人だ。

自らゲイであることをカミングアウトしており、そのファッショナブルでチャーミングなルックスと合わせ、映画監督としてのみならずその存在自体が新世代の象徴として見られているところもある。「美しき天才」「若きカリスマ」などの異名を持つ異彩の人物。

身近でシリアスな話を、パステルな色調とポップなラッピングでファッショナブルに魅せる作風が特徴的だ。そして今回は、インスタグラムのような1:1画面でそれぞれのキャラクターが抱える漠然とした閉塞感を表現し、彼らの世界が広がった瞬間にフルスクリーンにして体感させるという独自の方法を編み出した。想像しただけでも、気持ちの広がりが感じられる。

カンヌではこの実験的な手法が高く評価され、審査員特別賞をジャン・リュック・ゴダールと肩を並べて受賞する結果となった。

グザヴィエ・ドラン監督の最新作ということは忘れて見よう

散々煽っておいてなんだが、この映画が「映画界の若手天才監督によるもの」として見られることをグザヴィエ本人は良く思ってはいない。

「“若手”監督という形容によって、僕の映画に対するイメージが限定されてしまうのは嫌なんだ。ヌーヴェル・ヴァーグともよく比較されるけれど、じつはそれほど彼らの作品を観ていない(笑)。ゴダールやトリュフォーは好きだけど、ヌーヴェル・ヴァーグならすべてが素晴らしいわけでもないだろう? 僕の映画がどんなレッテルも張られないことを願うよ」。
-『わたしはロランス』パンフレットより転載 文:佐藤久理子

というわけで、何も知らないつもりで見ることをお勧めする。「母と子の愛憎劇」というテーマは万国共通だし、架空の国の架空の法律という舞台は現実よりも物語に入り込みやすい。フランス映画のにありがちな、分かり難いストーリーを解釈していくような複雑な話ではなく、キャッチーで分かりやすい、人を選ばない見やすい映画になっているのではないかと思う。

映画マニアでなくとも「涙のクライマックスが2回来ると絶賛された、何度でも観たくなる大傑作」という評価に辿り着きやすいのではないだろうか。
mommy マミー

それでも知っておきたいこと -ADHDについて

基礎知識として、ADHD(注意欠陥多動性症候群)のことは知っておいて損はない。近年になってTVでも取り上げられ、話題になることも多いこの病気は、自覚症状のない大人の発達障害として知られている。不注意、多動性、衝動性の3つの症状が原因で、社会生活に馴染みにくいという特徴をもつ。

問題なのは症状そのものではなく、「乱暴者・悪い子・しつけのできていない子」「育て方が悪い」などの誤解を受けやすいという点。社会生活に協調性は大事なことなので致し方ないとは言え、自身でどうにか出来るようなものでもなく、辛い経験をする人が非常に多い。症状を抱えたまま大人になると、どれだけ注意していてもミスを繰り返してしまう事で周りの評価が下がり、自分は能力がない人間だと思い込んでしまうという悲劇が起こりやすい。

一方で、歴史的に著名な人物がADHDだったのではないかという話も多くあり、類まれな能力を発揮すると思われている節もある。しかし、その話に科学的な根拠はなく、本当なのかどうかはわからない。ADHDについて、もっと詳しく知りたいという人は下記のHPが参考になると思う。
大人のためのADHD.co.jp

感想

愛か希望か

好きな台詞はスティーブの親父さんの「過去はクソ」ってやつ。過去はクソだ。ほんとにね。未来をわしづかめ!

クライマックスからラストシーンにかけての表現はだんだんとぼやけて抽象的になってきて、解釈は見方によって意見が分かれるところ。特にカイラとダミアンの最後の語りは、百合エピソードを持ち込むかどうかでかなり見方が変わってくる。

あまりそこは意識していなかったけれども、ドラン本人がゲイなのでないとも言い切れない。

ダミアン本人は「希望を選んだ」と語っていたが、「世界の希望は残り少ない」という前置きによって彼女が今とても狭く切迫した価値観の中にいる事を印象付ける。mommyそうやって考えを深めていくと、希望という言葉は抽象的過ぎて、受け取り手はもちろん、訳者によって意図する意味合いが変わってくるということも頭に入れておかねば。

espérer:希望と(言っているのかどうかもよく分からない)いう言葉をどういうイメージでとらえるかによって、あの時のダミアンの心境の考え方が違ってくる。

加えて冒頭の「新法によってダミアンの運命が変わる」っていう説明文から全体を考えると、「障害を持った子供の育児を放棄する選択肢は彼女を救ったのかどうか」その辺りにまだ踏み込む余地がありそう。

どうしようもない閉塞感の中でも、誰もが前に進まなければ生きてはいけない。一時の交流はそれぞれに救いをもたらしはしたものの、やっぱり人生は孤独だ。

希望の形はそれぞれに違っていて、そしてそれぞれが希望に向かって進んでいないと、関係はいつかは必ず破綻する。僕はやっぱりお互いに溶け込むことなく孤独を飲み込んで付き合える関係がベストだと思う。

スティーブ大好き

スティーブについては歩く爆弾を見ているような気分で、とても自分を重ねては見られなかった。しかしながら十分に共感できる部分もあった。それは「自分ではどうにもならないんだよなぁ」ということ。mommy時折見せる反省の色や良い息子ぶりを差し引いても彼の言動は目に余るものがあり、とても一人の女性に御しきれるようなものではない。でもそれは、きっとスティーブ本人が一番分かっている。

それでも自分ではどうにもならない。そんなスティーブの心象がひたすら前に進もうとする行動から見て取れて切なかった。バイタリティは人一倍あるんだよなぁ……

絶対関わり合いになりたくないけどスティーブが大好きだ。


批評

化け物が生まれる可能性

映像技法を紹介したショートフィルムでも語られていたが、ポップミュージックのように分かり易くエモーショナルで、とにかく美しい。

それでいて独創的ではあったものの、響いたかと言うと実はそうでもなかった。

母の無限大の愛は持ち合わせていないし、ADHDのようなブッ飛んだ不適応性も自分にはないものなので、ずいぶん客観的な目線で見てしまった。愛や希望という定義がはっきりしないテーマを扱う作品を見る時は、こういうことが良く起こる。

愛とは一体なんだろうと考えさせられはしたものの、自分の中に新しい解釈を吹き込んでくれるようなものでもなく、そこまで感傷に浸ったりもしなかった。各方面からの絶賛の嵐を眺めていると、やっぱり温度差を感じるので自分には合わなかったのだろう。

しかしまぁスティーブがとにかくブッ飛んでいるので、「次に何をしてくれるんだろう」とワクワクしながら見た僕はやっぱり社会不適応なのかなとか思いつつ、ヤツのおかげで最後まで飽きることなく見られた。mommyアスペクト比をはじめとする映像技法は面白い。そこについては本当に面白いように感情を誘導されたので、可能性は十分に見せてもらった。新鮮さもあったし、次は何を見せてくれるのか楽しみな監督ではある。

見終わった後、心に何かを無理やり残していくあの「してやられた感」、老獪さを備えると凄い監督になりそうだ。こういう監督が一皮向けると一般的にもカルト的にも大ウケするコーエン兄弟のような化け物になるんだろう。口惜しや劇場で見たかった。

それにしてもワンダーウォールはダメだよ。あれは卑怯だ。あの曲の採用には随分と予算を割いたのではないだろうか。

映画全体のバランスを犠牲にしてしまう程の映像感覚!

総評としては、映像表現が特異で美しく面白い作品ではあったものの、悪い意味でセンスが目立つ作品だった。もしくはテーマが自分に合わなかったからそう思うのかもしれない。

全体的に暗い話だった割りに、映像の美しさによって登場人物の切迫感が薄れてしまったようにも思うし、見方を変えればその美しさに救われているようにも思う。しかし、それらひとつひとつの要素が徹底的な主題に向けて効果的に絡み合っているかと言われるとそうでもない。

個人的な好みで言うとそれほど好きな映画にはならなかった。しかしその反面、次回作に対する期待が大きいのも事実だ。この正反対な評価を植え付けられたことが、既に類い稀な才能であることを証明しているのかもしれない。

本作については「若さゆえのエネルギーが綺麗にまとまって青臭く感じてしまった」「前作の方が荒削りなエネルギーがバンバン伝わってきて凄かった」という意見もよく見られるので、次を待つ間に過去の作品を楽しめればと思っている。

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