映画を観る前に知っておきたいこと

【もしも建物が話せたら】6人の映画監督による短編6話の建築ドキュメンタリー

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もしも建物が話せたら

タイトルの通り、世界各国の名のある監督が「もしも建物が話せたら何を語るのか」というテーマで撮ったドキュメンタリー短編集。

製作総指揮を手がけたのは芸術分野のドキュメンタリー作品で有名なヴィム・ヴェンダース。他、ロバート・レッドフォード、ミハエル・グラウガー、マイケル・マドセン、マルグレート・オリン、カリム・アイノズの5人がそれぞれ自身で選んだ建築の声を美しい映像とともに語る。

  • 製作:2014年,ドイツ・デンマーク・ノルウェー・オーストリア・フランス・アメリカ・日本合作
  • 日本公開:2016年2月20日
  • 上映時間:165分
  • 原題:『Cathedrals of Culture』

予告

映画を見る前に知っておきたいこと

映画に興味がある人、あるいは監督に興味がある人、または建物に興味がある人、このページに訪れた人はそれぞれに別の入り口から来てくれていると思うが、とりあえずまずは建物と建築家、そして監督のことを知っておきたい。

それぞれwikipediaにいけば基本的な情報はあるのだが、それこそ膨大な情報量になってしまうため、重要と思う部分をかいつまんでいく。

ベルリン・フィルハーモニー

ベルリン・フィルハーモニー
設計者はハンス・シャウロン。近代建築の父と呼ばれるル・コルビジェやミース・ファンデル・ローエなどと同世代の建築家だ。

内部は、指揮者を中心に楽団を取り囲むように配置された客席が特徴的。テントのような外観は、何か心が躍る予感を感じさせてくれる。

天井に取り付けられたアレやコレやは見た目にも面白いが、これも不必要なものでは決してなく、様々な音響の工夫が成されている。

この建築を取り上げたのは、ドイツのニュー・ジャーマン・シネマの星ヴィム・ヴェンダース。

最近では『セバスチャン・サルガド』で神の目を持つ写真家のドキュメンタリーを撮っていた。

芸術分野のドキュメンタリーの名手として知られているが、ロードムービーの頂点と言われる『さすらい』など、長編フィクションでも大きな結果を残している。

芸術を披露することを目的とした、それそのものが芸術とも言えるコンサートホールを選んだ辺りが彼らしい。

面白いのは医学、哲学、絵画、彫刻、文学など、様々な畑を経験したことがある人物という点だ。

それだけに幅広い視野を持っているのか、同じドキュメンタリーでもロック、オーケストラなどの音楽文化から写真、社会問題、時には映画の製作裏を扱ってみたりと題材は様々。そしてそのどれもが各国の国際映画祭で高い評価を受けている。

建築もまた芸術文化とは切っても切れないものなので、彼が音楽そのものではなくホールに焦点を当てると何を語りだすのか興味深い。

ロシア国立図書館

ロシア国立図書館
1795年に皇帝エカテリーナ2世によって建てられたロシア初の公共図書館。

モスクワにも“ロシア国立図書館”があるが、今回取り上げられたのはサンクトペテルブルクの方だ。

監督は本作が遺作となったミハエル・グラウガー。主にドキュメンタリーで高い評価を受けている監督であると同時に、脚本家でもある。

“人類の英知が集まるから図書館を選んだ”というコメント通り、ロシア国内で出版された本は必ずこの図書館に1冊納めなければならないという法的な納本制度によって莫大な蔵書を誇る。

ロシア国立図書館が建てられた目的はコレクションではなく、憩いでもなく、研究でもなく、人材の育成にある。故に世界最古級の聖書写本など、貴重な資料を蔵書する図書館でありながら、誰に対しても分け隔てなく開かれている。

知と共に人が生きる場であること、それが世界に数多くある図書館の中からロシア国立図書館を選んだ理由であるようだ。

200年に渡って人と知のあり方を見つめてきた図書館は何を思うのか―。

ハルデン刑務所

ハルデン刑務所
「世界でもっとも人道的な刑務所」と言われるノルウェーのハルデン刑務所。

テレビやパソコンも自由に使え、“休暇”と称して自宅に帰ることもでき、ジム、競技場、礼拝堂、図書館、音響設備などの共同施設も充実。さらには面会に来る家族用のベッドルームまであるそうで、全く勤勉な日本の学生のほうがキツい生活をしていそうである。

刑務官は囚人たちと家族のような関係を目指していると言い、銃は所持せず、密なコミュニケーションによるカウンセリングを行う。

“常識的”にはブッ飛んでいるこの建物を選んだ監督は、近年の原発問題への関心の高さから注目を浴びた『100,000年後の安全』のマイケル・マドセン。

『100,000年後の安全』の公式サイトでは、“暴きがいのある現実への解釈の可能性とそれを構成するパーツに興味がある”と語っている。

建物自身は自分自身をどう解釈し、また人々をどう解釈しているのか。マドセン監督が語らせるハルデン刑務所は面白そう。

ソーク研究所

ソーク研究所
名優でもあり、名監督でもある言わずと知れたロバート・レッドフォードが選んだのは、生物医学研究の最先端を走る私立非営利法人「ソーク研究所」。

子供のころに近くに住んでいたこと、そして自身がポリオ感染にかかった時に、創設者ジョナス・ソークがワクチンを開発したことで、個人的な思い入れがあるという。

建物を選んだ理由を他の監督が芸術的、哲学的に展開するのに比べて、ロバート・レッドフォードは特に建築のフォルムについて言及している。

それも無理からぬことで、設計者はルイス・I・カーンだ。

建築の世界では機能性と芸術性は常に連続していなければならない。美しさとは必然の先にあるものなのだ。

専門家は名匠による建築を見てその巧みさに舌を巻くのだが、カーンは広く一般的にもそれを感じさせる建築を作ることが出来た最後の建築家として、しばしば“最後の巨匠”と呼ばれる。

というわけでソーク研究所には、科学者ばかりでなく建築ファンも多く訪れる。

ロバート・レッドフォードから「この建物をあらゆる角度からロマンチックに撮りたい」という要望を受けたのは撮影監督エドワード・ラックマン。

ハリウッドの映画に携わることが多いが、ヨーロッパの監督ともよく仕事をしている。

特にトッド・ヘインズ監督とはよく仕事をするようで、代表作『エデンより彼方へ』ではヴェネチア国際映画祭で最優秀撮影賞を受賞。第68回カンヌ国際映画祭で最後までパルムドールを競った『キャロル』でも共に仕事をしている。

オスロ・オペラハウス

オスロ・オペラハウス
2007年、ノルウェーの首都オスロにに完成したオスロ・オペラハウス。様々な文化背景を持つ国際精鋭建築チーム「スノヘッタ」による設計だ。

「社会民主主義の真価の象徴として作られた」というマルグレート・オリン監督の言葉通り、スノヘッタの建築はその場所の文化や特性、歴史の理解に非常に重きを置いており、そのことは彼らの建築の特徴によく挙げられている。

社会民主主義とは、社会主義と民主主義の良いとこ取りみたいな考え方。経済活動で生まれる貧富の差を政治介入でなんとかしようという、特に公正を重視した政治的思想だ。

マルグレート・オリン監督はノルウェー出身。政治や社会を取り扱ったドキュメンタリーを撮ることで有名な監督だが、アートについての造詣も深い。

彼女は「オスロの闇の部分は覆い隠され、この白い大聖堂(建物)が建っています。」と語る。オスロの闇とは、一体何のことだろう?

考えられるのは、近年オスロに対して嫌悪感を示す人が多いということ。“憧れの北欧”のイメージが強い日本からは想像もつかないことだが、住んでいる人たちはコンクリートとアスファルトで近代化していくオスロにし対して、少なからず不快なイメージを抱いているという。

もうひとつは連続テロ事件だろうか。2011年7月22日、オスロでは凄惨な連続テロ事件があった。それにより77名が死傷。今もなおオスロの人々の心に暗い影を落としている。

何にせよ、オスロ・オペラハウスがオスロの人々にとって希望の象徴にも似た役割を果たしているのは違いないようだ。

そしてスノヘッタは、設計の段階でそのことを十分に理解していた。それは内部と外部の繋がりが曖昧な、明るく開放的な空間設計によく感じられる。

ポンピドゥー・センター

ポンピドゥー・センター
フランス、芸術の都パリにあるポンピドゥー・センター。

美術館、コンサートホール、芸術を扱う施設は様々あるが、ポンピドゥー・センターがテーマとしているのは“現代”である。ここには現代芸術の全てがある。

実験的であり、挑戦的であり、新鮮。それらの芸術の発信はやっぱりパリからでなくてはというジョルジュ・ポンピドゥー大統領の発案で建築された。

この施設を訪れたことのある人にはよく納得していただけると思うが、「生命のあるカルチャーマシン」とは言い得て妙。

カリム・アイノズ監督がこの建物を選んだのは、建築を勉強していた過去もあって個人的な思い入れがあるからだという。それだけこの施設に魅力を感じていたのだろう。ちょー分かる。

魅力と言うよりも、絶対無視出来ないと言った方が正しいだろうか。『もしも建物が話せたら』の建築ラインナップに、ポンピドゥー・センターをブチ込んでくれた事が既にファインプレイである。

開館したのは1977年。今から40年も前のことだが、その風体は今なお前衛的で実験的で挑戦的であり、新鮮だ。

現代建築の界隈では、シンプルという考え方が非常に重要視されているが、現代芸術の象徴であるポンピドゥー・センターはむしろ真逆の方向に全速力で突き抜けている。

設計者のレンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースはさぞ楽しかったことだろう。何せ、“前衛的であるための建物”なんて、世界広しと言えどもポンピドゥー・センターだけだ。

-ドキュメンタリー, 洋画
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