映画を観る前に知っておきたいこと

MUD マッド
ジェフ・ニコルズ&マシュー・マコノヒーの最高傑作

MUD マッド

あの夏、ぼくらは逃亡犯と友達になった ──

アメリカ南部の田舎町に暮らす二人の少年は、ミシシッピ川に浮かぶ島で訳有り風の男と出会った。奇妙な友情で結ばれていく彼らに厳しい現実が牙を剥く。

監督のジェフ・ニコルズは映画批評サイトRotten Tomatoesで支持率のアベレージが90%を超え、近い将来必ずアメリカを代表する監督になると言われている。本作はそんな彼の作品の中でも最高傑作との呼び声高い1本である。

主演は、本作が公開されたすぐ後に『ダラス・バイヤーズクラブ』(13)でオスカー俳優となったマシュー・マコノヒー。二人の少年役に『ツリー・オブ・ライフ』(11)で名匠テレンス・マリックに見出された美少年タイ・シェリダン、若き日のリバー・フェニックスを彷彿とさせる新人ジェイコブ・ロフランドが扮する他、ヒロインにオスカー女優リース・ウィザースプーンまでいる。今となっては非常に豪華なメンツだ。


予告

あらすじ

アメリカ南部、アーカンソー州の川岸。14歳の少年エリス(タイ・シェリダン)は急場ごしらえのボートハウスに両親と暮らしていた。ある日、親友のネックボーン(ジェイコブ・ロフランド)と二人で、ミシシッピ川に浮かぶ島の木に引っかかったボートを見に出かける。彼らはそこで訳有り風の男マッド(マシュー・マコノヒー)に出会った。

MUD マッド

© 2012, Neckbone Productions, LLC.

マッドは幼馴染の恋人ジェニパー(リース・ウィザースプーン)に会うため助けを借りたいと話す。素性の知れないマッドに警戒するネックボーンを他所にエリスは彼に協力的だった。両親が離婚を決めていたエリスにとって、マッドの愛はどこまでも純粋なものに映ったのだ。

MUD マッド

© 2012, Neckbone Productions, LLC.

その頃、町では指名手配犯を追うために検問が敷かれ、そこでエリスは初めてマッドが警察に追われていることを知る。それでも彼はマッドを助けることを決して止めようとしなかった ──


映画を観る前に知っておきたいこと

2013年当時、本作は現代版『スタンド・バイ・ミー』と称されていたわけだが、主演が大人のマコノヒーであるようにそれはこの映画の一側面に過ぎない。事実、僕は青春映画としてではなく、男たちの友情と愚かな愛の物語としてこの作品に惹かれている。

男たちの美学

この物語は二人の少年のうち、タイ・シェリダン演じるエリスの視点で進行していく。まだ愛が何たるかも知らない14歳の彼は、両親の離婚という厳しい現実を目の前にマッドと出会う。

幼馴染の恋人を守るために生きるマッドに自身の青臭い恋愛観を重ね合わせるエリス。彼にとってマッドはまるでヒーローだった。そう、それはマッドが恋人と再会を果たすことで両親の間に愛が戻ると錯覚するほどに。

しかし、エリスの強い眼差しに答えられないぐらいマッドもまた愛に喘いでいた。この映画に登場する男たちは、愛ゆえに身を持ち崩す者たちであり、彼らはそれを友情によって支え合い、繋ぎ止めていくのだ。

愛の入り口に立つ少年、まだ愛に殉じようとする大人、もう愛を達観してしまった更なる大人。『MUD マッド』は全ての世代の男たちの美学が詰まった、友情と愚かな愛の物語なのである。

映画を覆う閉塞感

MUD マッド

© 2012, Neckbone Productions, LLC.

監督のジェフ・ニコルズが映画の舞台に選んだのはアメリカ南部に位置するアーカンソー州。取り分け黒人や貧困層が多いこのアメリカ南部では、一見してリベラルな思想が求められそうなものだが、そこには貧困ゆえの政治に対する諦め、キリスト教的な清貧で実直な生活を旨とする伝統主義が静かに横たわっている。

そのため、保守的な文化が根を下ろす南部独特の閉塞感が、少年たちの行き場のなさと重ねられるように映し出されていく。

そんな中でも少年たちが暮らす人口3292人のデイウィットという田舎町は、『スタンド・バイ・ミー』のキャッスルロックの如く、彼らの未来を封じ込めるにはあまりにも小さな世界である。

しかしこれがアメリカにおける一つの現実であり、映画の息苦しいまでのリアリティとなっているのだ。

CAST.STAFF.BACK.

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