映画を観る前に知っておきたいこと

ミューズ・アカデミー
ホセ・ルイス・ゲリンが描く男と女の本質

ミューズ・アカデミー

美と愛の女神(ミューズ)のいたずら

現代スペインで最も優れた映画作家と評されるホセ・ルイス・ゲリン。これまで幾多の実験的な作品を生み出してきた彼が、一見ドキュメンタリーと見まごう映像で大学のある講義を映し出す。

イタリア人教授ラファエレ・ピントによって語られる、現代の男に賛美の気持ちを抱かせる女性たちの姿。それはゴダールにとってのアンナ・カリーナ、小津安二郎にとっての原節子、ウォーホルにとってのイーディ、そしてダンテが熱烈に愛したベアトリーチェ。古より、多くの優れた芸術の裏には、いつもその創作欲を奮い立たせるミューズの存在があった。

高尚な文学や芸術を語る講義で紐解かれる現代のミューズ像。教授と教え子たちの間で交わされる議論は、やがて愛の在り方にまで波及してゆく……


予告

あらすじ

バルセロナ大学のイタリア人教授ラファエレ・ピントは、現代のミューズ像をテーマにした講義“ミューズ・アカデミー”を開講する。そこでは社会人の受講生たちも積極的に加わり、ダンテの「神曲」におけるミューズの役割を皮切りに、熱を帯びた議論が展開されていた。

ミューズ・アカデミー

© P.C. GUERIN & ORFEO FILMS

その日の午後、自宅で妻と激しく口論するピント教授。「恋愛や欲望は詩人の発明品だ」と言い切る夫のミューズ像を、妻は「恋愛は文学が捏造したもの」だと強く否定する。

ミューズ・アカデミー

© P.C. GUERIN & ORFEO FILMS

やがて、“ミューズ・アカデミー”の議論の中でもピント教授の行動倫理が問題視されてゆく……


映画を観る前に知っておきたいこと

ホセ・ルイス・ゲリンの代表作『シルビアのいる街で』(07)は、美しい街並の中でかつて愛した女性シルビアの面影を追う男と様々な女性たちの姿を描き出したミューズ映画だった。

シルビアの幻影に囚われ、街ゆく女性に声を掛けるこの男の異常な執着は、ゲリン監督の静謐かつ詩的な音響と映像でどこか甘美な物語へと書き換えられてゆく。主人公の男の名前すら明かされないこの映画に、観客は多くの想像力を働かせ、勝手に物語性を付与したものだ。

しかしゲリン監督が同様のテーマを掲げた『ミューズ・アカデミー』は、観客が酔いしれることを許さない。そうさせるのは、ゲリン監督がこの映画で見せた切り口の斬新さだ。

文学的に捉えた男と女の本質

実在の教授ラファエレ・ピントを出演させることで教授と教え子たちの人間関係を生々しく描写し、一見ドキュメンタリーと見まごう映像は、観客にフィクションとの境界を見失わさせる。

その一方で、巧みに挿入されるガラス越しに映されたシーンは、外側から隠されたものを覗き見るように、男と女の本音と建前を区別していく。

この映画は、どこまでもリアルに男と女の本質を見抜いているのだ。そこに甘美な物語は一切必要としない。かつての『シルビアのいる街で』で抱いた淡い幻想を取り払わせるほど、この作品は力強い。

聞いたことがあるような痴話げんかや嫉妬の言葉が溢れ、どこか下世話にも映る物語は、それゆえ共感の混じったユーモラスな笑いを誘う。本来、文学における芸術性とは日常レベルに潜んでいるものである。

あとがき

この映画が様々な解釈を生むことは容易に想像できる。哲学として捉えることも、たわいもないコメディ・ドラマとして鑑賞することもできてしまうからだ。それは裏を返せば、この作品が純文学的である証拠なのかもしれない。

本作の公開に合わせ、東京都写真美術館ホールで2017年1月7日から「ミューズとゲリン」と題して、なかなかお目にかかれないゲリン監督の過去11作品(長編7本、中短編4本)が上映される。もちろん、その中には代表作『シルビアのいる街で』も含まれている。

ミューズをテーマにした幾つかの作品では、きっと本作とのつながりを意識することができるはずだ。

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