映画を観る前に知っておきたいこと

アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発
悪の凡庸さの科学的実証

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アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発

人はどこまで
残酷になれるのか ──

ナチス政権下でホロコースト(大量虐殺)の実質的な指揮を取ったとされるアドルフ・アイヒマン。なぜ彼は権威に服従し、さも恐ろしい虐殺を行ったのか?アイヒマン裁判が始まった1961年、一人の学者がホロコーストの真実を明らかにするため非倫理的な実験に着手した。

『ハムレット』(00)のマイケル・アルメレイダ監督が、社会心理学者スタンレー・ミルグラムが世界を震撼させた“アイヒマン実験”の実態に迫る実録ドラマ。

主人公のミルグラム博士を演じたのは『ブラック・スキャンダル』(15)『マグニフィセント・セブン』(16)など出演作が相次ぐピーター・サースガード。彼の妻をウィノナ・ライダーが演じる他、ジョン・レグイザモや今年急逝したアントン・イェルチンらが脇を固める。

予告

あらすじ

1961年、ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺に関与したアドルフ・アイヒマンの裁判が開廷。裁判が進むにつれ、非人道的な行為のイメージからかけ離れた小市民的な実像が浮かび上がっていった。

同じ年の8月、米イェール大学の社会心理学者スタンレー・ミルグラム(ピーター・サースガード)がホロコーストが起きたメカニズムを解明しようと、電気ショックを用いた実験を開始した。

アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発

© 2014 Experimenter Productions, LLC.

二人の被験者は先生と生徒に振り分けられ、先生役の人物は問題を出題、別室にいる生徒役はそれに答える。解答を誤った生徒には先生が電気ショックが与え、間違えるごとに電圧は上げられていった。二人の被験者の内一人は実験の協力者で、常に生徒役になるように仕向けられていた。実際には生徒に電気ショックが与えられていない状況で、被験者を騙しながら実験は続けられた。

アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発

© 2014 Experimenter Productions, LLC.

表情や仕草などに変化はあるものの、先生役となった殆どの被験者が最大設定電圧の450ボルトまでスイッチを入れ続けていく……

映画を観る前に知っておきたいこと

これまでナチス政権下で行われた大量虐殺をテーマにした作品は多く撮られてきた。その中でアドルフ・ヒトラーに次いで、スポットを当てられるのがアドルフ・アイヒマンだ。

今年の1月に公開された『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』では、彼がどのように追い詰められ逮捕に至ったのかをサスペンスフルに描き出していた。そしてアイヒマン裁判そのものに焦点を当てた『アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち』(16)など、昨今はこうした別の切り口からホロコーストを見つめる作品が増えた印象を受ける。本作もまた、それに続くホロコースト映画だと言える。

この映画で再現された被験者たちのリアクションは、まさに実際の“アイヒマン実験”で残された記録そのものだ。

悪の凡庸さ

アイヒマン裁判が開廷された2年後の1963年、ドイツ出身のユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントがニューヨーカー誌で連載した『イエルサレムのアイヒマン-悪の陳腐さについての報告』は、当時大きな論争を呼んだ。

公開裁判を欠かさず傍聴し、アイヒマンの死刑が執行されるまでを綴ったこの裁判記録では、アイヒマンを極普通の小心者で取るに足らない役人に過ぎなかったとした。彼女は思想を持たない平凡な人間ほど悪を行うものだと説いたのだ。

「自らを嫌うユダヤ人がアイヒマン寄りの本を出した」「ナチズムを擁護したのではないか」と激しい非難にさらされた彼女だったが、スタンレー・ミルグラム博士が行った“アイヒマン実験”は、彼女が提唱した“悪の凡庸さ”を科学的に実証する結果となった。

“普通の平凡な市民が一定の条件下では冷酷で非人道的な行為を行う”現象はミルグラム効果と呼ばれ、実験における倫理観も含め、未だにその是非が議論されている。

「科学は道徳的な人間性を貶めるものであってはならない」と批判されながら、ミルグラム博士は生涯に渡ってこの実験の重要性を訴え続けた。

「悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人が作る」

ハンナ・アーレント

出典:wikipedia.org

あとがき

世界で大きなテロや虐殺事件が起きる度に、引き合いに出されるこのミルグラム効果。“アイヒマン実験”の最大の功績は、その是非を問う議論を生んだことだ。

そうそうやっていいような実験とは思えないが、先立つものがなければ過ちを正すことも、悪を未然に防ぐこともできはしないのだから。

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