映画を観る前に知っておきたいこと

虹蛇と眠る女
神話から生まれた不可解な心理サスペンス

投稿日:2016年1月30日 更新日:

虹蛇と眠る女

私を見つけて、私に触れて

オーストラリア辺境の町で二人の子供が忽然と姿を消した。彼らの行方を追う母は、やがて超えてはいけない一線を踏み越える ──

オスカー女優ニコール・キッドマンが25年振りに母国作品で主演を果たした、荒涼とした大地と神話が混在するスピリチュアルな心理サスペンス。共演は『恋におちたシェイクスピア』(98)のジョセフ・ファインズ、『マトリックス』(99/03)シリーズのヒューゴ・ウィービング。

女流監督キム・ファラントが長編デビュー作にして、大都市と原初の自然を有する国オーストラリアに伝わる虹蛇信仰をモチーフに、あまりに不可解な映画を撮り上げた。


予告

あらすじ

オーストラリアの砂漠地帯にたたずむ小さな街ナスガリ。ある理由からこの地に越してきたキャサリン(ニコール・キッドマン)とマシュー(ジョセフ・ファインズ)夫婦の二人の子供たちが、満月の夜に忽然と姿を消した。

虹蛇と眠る女

© 2014 SCREEN AUSTRALIA, SCREEN NSW AND PARKER PICTURES HOLDING PTY LTD

灼熱の地は行方不明となった者の生命を2、3日で干上がらせる。地元のベテラン警官レイ(ヒューゴ・ウィーヴィング)らが大掛かりな捜査を行うも、どこにも手がかりは見当たらなかった。

虹蛇と眠る女

© 2014 SCREEN AUSTRALIA, SCREEN NSW AND PARKER PICTURES HOLDING PTY LTD

次第に人々の疑惑の目は夫婦へと向けられていく。迫るタイムリミットと隠し通さねばならない家族の秘密。そして、憔悴したキャサリンは先住民族アボリジニの間で語り継がれる”虹蛇の伝説”を耳にする……


映画を見る前に知っておきたいこと

ハワイ出身でありながらアメリカ系オーストラリア人の両親の元に生まれたニコール・キッドマンのルーツはオーストラリアにある。4歳の頃、オーストラリアに渡った彼女はアメリカとオーストラリアの国籍を持っているため、映画は彼女の母国作品として紹介された。

ニコールのフルヌードは大きな話題を呼んだが、この映画はそんな純粋な興味など丸呑みにしてしまうほど不可解だ。またミステリーやサスペンスとしての回答が何も用意されていないことが酷評にもつながっている。しかし、あのニコール・キッドマンが脚本に惚れ込んだというこの映画が、ただの独りよがりな作品ということもないだろう。

オーストラリア国民としての彼女のアイデンティティが重要な意味を持つ作品ゆえ、日本人が手ぶらで観るにはあまりにも敷居が高い。

虹蛇とは?

オーストラリアの先住民であるアボリジニは定住性が薄く、狩猟を生業としたことで物質文化が遅れた反面、精神文化は複雑化しながら独自の発展を遂げていった。そんな彼らの精神文化の中でもとりわけ重要だったのが“ドリームタイム”という信仰だ。

アボリジニは世界を眠っている時と目覚めている時の2つに分け、眠っている時の夢こそが真実の世界であり、目覚めている時の生活は幻想だと考えた。そして夢の世界ではすべての生物が精霊として存在し、そこには死という概念もないため、今も大昔の精霊たちが世界の始まりを教えてくれるのだという。

そして雨や水を操り川や湖を創造したとされる虹蛇は、生命を司る夢の世界の最も偉大な精霊として、尊敬と畏怖を持って現代にまで伝えられているのだ。

信仰と映画を結ぶ

原題『Strangerland』(見知らぬ土地)から大幅に変更された『虹蛇と眠る女』という邦題に映画を読み解くヒントが隠されている。

映画では、登場人物が“ドリームタイム”における2つの世界のどちらの住人かを考察することで、不可解な物語も若干の輪郭を帯びてくる。一見すると、虹蛇と眠る女にニコール演じるキャサリンを連想してしまうが、それは娘のリリーの方ではないだろうか。

内に激しい性欲を感じさせる似た者同士の母と娘。しかし、それを受け入れる者と受け入れない者の存在が二人は別の世界を生きていること明確にしていく。

それは同時に、女性の監督や脚本家によって描き出される少女の性が、母と娘の世界を分ける境界線として用意されたテーマだということを印象付ける。

行方不明となったリリーとトミー、二人の結末も、僕にはそこからしか説明できない。

歴史から読み解く

「最初は白い者、次は黒い者。子供が消える、ここはそういう土地。」

劇中の観る者を煙に巻くようなこの台詞にある白い者と黒い者という表現は、かつてオーストラリアにあった人種差別政策を想起させる。

1869年から1969年までオーストラリアでは、アボリジニの子供や混血児を親元から引き離し白人家庭や寄宿舎で養育するという政策が行われていた。建前上は教育環境の改善とされていたが、実際の目的はアボリジニの文化を絶やすことだったという。子供のおよそ1割が連れ去られたこの政策は、アボリジニのみならずオーストラリアも決して忘れられない歴史だ。

白い者、黒い者、子供、“ドリームタイム”における夢の世界とは縁遠い者の順に並べられたこの台詞に、アボリジニが抱く、生命を司る虹蛇へ対する畏れと現実社会に対する恐れが重ねられている。

あとがき

ミステリーやサスペンスとして、この不可解な映画を明確に解説するための言葉を僕は持たない。テーマありきの作品として、内包するスピリチュアルな世界観を共有できるかどうかで印象をガラリと変える映画だ。

-ミステリー・サスペンス
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執筆者:


  1. こすず より:

    結末についてなんらかの意味を得たような気がする。
    ありがとうございました。

  2. ネコ より:

    最後まで何が何だかわからない。
    意味不明、不可解な駄作。
    ニコールキッドマンの体当たり演技が素晴らしい。
    改めて、彼女の美しさが素晴らしく、49歳とは思えない。

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