映画を観る前に知っておきたいこと

ノーカントリー
完全解説

ノーカントリー

純粋な悪にのみこまれる

第80回アカデミー賞で作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞の4冠を始め、世界の映画賞で89部門(作品賞22・監督賞19)を受賞した映画史に残る名作。コーエン兄弟として知られる今やアメリカを代表する監督であるジョエル&イーサン・コーエンの代表作でもある。原作はピュリッツァー賞作家コーマック・マッカーシーの「血と暴力の国」(2005)。

アカデミー賞受賞の話題作としてこの映画に入ると大やけどしてしまう。本作を見た多くの人が、その解釈に悩み、呆気にとられた。しかし、この難解さがクセになる名作だ!ここにはメッセージ性、ストーリーのおもしろさ、緊迫感、ユーモア、様々な解釈、それらを表現する演技や撮影技術など、映画に必要な要素のほとんどがある。

今、ネット上でこの映画については多くの解釈がなされている。この映画は多くを語らないため、ストーリーだけとっても色々な見方がされている。そこでLUCKY NOWでは“ある程度の正解”と言える『ノーカントリー』の解説をしてみたいと思う。

そのためにはまず、ストーリーを正確に把握する必要があるので、詳細なあらすじから書いていく。映画を見終わったばかりの人は飛ばして結構。


予告

あらすじ

舞台は1980年のアメリカ合衆国テキサス州西部。凶悪化する犯罪を憂える保安官ベルの語りを背景に映画は始まる。

「私は25歳で保安官になった。ウソのようだ。私の祖父も父も保安官だった。少し前、ある少年を死刑にしたことがある。彼は14歳の少女を殺害した。新聞は“激情犯罪”と書いたが、本人は“感情はない”と言った。“以前から、誰か人を殺そうと思っていて出所したらまた殺す”と。どう考えたらいいのかまったくわからない。最近の犯罪は理解できない。恐ろしいわけじゃない。この仕事をするには死ぬ覚悟が必要だ。だが、魂を危険にさらすべき時は“OK”と言わねばならない。“この世界の一部になろう”と。」

殺し屋シガーは保安官に連行されるが、保安官を殺してその場を去る。シガーは奪ったパトカーから車を乗り換えるため、エア・タンクの装置を使った家畜銃ピストルで一般人を殺して逃走する。

ノーカントリー

その頃、銃を持ってプロングホーンを撃ちに行ったベトナム帰還兵モス(ジョシュ・ブローリン)は偶然にも殺人現場に遭遇する。状況からすると麻薬取引がスムーズに進まず、途中で銃撃戦に発展したようだ。死体の転がる中を歩くモスは、麻薬を積んだトラックの運転席で息も絶え絶えになっているメキシコ人を発見する。いろいろと質問するモスだが、相手の言う言葉は「アグア」(スペイン語で「水」の意)のみ。その後、モスは事件現場から少し歩いたところにあった男の死体から200万ドルの札束が詰まったブリーフケースを発見し、自宅に持ち帰る。

ノーカントリー

その夜、運転席で苦しんでいた男のことが気にかかったモスは水を持って現場に戻るが、不運にも戻って来たメキシコのギャングたちに発見されてしまう。命からがら脱出したものの現場に置き去りにした車から身元が割れ、メキシコのギャングから命を狙われることになる。

ノーカントリー

一方、シガーはアメリカ側の組織から、モスが持ち逃げした金の発見を請け負った。二人の男に麻薬取引現場まで案内されたシガーも車の検査証プレートからモスを追う。この時、シガーは案内した二人の男を撃ち殺した。

その後、現場検証に訪れた保安官ベルもモスの身を案じ、行方を探す。

ノーカントリー

危険を感じたモスは妻カーラをバスに乗せて実家に帰し、自身はモーテルに潜伏する。そして、部屋の通気口の奥へ金の入ったブリーフケースを隠した。一旦部屋を出たモスだったが、戻った時に部屋のカーテンに違和感を感じたため別の部屋へ移る。始めに借りた部屋は既にメキシコ側の追っ手にばれていた。また、金の入ったブリーフケースには発信器が隠されており、シガーもそれを頼りにモスの滞在する部屋を発見する。シガーがメキシコ側の追っ手と交戦中、モスは金を持って逃走する。シガーはこの時、通気口にブリーフケースが隠されていた痕跡を発見する。

次に潜んだホテル・イーグルの部屋で発信器の存在に気付いたモスは、これを逆手に取ってシガーを返り討ちにしようとするが、激しい銃撃戦の末どちらも重傷を負う。シガーが傷の治療に時間を取られているうち、モスは国境を越えてメキシコに到達、現地の病院に入院する。

ノーカントリー

入院中のモスに面会に来たのは、賞金稼ぎのウェルズだった。ウェルズはアメリカ側の組織から金の奪還を命じられており、金と引き換えにモスの命を守るという交換条件を出すが、モスはこれを拒絶。

ノーカントリー

ウェルズは、モスとシガーが銃撃戦を行ったホテル・イーグルに滞在していた。ホテルに戻ってきたウェルズはシガーにあっさり殺される。その時ウェルズの部屋に電話をかけてきたのはモスであった。シガーは電話を取り、二人の会話が初めて実現する。モスが自分の手で金を持ってくること、そうすればカーラに手出しはしないと約束するシガーだが、モスはこれも拒否し、そこで会話は終わった。

ノーカントリー

米国に戻ってきたモスはカーラに電話し、彼女の母親ともどもエル・パソのデザート・サンズ・モーテルで落ち合うよう打ち合わせる。そこでモスはカーラに金を渡し、飛行機でどこかへ逃がそうと考えていた。カーラのことを張っていたメキシコ側の追っ手は、親切な紳士を装いカーラの母親から目的地のモーテルを聞き出す。

ノーカントリー

不安になったカーラからモスと落ち合う場所を聞いた保安官ベルもエル・パソに向かう。

シガーは自分以外の追っ手を雇ったアメリカ側の組織のボスを撃ち殺し、モスが飛行機で逃亡しようとしていると読んで空港のあるエル・パソに向かう。

デザート・サンズ・モーテルに先に着いたモスは、プールサイドに座っていた女と会話をする。保安官ベルはデザート・サンズ・モーテルに到着する直前に銃声を聞き、逃げていくメキシコ側の追っ手とすれ違う。モーテルに着いた時、モスは既に殺されていた。現場ではマシンガンを持ったメキシコ人とプールサイドに座っていた女も撃たれていた。

ノーカントリー

ベルは己の無力さを感じながら、地元の保安官と犯人について話す。地元の保安官の「非情どころの話じゃない。モーテルで人を殺した翌日、戻って来てまた殺した。」という話でピンときたベルは、再びモスが殺された現場に戻る。そこで部屋のドアの錠が吹き飛ばされていることに気付いたベルは犯人が再び現場に戻って来たことを確信する。気配を感じて恐る恐る部屋に入っていくと、そこには誰もいなかった。そしてベルは洗面所の窓が閉まっていることを確認し、ベッドに腰掛ける。その時、開けられた通気口と、コインが落ちていることに気付いた。

ノーカントリー

後日、ベルは元保安官だった叔父と会って引退の意思を話す。時代の流れに伴って凶悪化する犯罪がその原因だが、叔父はこの地域はもともと暴力的な土地であり、一個人の働きで状況が変化するようなものではないと説き、ベルをたしなめる。

ノーカントリー

母親の葬儀から帰ってきたカーラは家の中で待ち伏せていたシガーと対面する。シガーはモスと交わした会話に基づいて彼女を殺害しなければならないと説明するが、気を変えコイントスでカーラが勝てば命を助けると言い出す。表か裏か。カーラの答えは「賭けない」であった。「決めるのはコインじゃないあなたよ」とカーラは言う。

ノーカントリー

カーラを殺し、家を出たシガーは靴の裏を気にした。そして現場から離れる際、シガーは車のバックミラーで自転車に乗った二人の少年を確認する。そして次の瞬間、青信号で交差点に入ったシガーの車に右側から別の車が突っ込んで来た。車から降りて来たシガーの左腕は骨が突き出ていた。シガーのもとにさっきの自転車の少年二人がやってきて、近くの人が救急車を読んだことを告げる。シガーは少年の着ていたシャツで骨折した腕を吊ると、その少年に金を渡し、「俺を見なかったと言え」と言ってその場を後にした。

ノーカントリー

物語は、ベルが妻に昨夜見た2つの夢の話をしている場面で幕となる。

ノーカントリー

「2つの夢を見たが、両方に親父が出てきた。親父は今の俺より20歳若くして死んだ。夢では俺が年上だ。どこかの町で親父に金をもらい、それを無くした。2つめは二人で昔に戻ったような夢で、俺は馬に乗り夜中に山を越えていた。寒くて地面には雪が積もっていて、親父は俺を追い抜き何も言わず先に行った。体に毛布を巻き付け、うなだれて進んで行く。親父は手に火を持っていた。夢の中で俺は知ってた。親父が先に行き、闇と寒さの中どこかで火を焚いていると。俺が行く先に親父がいると。そこで目が覚めた。」


描写から読み取れる確定的な解釈

この映画はあらすじ一つ取っても見る者の想像力を要求するので、迷子にならないように物語のポイントとなる箇所を挙げていく。ただ、ここでは描写から読み取れる確定的なことだけを紹介するので、飛躍させて解釈することは一切しない。また、すべての描写に意味があるという前提で話を進める。

モスはアメリカとメキシコのギャング両方から追われていた

全体のストーリーは、麻薬取引現場から金を持ち逃げしたモス、麻薬を買うアメリカ側の追っ手であるシガー、麻薬を売るメキシコ側の追っ手の三つ巴となっているので、まずはそこを正確に把握しないと物語を見失ってしまう。これも劇中ではっきりと説明がされるわけではないので、メキシコの公用語であるスペイン語を話しているなどの描写から読み解くしかない。

アメリカ側の追っ手

  • シガー
  • ウェルズ

メキシコ側の追っ手

  • 取引現場に戻って来てモスを襲撃したギャング
  • 最初のモーテルでシガーに殺された3人
  • カーラの母親に近づき目的地を聞いたスーツの男
  • モスが殺された現場から逃走したギャング
  • モスが殺された現場でマシンガンの側で倒れていた男

シガーが使っている武器について

これも映画を見ていて気になった人は多いのではないだろうか。ガスボンベの先から何かを撃ち出す銃のような武器だが、これはエア・タンクの装置を使った家畜銃ピストルと呼ばれるもので、本来は家畜を殺すためのものだ。原理は圧縮した空気圧でボルトを撃ち出し、そのボルトはバネですぐに引っ込むようになっている。

映画の中でベルともう一人の保安官が、シガーの行った殺人現場から銃弾が見つからないという話をするシーンがあるが、これは家畜銃ピストルには弾がないからである。また、ベルがモスの妻カーラに対して家畜の牛を殺す話をするシーンがあるが、ここでベルが語る「今は牛の殺し方も全く変わった。エアガンを使う。鉄のボルトを頭に撃ち込む。牛は瞬時に死ぬ。」という話は、まさしくシガーの武器のことである。

一見アナログなように見えるシガーの武器は、家畜を殺すための最新型の武器だった。これは、現代の悪意を象徴する存在であるシガーをよく表したシーンである。

シガーのキャラ設定としておもしろいのが、家畜銃ピストルを武器にした完全無欠の恐ろしい殺し屋だが、その反面本物の銃の腕前はイマイチだというところだ。シガーが車の中から橋に停まっているカラスを狙い撃ちするシーンがあるが、至近距離に関わらずハズしてしまう。雇い主であるボスを撃つシーンでも少し狙いが逸れているためボスは息絶え絶えとなっている。映画全体を通してもシガーは常に至近距離から相手を殺している。

「モーテルで人を殺した翌日、戻って来てまた殺した」という台詞の意味

モスが殺された後、ベルが地元の保安官と犯人について話すシーンがあるが、地元の保安官の「モーテルで人を殺した翌日、戻って来てまた殺した」という台詞の意味がわからず困惑した人が多かったようだ。この台詞が指すモーテルは、モスとシガーが銃撃戦を繰り広げた2番目のホテル・イーグルのことである。

最初に殺されたのは、ホテルのフロント係、次に殺されたのはウェルズのことである。映画の中でウェルズが滞在していたホテルがモスが潜伏していたホテルと同じだと語られることはなかったが、それぞれのシーンで建物にホテル・イーグルという名前が見えるので間違いない。

メキシコ側の追っ手がモスを見つけられた理由

ストーリーとしてはモスの逃亡劇がメインとなっているが、メキシコ側の追っ手がどうやってモスを見つけていったのかが納得できなかった人は多いのではないだろうか。シガーが最初のモーテルでモスを見つけたのは、金の入ったブリーフケースに発信器が隠されていたからというのはわかったと思うが、シガーより先にモスの部屋にメキシコ側の追っ手が隠れていたのはなぜだろう?

これに関しては字幕の訳し方が悪かったこともある。シガーが雇い主のボスを撃ち殺した後、横にいた会計係に「他の追跡者を送ったな」と言うシーンがあるが、ここのシガーの実際の台詞は「He gave the Mexicans a receiver.(メキシコ人にも受信機を渡したな)」である。ここから、アメリカ側とメキシコ側の追っ手はどちらも受信機を持っていたことがわかる。

モスを殺したのは誰か?

ベルがモスの殺害現場に到着した時、メキシコ側の追っ手が逃げて行くシーンがあるので一見彼らの仕業のように思えるが、現場にはもう一人メキシコ人が倒れていたことからシガーも現場にいたことがうかがえる。この倒れていたメキシコ人はまだ生きていたことを考えれば、標的のモスを殺したのに死んでいない仲間を置いて逃げないだろう。よってその場に別の驚異があったことがわかる。

もう一つこのシーンで重要なのが、プールサイドにいた女も殺されていたことだ。関係のない人間を殺すのはこの映画の中には一人しかいない。

ベルが現場に戻った時、シガーはいたのか?

これに関しては大きく2つの解釈が存在している。1つは、ベルの極度の緊張状態から生まれた想像を描写したものという説。もう1つは、そこに実際にシガーがいたという説。

ベルがモス殺害現場に戻った時、部屋のドアの錠が吹き飛ばされていたことからシガーもその部屋に戻って来ていたことは間違いない。ここで2度シガーが部屋の中に隠れているような描写があるのだが、実際ベルが部屋に入った時、そこには誰もいなかった。このシーンで重要なのは洗面所の窓の鍵が映されるカットだ。これが何を意味しているのか読み解ければ、現場にシガーがいたのかがわかるはずだ。

映画の原作であるコーマック・マッカーシーの小説「血と暴力の国」では、部屋から金の入ったブリーフケースを回収したシガーが駐車場に停めた車に乗り込んだ時に、ベルのパトカーが到着し、ベルがモーテルの中に入るまでシガーは車の座席で銃を膝に載せたまま待っていた。

原作と比較すると、シガーは部屋にいたと解釈するのが妥当である。そうすると洗面所の窓の鍵が映されるカットは、ベルとシガーがすれ違ったということを暗示している。部屋の入り口から入ってきたベルは、そのまま奥の洗面所まで進んで行く。シガーが洗面所の窓から逃げた形跡を否定することで、ベルはあの瞬間、死と隣り合わせだったという緊迫感を生み出している。ベルが映画の冒頭で語った「魂を危険にさらすべき時は“OK”と言わねばならない」という状況を描いたのがこのシーンである。

仮に部屋の中にシガーがいなかったとすれば、ベルには魂を危険にさらすべき時が訪れなかったことになり、映画の中でベルは凶悪化する犯罪を憂うだけの存在になってしまう。ベルが保安官を辞めるためには、シガーとすれ違ったという事実が不可欠なのだ。

金は誰の手に?

この答えは、ベルがモス殺害現場の部屋に戻った時に目にする、開けられた通気口とそこに落ちていたコインから読み取れる。モスが通気口の中に金を隠していたとすれば、それを知っているのはシガーだけである。最初のモーテルでシガーはモスが通気口の中に金を隠していた形跡を発見している。また、コインで通気口を開けるのもシガーだ。

カーラはシガーに殺されたのか?

結論から言うとカーラはシガーに殺されている。カーラがコイントスの賭けを拒否したことから多少困惑した様子を見せたシガーだったが、カーラの家から出てきた直後に靴の裏に血が付いていないかを確認するような描写がある。それに加え、カーラの家から出てきた時に自転車に乗った二人の少年が横切っているのだが、その直後にシガーは車のバックミラーで二人の少年の様子を気にしている。これらは殺人現場に、証拠や目撃者を残さないための行動と読み取れるのでカーラは殺されている。


解説

ここからは、少し主観を交えて映画の本質に迫ってみたい。僕の見方が正しければそれに越したことはないが、様々な解釈が存在することこそがこの映画の魅力だということを頭の片隅に置いて読んでもらえたら幸せだ。

映画に込められたメッセージ

本作の原題『No Country for Old Men(それは老いたる者たちの国ではない)』は、アイルランドの詩人W・B・イェイツ(1865~1939年)の詩「ビザンチウムへの船出」の冒頭を引用したものだ。

それは老いたる者たちの国ではない。
恋人の腕に抱かれし若者たち
樹上の鳥たち
その唄と共に、死に行く世代たち、
鮭が遡る滝も、鯖にあふれた海も、
魚も、肉も、鶏も、長き夏を神に委ね
命を得たものは皆、生まれ、また死ぬのだ。

W・B・イェイツ 「ビザンチウムへの船出」冒頭より

イェイツは近代科学主義に席捲される19世紀末から20世紀初めのヨーロッパで、時代に反抗するように神秘とロマン、想像、夢の力を歌った詩人だった。「ビザンチウムへの船出」のビザンチウムは現在のイスタンブールのことで、芸術の都と呼ばれていたビザンチウムに、イェイツは老いや死を超えて永遠に生きる芸術のユートピアを象徴させている。芸術や想像の力で、人は老いても、死んでも永遠に生き続けることができるというイェイツのロマンが謳われている。ということはつまり、「ビザンチウムへの船出」とは無情な現実の生の彼方、つまり死への旅立ちを夢想した詩である。

映画では、このイェイツの詩のようなロマンは一切描かれていない。ひたすら、時代とともに変貌する“世界”を表現したという点ではイェイツに対する皮肉のようにもとれる。その上で『No Country for Old Men(それは老いたる者たちの国ではない)』というタイトルは、映画を一言で表している。

映画に登場する殺し屋シガーは、“悪意”や“暴力”を象徴する存在であると同時に、現代社会における犯罪や戦争を象徴している。映画の中でシガーがコイントスによって相手の生死を決定するシーンがあるが、これによってシガーは人間が抗うことができない天災のような存在となっている。しかし、「決めるのはコインじゃないあなたよ」というカーラの台詞が、シガーは天災ではなく人災であることを暗喩する。その直後にシガーは信号無視の車に突っ込まれてしまうが、これは不条理な人間の“悪意”や“暴力”ですら、さらに別の不条理なものに飲み込まれてしまうことがあることを示している。シガーですら“世界の一部”なのだ。

そして保安官ベルは、時代とともに変貌する“世界”に翻弄される存在である。ベル以外の登場人物が“世界”を表している。映画の冒頭のベルの語りが映画の本質を最も表した台詞だろう。

「私は25歳で保安官になった。ウソのようだ。私の祖父も父も保安官だった。少し前、ある少年を死刑にしたことがある。彼は14歳の少女を殺害した。新聞は“激情犯罪”と書いたが、本人は“感情はない”と言った。“以前から、誰か人を殺そうと思っていて出所したらまた殺す”と。どう考えたらいいのかまったくわからない。最近の犯罪は理解できない。恐ろしいわけじゃない。この仕事をするには死ぬ覚悟が必要だ。だが、魂を危険にさらすべき時は“OK”と言わねばならない。“この世界の一部になろう”と。」

『ノーカントリー』冒頭より

僕たちも「最近の犯罪は理解できない」と感じることがあるだろう。そして、どんどん不条理になっていく“悪意”や“暴力”に恐怖することも。しかし、僕たちにそれらを変える術はない。これがこの映画が伝えようとしていることである。

タランティーノ顔負けのスリリングな物語の中心はモスとシガーだが、あくまで主人公をベルとしていることが、このメッセージを強く印象付ける。アメリカは老いたる者たちの国ではなくなってしまったのだ。

最後の言葉“この世界の一部になろう”とは、映画の後半にあるベルの叔父の台詞「(この国を)変えられると思うのは、思いあがりだ」に対する答えになっている。世界が変えられないのならば、その一部になるしかない。これは誰にも変貌する“世界”を止められないことを表している。運命を享受するしかないと、そこには死も含まれる。

夢の解釈

映画のラストシーンでベルが妻に昨夜見た2つの夢を話すが、ここに込められた意図とは何か?これに関しては、正解はない。

映画の終わりになってようやく主人公らしくなってくるベルだが、ここで語られる夢はベルの感情であり、ベル以外の登場人物が“世界”を表しているので、映画の中で初めて描かれた人間ドラマでもある。ただ、ここにロマンはない。あるのは現実と向き合う男の感情だけだ。

1つめの夢

「どこかの町で親父に金をもらい、それを無くした。」

映画の後半にベルが元保安官だった叔父に会いに行くシーンがあるが、ベルはここで祖父マックの最期について聞かされる。ベルの祖父は7、8人の悪党が家に押し入り玄関先で撃たれた。左の肺を撃たれ死を覚悟しながら、それでも祖父は銃を拾おうとした。この話が、1つめの夢を解釈するヒントになる。

夢の中で親父にもらった金とは、祖父から父へ、そして父から自分へ、親子三代に渡って受け継いできた“正義”を暗喩している。しかし、ベルの心は折れ、保安官を辞めることで、受け継がれた意思は失われてしまう。よって夢の中でも金を無くしてしまった。

ベルがこの夢を見たのは、リタイアすることに後ろめたさを感じたからだと思われる。それを表すのが叔父との会話の中のベルの台詞「俺が神でも、俺を見放す」である。

2つめの夢

「俺は馬に乗り夜中に山を越えていた。山道を通って行くんだが、寒くて地面には雪が積もっていて、親父は俺を追い抜き何も言わず先に行った。体に毛布を巻き付け、うなだれて進んで行く。親父は手に火を持っていた。昔のように牛の角に火を入れて。中の火が透けた角は月のような色だった。夢の中で俺は知ってた。親父が先に行き、闇と寒さの中どこかで火を焚いていると。俺が行く先に親父がいると。」

ここで語られる雪が積もった夜中の山道と、その道を先に行く父という存在から、これは親子が辿った保安官としての険しい人生を表している。父が何も言わず先に行ったのは、ベルが父親の背中を見て育ったということだろう。しかし、ベルが尊敬する父親もその道をうなだれて進んで行くことから、父にとってもまた険しい道のりだった。

そして、中の火が透けた角は月のような色だったという表現からは、暖かさを感じさせる良いイメージしかない。ベルが行く先がどこであっても父は火を焚いてそこにいる。これは1つめの夢の答えにもなっていて、保安官を辞めたベルを父は責めないだろうことを思わせた。


評価

『ノーカントリー』は難解な映画の部類に入ると思うが、作品の意図が汲み取れなかった場合大抵はおもしろくなかったという評価になるのに対し、この映画は意味がわからなかったけどおもしろいという評価が異常に多かった。その証拠にネット上では、映画に関する質問が飛び交い、それに答えるような解説が無数にある。

『ノーカントリー』の最も優れている点は、難解なメッセージを誰もがおもしろいと感じるような物語の中に完璧に落とし込んだことだ。これにより映画を見た人は、どうしても意図まで知りたくなる。

僕たちは結局、映画についてああだこうだと言うのが好きなのだ。こんなに大勢の人間と語り合える映画は他にない。

最後に生じた疑問

映画を20回も見て、僕なりに“ある程度の正解”と言える『ノーカントリー』の解説をしたつもりだが、結局僕の中にも疑問は残った。

それは、誰が金を持っているのかだ。これについては既に解説済みで、原作でもシガーが金を持って行ったことは書かれているのだが、それでもどうしても一つだけ解せない点がある。

モスが殺された部屋の通気口に、あのブリーフケースは入らない。開けられた通気口のカットに部屋のコンセントが映っているのだが、そこから通気口の大きさを推測するとどう考えてもブリーフケースより小さい。ここまで無駄なく完璧に映画を撮ってきたコーエン兄弟がここに気付かないとは思えない。

『ノーカントリー』の夜はまだまだ続く……

CAST.STAFF.BACK.

DATA.STAFF.BACK.

DATA.CAST.BACK.

コメント4件

  • 神長 拓紀 より:

    萩山様
    「【ノーカントリー】完全解説」、大変興味深く読ませていただきました。
    私もこの映画の魅力にはまった一人です。こんな面白い映画、ほかにちょっと無いと改めて感じています。
    新しい発見もあり、「なるほど」と思わせられた箇所がいくつもありました。が、私の考えたこととは違った部分もありましたので、そこのところを書かせていただきました。
    ①メキシコ側の追っ手がモスを見つけれた理由
    「He gave the Mexicans a receiver.(メキシコ人にも受信機を渡したな)」は、初めて知りました。萩山様はこの台詞から、殺された3人はメキシコ側と考えられたようですが、なぜ競争相手に受信機を渡したのでしょうか?メキシコ人だけれども、アメリカ側ということも考えられます。保安官助手がベル保安官に「3人はメキシコ人でした」と報告すると、保安官は「アメリカ国籍を取っているかも」と答えています。
    しかし、受信機を持っているとしたら、なぜダクト内にある金を探そうとせず、のんびりモスの帰りを待っていたのかは疑問です。
    ②モスを殺したのは誰か?
    私も、「そこに実際にシガーがいたという説」をとります。
    私の推理はこうです。
    1:モスの部屋のドア付近でメキシコ側がモスを捕獲(殺すのではなく)しようとする。
    2:プールの近くに隠れていたシガーが、いきなりモスを射殺する。
    3:ビックリしたメキシコ側とシガーとの撃ち合いになる。
    4:巻き添えで女が死ぬ。
    5:メキシコ側の一人がシガーに撃たれる。
    6:メキシコ側の残りがあわてて逃げる。
    メキシコ側の目的はモスの殺害ではなく「金の回収」にあるわけで、モスを殺してしまっては回収が不可能になりますので、いきなり殺すことは無いとおもいます。
    メキシコ側の計画は、
    1:モスを捕える。
    2:やがてやってくる妻と母を人質として、モスに金のありかを白状させる。
    ということだと思います。
    銃撃戦の後、メキシコ人が3~4人、逃げ去りますが、これもシガーの計算とおりで、すべてが、シガーのたてた計画とおりにはこんでいるのだと思います。
    だいいち、ここにシガーがいなければ映画として「マヌケ」ですよね。
    このあとシガーは計算通り飛行機に乗ってずらかります。

    ほかにもお話ししたいことがありますが、ながくなりますので、このへんで失礼させていただきます。

  • 今川 幸緒 より:

    貴重な御意見ありがとうございます。

    ①メキシコ側の追っ手がモスを見つけれた理由
    これについては「He gave the Mexicans a receiver.(メキシコ人にも受信機を渡したな)」というセリフから殺された3人はメキシコ側の追っ手と考えました。しかし、保安官ベルの「アメリカ国籍を取っているかも」というセリフはアメリカ側の追っ手であることを示しているのかもしれません。シガーにとっては同じ組織に雇われていても邪魔者は敵でしかないですしね。

    3人が受信機を持っているにも拘らずダクト内にある金を探そうとしなかったのも確かに疑問は残ります。モスを捕まえることで金の在処もわかると考えたのかもしれません。組織のメンツを考えると、金を回収することとモスを捕まえることが絶対であったのは間違いないでしょう。

    ②モスを殺したのは誰か?
    これについては、細かい箇所は想像の話になりますが僕も同じような意見です。ここにシガーがいなければ映画として「マヌケ」という感覚が最も重要な解釈になるような気がします。コーエン兄弟がここで観客をスカすことはしないでしょう。

    この映画はどこまでも話が長くなる気持ちわかります。『ノーカントリー』についてああだこうだと語るのは本当に楽しいですよね。

  • tess より:

    以前観て、最高に面白かったので、もう一度観ました。モス、プールサイドにいたご婦人、メキシカンが殺されるシーンがあった様に記憶しておりました。が、今回観たら、一番の緊迫したシーンがありませんでした。別の編集版が、あるのでしょうか?それとも私の勘違いでしょうか?質問になってしまいましたが、教えてください。

  • 今川 幸緒 より:

    >tess

    コメントありがとうございます。

    僕が観たのはレンタルの通常版DVDとWOWOWの放送でしたが、モス、プールサイドにいたご婦人、メキシカンが殺されるシーンはありませんでした。

    また、完全版があるという話も聞いたことがありません。

    現在はスペシャル・コレクターズ・エディションが発売されていますが、
    こちらもメイキングなど39分ほどの特典映像があるだけです。
    本編は同じ122分ですのでtessさんが今回観られたものと全く同じだと思います。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。