映画を観る前に知っておきたいこと

パプーシャの黒い瞳 実在の詩人、パプーシャと80年のロマの生活を描いた傑作

投稿日:2015年2月11日 更新日:

パプーシャの黒い瞳

「世界中の車輪を焼かれてもひとつでも残れば俺達は旅を続ける。」歴史上初めてのジプシー女性詩人”パプーシャ”(1910-1987)を描いたポーランド映画の傑作。いくつもの場所、いくつもの時を、その瞳は見つめた。

  • 製作:2013年,ポーランド
  • 日本公開:2015年4月11日
  • 原題:『Papusza』
  • 上映時間:131分

予告

あらすじ

 文字はガジョ(よそ者)の呪文、悪魔の力だと、ジプシーたちはそう忌み嫌っていた。少女のパプーシャはある日、泥棒が森の木の洞に隠した盗品を偶然見つける。パプーシャはそこにあった紙が気になった。そこには文字が印刷されていた。パプーシャは文字に惹かれる心を抑えられなかった。パプーシャは町の白人に読み書きを教えて欲しいと頼み、文字を覚えてしまう。

 パプーシャは15歳になった。彼女の美しさに虜になったディオニズィはパプーシャに結婚を申し込んだ。ディオニズィはパプーシャの父の兄である。父よりも年が離れた男との結婚を、彼女は拒む。だが、父の意向で結婚せざるを得なかった。

 1949年。旅を続けるパプーシャらジプシー一族のもとに、彼らの楽器の修理を請け負っているポーランド人が、ひとりのガジョを連れてきた。男の名はイェジ・フィツォフスキ。作家で詩人だった。秘密警察に追われていて、ジプシーに匿ってもらおうというのだ。ディオニズィは、男を受け入れる。パプーシャは悪い予感を感じていた。だが、一方でパプーシャは男の持っていた「本」に魅かれた。

緑の草は風にそよぎ 樫の若木は老木にお辞儀する

 パプーシャの口からこぼれた詩に、フィツォフスキは驚いた。フィツォフスキは言った。「君は詩人だ」と。

 ジプシーたちに悪い知らせが届く。ジプシーを強制的に定住させる政策が施行されたのだ。馬車で旅をしてはいけない。子供は学校へ行かねばならない。誰もが職に就かねばならない。

 喜ばしい知らせも届く。フィツォフスキの逮捕状が取り下げられた。だが、パプーシャにはフィツォフスキとの別れを意味する悲しい知らせだった。フィツォフスキは彼女に、 詩を書いて自分に送ってくれるようにと万年筆を渡した。

 ワルシャワの街に戻ったフィツォフスキは、送られてきたパプーシャの詩をポーランド語に翻訳して出版の売り込みをすることを思いついた。彼は大物詩人ユリアン・トゥヴィムに相談をする。トゥヴィムは彼女の詩にすぐさま魅了され、やがてパプーシャは一躍、ジプシー詩人として大きな注目を集めることになった。

*ガジョ=ジプシーが非ジプシーを呼ぶ言葉の単数形。複数形は「ガジェ」。

映画を見る前に知っておきたいこと

実在の詩人、ブロニスワヴァ・ヴァイス(パプーシャ)

 パプーシャ(人形の意)はブロニスワヴァ・ヴァイスという実在のジプシー詩人の愛称です。彼女は、ポーランドのジプシー(ロマ)社会の中で詩人として名をなした最初の女性。しかし、ロマ社会には外部者に決して秘密を漏らさないという掟がありました。そのことから、パプーシャの名声はさまざまな波紋を呼びました。
 パプーシャの詩は多くの人の心を打ちながらも、当時のポーランドが推し進めていた社会主義政権の徹底した同化政策に利用されてしまいました。そのため彼女の晩年は、ジプシーのコミュニティを追放され孤独を生きることになります。
 しかし、ポーランド本国でもパプーシャのことを知る人はほとんどおらず、その生涯は神話や伝説に包まれているそうです。というのも、彼女の存在はオペラや小説などの芸術の中にこそ生きてはいても、歴史的な資料はほとんど存在していません。
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パプーシャと80年のロマの生活を描いた

 「パプーシャの生涯を描くと共に、ロマ社会全体を描こうとした。」監督のクシシュトフ・クラウゼとヨアンナ・コス=クラウゼの夫婦はそう語ります。その言葉通り、『パプーシャの黒い瞳』は第二次世界大戦の前後にロマ社会が直面した迫害の様子もリアルに伝えます。
 モノクロームで撮った理由は、主に経済的な理由からだそうです。ロマの幌馬車は博物館に2台しかありません。年老いていくパプーシャのメイクにはハリウッドのメイクアップスタッフを使っています。コンピューターグラフィックスもたくさん使いました。そんな製作過程の中で、白黒の方が、低予算でリアルさを追求できると判断したのでしょう。
 言葉にもリアルさを追求しています。ただセリフを覚えることではなく、ポーランドのロマ語方言を言葉として話すことにこだわっています。起用されたプロの俳優は二人だけですが、彼らはロマの言葉を覚えるためだけに1年を費やしたといいます。

監督の願い

 ポーランドのジプシーや現在のロマの置かれている状況を多くの人に知ってもらいたい。それがこの映画を作り終えたあとのクラウゼ夫妻の願いでした。おそらく、製作当初はそうは思っていなかったでしょう。製作にかなりの労力と時間を使い、ロマの歴史に触れたからこそ、そう願うのだと思います。資料もなく、ポーランドの人たちがほとんど忘れてしまったジプシー詩人パプーシャ。この映画は、もはや歴史的な価値のある作品と言ってしまっても良いかもしれません。

監督・キャスト

監督・クシシュトフ・クラウゼ

1953年ワルシャワ生まれ。1978年にウッヂ映画大学撮影科を卒業。長編デビューが30代半ばという遅めのデビューですが、以後の活躍が目覚しく、いまやすべての監督作品が大きな賞を受賞する実力派になっています。母親は女優のクリスティーナ・カルコウスカで、『ニキフォル』には“患者”役で出演しています。ヨアンナ・コス=クラウゼとは夫婦の間柄で、彼のキャリアのほとんどの作品は彼女との共同制作名義となっている。
’99『借金』、’04 『ニキフォル 知られざる天才画家の肖像』

-ヒューマンドラマ, 洋画
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