映画を観る前に知っておきたいこと

【ペレ 伝説の誕生】世界を変えたサッカー選手の真実がここにある!

スラムしか知らない少年はいつしかサッカーの王様と呼ばれるようになり、世界を変える程の影響力を持った!ブラジル代表をワールドカップ優勝に導いた伝説のサッカー選手ペレの真実の物語りがここにある。

1950年マラカナンの悲劇、自国開催のワールドカップで敗れたブラジル代表は自信を失い、国民は絶望した。代表チームが組織的ではなく個人に頼ったプレーが前近代的で未熟だと批判にさらされる中、たった17歳の少年が母国を優勝に導く!

ブラジル代表にも負けない豪華なアカデミー賞製作陣による本作は、音楽、映像、すべてがブラジルの息吹を感じさせる。


  • 製作:2016年,アメリカ
  • 日本公開:2016年7月8日
  • 上映時間:107分
  • 原題:『Pele: Birth of a Legend』

予告

あらすじ

少年の名前はエドソン・アランチス・ドゥ・ナシメント。彼はバウルというブラジルのスラムで育ち、ペレの愛称で呼ばれ、毎日のように友達と洗濯物を丸めたボールでサッカーをしていた。

1950年、優勝確実と言われたブラジル代表は自国開催のワールドカップに敗れた。それはマラカナンの悲劇と呼ばれ、国民は落胆し、ブラジルに大きな影を落とした。当時まだ少年だったペレは肩を落とす父ドンジーニョに大きな約束をする。ペレ 伝説の誕生

「いつか僕がブラジルをW杯で優勝させる。約束する」

しかし、ペレの母親セレステは彼がサッカーをすることに反対した。父ドンジーニョは膝の怪我でサッカー選手を引退し、家族は貧しい生活を強いられていたからである。

スラムしか知らない少年ペレのサッカー人生はここからスタートする。ペレ 伝説の誕生裸足で試合をしていたスラムの少年はやがてプロに進み、17歳の若さで1958年のスウェーデンで開催されるワールドカップのブラジル代表に選ばれた。

しかし、ペレが歩むこととなる道には多くの困難が待ち受けていた……ペレ 伝説の誕生彼はどうして世界を変えることができたのか?彼が選択した絶望を希望に変える、“禁じられた切り札”とは!?


映画を見る前に知っておきたいこと

ペレが戦争を停戦させたという伝説

サッカーを見ない人でもペレという名前ぐらいは聞いた事があるだろう。

サッカーの王様、サッカー史上最高の選手の一人、20世紀最高のアスリート、世紀のサッカープレーヤー、彼を讃える呼び方はいくらでもある。

未だに破られない17歳というワールドカップ優勝の最年少記録を持ち、1958年、1962年、1970年の3度のワールドカップ優勝に現役で立ち会った史上唯一の選手である。

サッカーのエースナンバーが“10”なのも、彼が背負う背番号に由来している。

しかし、ペレが伝説となっているのはこうした記録やサッカーの技術だけに限った話ではない。

ペレについて最も驚くべきは、彼のプレーを見るためだけに戦争が停戦したという逸話である。

1969年1月、彼が所属するクラブがアフリカに遠征した際、コンゴはコンゴ共和国とコンゴ民主共和国の間で戦争が続いていた。しかし、双方の指導者はペレの試合を観戦するために休戦に合意している。

そして、次の遠征地ナイジェリアはビアフラ戦争の真っただ中であった。ナイジェリアとビアフラ共和国の双方は試合前後の48時間の停戦に合意し、ペレが滞在する首都ラゴスへの侵攻は行わないと決定した。

一サッカー選手がここまで政治的な影響力を持つことはペレ以外ではまずあり得ない。

ベッカムも日本ではその人気が社会現象となりベッカムヘアーが流行ったりもしたが、もちろん社会的な影響力はあっても政治的な影響力はなかった。

ただペレが政治的な影響力を持った背景には彼が黒人であるという事が大きく関係している。ペレの試合観戦のため停戦したアフリカでは、人種差別のない国で黒人が成功を収める事ができるという生き証人として崇拝される存在だったのだ。

そして映画が公開される事で、ペレはスポーツで世界を変える事ができるという生き証人だということが僕たちに示される。

また映画では、ペレを支えた家族との関係も描かれており、一人の人間としてのペレを知る事もできるのも面白い。

引退後は、ワールドカップの優勝国予想をことごとく外す事でも知られる。1994年から2010年までのワールドカップでペレの予想とは真逆の結果になる事が多かった。優勝すると予想したチームはグループリーグで敗退し、優勝できないと断言したブラジルが優勝したりといった具合である。

ペレのこんな話を聞くと、長嶋茂雄を思い出してしまうのは僕だけだろうか……

実はペレはこれだけの実績を残しながら、監督は一度もやっていない。ここまでの名選手であれば監督のオファーがあるのが普通だが、選手としてあまりに完璧過ぎたため、伝説に傷が付かないように誰もペレを監督にしたがらないのだと言う。

確かに、ペレのワールドカップの優勝国予想を聞くと監督には向いていなさそうだ。理詰めというよりは、天才肌の選手だったのだろう。

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