映画を観る前に知っておきたいこと


水井真希が性犯罪の被害者となった実体験を綴った問題作

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無理に連れて行く

十代で鬼才・園 子温に師事し、西村喜廣監督の下で映像制作を学んだ異色の経歴を持つ女優・水井真希の鮮烈な監督処女作にして問題作。

彼女が第一の被害者になった実際の連続拉致事件をベースとし、性犯罪の犠牲になった当事者にしか知り得ないリアルな実体験と精神世界を映し出す。負った傷は心を引き剥がし、いつしか離れた心は自分自身を責め立てる何かへと姿を変えていく ──

元AKB48第一期最年少メンバーの加弥乃が水井真希を投影した主人公まゆかを演じる。


予告

あらすじ

マユカ(加弥乃)はアルバイトの帰り道、見知らぬ男(小場 賢)に拉致された。長い夜が明けやがてマユカは解放されるが、男は次の獲物にみさと(ももは)を連れ去り、その手に掛ける。次第にエスカレートしていく男の凶行。

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© NISHI-ZO 西村映造

日常生活に戻ったマユカの心は暗い森に取り残されたままだった。やがて心の傷は具現化し、それは自傷行為として現れる。フクロウの道標に立ち上がったマユカがたどり着いた言葉は……


映画を観る前に知っておきたいこと

この映画は実話ではない、実体験だ。監督の水井真希自身が連続拉致事件の被害者であるという異常な状態がそのまま映画の核心となっている。

これは水井監督の意に反するかもしれないが、彼女が性犯罪に遭ったという事実が、時折ファンタジーのように見せる精神世界すらも第三者の心の端に引っ掛かるほど、強烈にその距離を縮めてくるのだ。

この映画を問題作として眺めるか、被害者の周囲にいる人間のように彼女の気持ちに寄り添おうとするかでも、随分違った印象を残す。

水井真希の作家性

これまで実際の拉致事件や性犯罪をモチーフとした作品はいくつもあったが、そこにしばしば見られる復讐のカタルシスや犯人の持つ欲望をエンターテインメントに昇華させるようなことはなく、この映画には被害者の心がただ横たわっている。

犯人に媚びるように必死にコミュニケーションを取ろうとする少女マユカ。彼女こそが水井真希自身であり、実際の事件を忠実に再現しているというそのやり取りはあまりにも現実的だ。しかし水井監督は実体験の枠を超え、自分とは異なる反応を示した被害者を登場させる。

何も言えないまま暴力に支配されてしまった少女と犯人を叱咤することで被害を免れた気の強い少女。

マユカを中心とするように用意されたいくつかのパターンが、被害者は他にもいるという重要な事実を伝える一方で、そこには“どうすれば性犯罪を遠ざけることができたのか”という彼女自身の後悔の念も垣間見える。

これほどまでに残酷な作家性が他にあるだろうか。

「その被害を訴え出ない者も 被害を忘れなさいと諭す者も 被害の発生を知らない者も 現行法の生易しさも みんな性犯罪者の味方だ」

水井真希

出典:公式サイト

評価

抽象的な演出も含めて問題作とされる機会が多いが、その評価には若干の違和感が残る。なぜなら、一人の女性として水井真希が問題と向かい合う時、彼女にとって映像化することがその唯一の手段だったように感じるからだ。

作家としても女性としても、この作品が事件と彼女の距離感を刻みつけるための魂の叫びだったとするなら、すべての描写は思いのほか必然性に溢れている。

彼女と同じような経験を持つ人の救いとなっている事実が、僕がこの映画に踏み込むことを許さない。僕にとって問題作であるほど、他の誰かには普遍的な切ない物語に映るような気がするのだ。

CAST.STAFF.BACK.

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