映画を観る前に知っておきたいこと

サウルの息子
極限までシンプル化されたホロコースト映画

投稿日:2016年1月7日 更新日:

サウルの息子

最期まで<人間>であり続けるために ──

2015年カンヌ国際映画祭グランプリ受賞、そして2016年アカデミー賞外国語映画賞受賞。ハンガリーの驚くべき新鋭ネメシュ・ラースロー、衝撃と感動の長編デビュー作。

ひとりのユダヤ人の勇気と尊厳に関する二日間の記録とホロコースト(ナチス・ドイツの組織的大量虐殺)の実態を浮き彫りにする。

1944年アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所で同胞をガス室に送る任務に就くユダヤ人の特殊部隊“ゾンダーコマンド”。彼らは他の囚人と引き離され数ヶ月働かされた後、抹殺される。“ゾンダーコマンド”に所属するサウルは息子の死体を見つけユダヤ式に正しく埋葬したいと願うが、そこでは祈ることすら許されなかった……

予告

あらすじ

1944年10月のアウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所。そこには“ゾンダーコマンド”と呼ばれるユダヤ人の死体処理に従事する特殊部隊があった。彼らはナチスによって選ばれた同じユダヤ人によって構成され、数ヶ月間に渡って同胞の死体処理をさせられた後、抹殺される運命だった。そこでは生き延びるために人間としての尊厳を捨てるしか選択肢はなかった。

サウルの息子

© 2015 Laokoon Filmgroup

ある日、“ゾンダーコマンド”として働くハンガリー系ユダヤ人のサウル(ルーリグ・ゲーザ)は、ガス室で生き残った自分の息子らしき少年を見つける。しかし、その少年はサウルの目の前ですぐさま処刑されてしまった。サウルはユダヤ教の教義にのっとり、息子を正しく埋葬するためラビ(ユダヤ教の聖職者)を捜してビルケナウ収容所内を奔走する。

サウルの息子

© 2015 Laokoon Filmgroup

しかし、そこでは祈ることすら許されなかった。そんな中、“ゾンダーコマンド”たちの間では収容所脱走計画が秘密裏に進んでいた……

映画を見る前に知っておきたいこと

ハンガリーに現れた新星ネメシュ・ラースロー。長編デビュー作でホロコースト映画に挑み2015年カンヌ国際映画祭グランプリ、2016年アカデミー賞外国語映画賞、2つのビッグタイトルを手にした。

デビュー作でカンヌのグランプリを受賞するのは異例の快挙であり、ハンガリー映画がアカデミー賞外国語映画賞に輝いたのは、1981年のサボー・イシュトヴァーン監督作『メフィスト』以来、史上2度目のことだ。

カンヌ国際映画祭におけるグランプリ

もともとカンヌにおいてグランプリとは、1955年にパルム・ドールと名称を変更するまで、文字通り最高賞という位置付けだった。一時は、再びグランプリという名称に戻されたが、1975年以降はパルム・ドールとして定着している。そしてパルム・ドール新設により、1990年からは審査員特別賞がグランプリと呼ばれるようになった。

カンヌ以外の映画祭ではグランプリが最高賞とされることが多いため、こうした紆余曲折が混乱を招いてしまう。カンヌのグランプリは審査員特別賞であり、パルム・ドールに次ぐ栄誉ある賞なのだ。

また、カンヌは審査員の数も少なく著名な映画監督が審査員を務めることが多いため、下馬評に左右されない正当かつ独自な審査がされる。アカデミー賞なんかは、その年の賞レースを賑わせた作品が候補に挙がるケースが多いことから、しばしば話題性が優先されているような印象を受けるものだ。

こうした事情からも、審査員特別賞であるカンヌのグランプリに価値を見い出す映画ファンは多い。

ネメシュ・ラースロー

ネメシュ・ラースロー監督は、これが長編初作品となるので、その作風を紐解くことはまだ難しい。しかし、『サウルの息子』がこれまでのホロコースト映画と一味違うことは間違いない。

まず、注目してもらいたいのが映画の中で歴史背景については殆ど触れられない点だ。ホロコーストの実態を観客に伝えるという意味では、重要となる説明をあえて省くことで、巧みにリアリティを獲得している。事実そのものより、ホロコーストという歴史の中で人間がどうあったのか、ラースロー監督はそこに焦点を絞っていった。

結局、ホロコーストを歴史の教科書で学んだところで、本当の意味で理解することはできないということだ。主人公サウルが息子を正しく埋葬することによって、最期まで人間であろうとする姿にこそ、真のリアリティが宿るのだ。

そして、ひとりの人間にフォーカスした視野を、“サウルの二日間”という限定した時間によって極限まで狭めることで、観る者により濃密なメッセージを伝えようとしている。ラースロー監督はこの手法について「鍵穴からのぞいているイメージで作品を撮った」と語る。

この映画は、ホロコーストや“ゾンダーコマンド”について世間に知ってもらうために撮られたものではない。歴史背景を削ぎ落とし、物語を簡略化することで人間の内側を浮き彫りにした、これまでにないホロコースト映画なのだ。

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