映画を観る前に知っておきたいこと

シークレット・オブ・モンスター
独裁者はいかにして生まれるのか!?

投稿日:2016年11月8日 更新日:

シークレット・オブ・モンスター

何が少年を独裁者へと変貌させたのか ──

2015年ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門で審査員長を務めた『羊たちの沈黙』(91)のジョナサン・デミ監督が、監督賞とルイジ・デ・ラウレンティス賞(デビュー作を対象とした作品賞)を贈った戦慄のパズルミステリー。

20世紀が生んだ最悪の怪物、それは”独裁者”。アドルフ・ヒトラー、ベニート・ムッソリーニ、ヨシフ・スターリン……ローマは一日にして成らずと言うが、彼らはいつどの瞬間に怪物へと変貌したのか!?その最大の謎をまったく新しいやり口で、観る者に突きつけたのが新鋭ブラディ・コーベットだ。長編デビュー作にして監督、脚本、プロデューサーまでこなしている。

「身震いするほどの緊張感、戦慄の映画」

ジョナサン・デミ監督

出典:公式サイトより

予告

あらすじ

1918年フランス。ヴェルサイユ条約締結を目的に送り込まれた米政府高官。彼には、神への深い信仰心を持つ妻と、まるで少女のように美しい息子がいた。

シークレット・オブ・モンスター

© COAL MOVIE LIMITED 2015

しかし、その少年は終始何かに不満を抱え、教会への投石や部屋での籠城など、その不可解な言動の数々に両親は頭を悩ませた。そんな周囲の心配をよそに、少年の性格は次第に恐ろしいほど歪みはじめる。

シークレット・オブ・モンスター

© COAL MOVIE LIMITED 2015

ようやくヴェルサイユ条約の調印を終えたある夜、ついに少年の中の怪物がうめき声を上げた……

映画を観る前に知っておきたいこと

1992年のアカデミー賞で主要5部門(作品賞・監督賞・主演男優賞・主演女優賞・脚色賞)を受賞したホラー映画の金字塔『羊たちの沈黙』のジョナサン・デミ監督が戦慄したというこの映画、その不穏な空気の正体はいったい何なのか?

そこには哲学者ジャン=ポール・サルトルの思想が関係している。ここの解釈次第では、“戦慄のパズルミステリー”という煽りで肩透かしを食らってしまうかもしれない。本作が評価されたのは、あくまでベネチア国際映画祭のオリゾンティ部門である。

ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門とは?

まず、ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門について簡単に触れておきたい。オリゾンティ部門は、本選であるコンペティション部門とは異なり、革新的な映画を集めた部門となっている。カンヌ国際映画祭でいうところの「ある視点」部門に近い役割を担っている。

少し語弊があるかもしれないが、独特の切り口を持つマニアックな映画が扱われることが多いのがオリゾンティ部門だ。

哲学者ジャン=ポール・サルトルの原作

映画の原作となったのは、フランスの著名な哲学者ジャン=ポール・サルトルの短編小説「一指導者の幼年時代」である。

サルトルは、高等師範学校で哲学を学び、小説「嘔吐」(38)、哲学論文「存在と無」(43)で注目され、戦後「レ・タン・モデルヌ(現代)」誌を創刊した、実存主義哲学の旗手として知られる。

実存主義とは、一言で言うと人間の在り方を求める思想である。存在には本質はないという考え方を基にしており、人間は何らかの使命を持って生まれてくるのではなく、自分自身でその在り方や生き方を決めて行動すべきとする考え方だ。

現在、自分の身の回りにある物を見渡してほしい。大抵の物は、誰かが何かの目的(本質)で作ったものだ。例えば、ペンは書くために存在している。初めから存在したわけではなく、目的があってペン自体は後から存在する。

しかし、人間の場合はその順番が逆になる。僕たちは、何かの使命(本質)を与えられてこの世に生まれてきたわけではない。僕たちは生きていく中で存在する価値や意味を見出さなくてはならない。

サルトルが残した「実存は本質に先立つ」という表現は有名だ。

しかし、キリスト教をはじめ、多くの宗教では魂という概念が信じられており、それは実存主義とは対極の思想である。サルトルの提唱した実存主義もまた、僕たちの営みを表したひとつの考え方に過ぎない。

と、前置きはこの辺にして、映画からもこの実存主義がにじみ出ていると言いたかったのだ。

少年は、生まれながらにして怪物=”独裁者”だったわけではない。その性質が後天的に備わっていく様子を戦慄のパズルミステリーとして描いているこの映画。サルトルの原作から生まれた作品なので実存主義的なのは当然のことだが、映像化することで、よりその思想を感覚的に強要してくるのだ。

しかしその表現は逆説的で、むしろ実存主義の欠点として挙げられる点を的確に捉えているように感じる。

実存主義の欠点とは、本質を積極的に認めない傾向。それは時として本質を見失わせる考え方だと言われている。歴史的にも僕たちは”独裁者”の本質を見ようとはしなかった。まるで、そのカリスマは持って生まれたかのように勝手に認識したからこそ、今この映画に戦慄を覚えるのである。

ジャン=ポール・サルトル
短編集「水いらず」

実存主義を基に描かれている全5編からなるこの短編集の中に映画の原作となった「一指導者の幼年時代」も収録されている。小説と言うよりも哲学書に近い感覚を覚えるかもしれない。

性の問題をはなはだ不気味な粘液的なものとして描いて、実存主義文学の出発点に位する表題作、スペインの内乱を舞台に実存哲学のいわゆる限界状況を捉えた「壁」、実存を真正面から眺めようとしない人々の悲喜劇をテーマにした「部屋」、犯罪による人間的条件の拒否を扱った「エロストラート」、無限の可能性を秘めて生れた人間の宿命を描いた「一指導者の幼年時代」を収録。

-ミステリー・サスペンス, 洋画
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