映画を観る前に知っておきたいこと

テイク・シェルター
恐怖と感動の家族再生ドラマ

テイク・シェルター

誰も気づかない、誰も信じない ──
この恐怖は夢か、現実か

巨大竜巻、黄色い雨、空を覆う黒鳥の大群……不吉な悪夢にうなされるようになった男は、いつしか避難用シェルター作りに没頭し始める。

現在アメリカで最も熱い視線を注がれる若き監督ジェフ・ニコルズが、2011年カンヌ国際映画祭で批評家週間グランプリを受賞した初期の傑作。これは気が触れた男の妄想によるサイコスリラーか?それとも世界の終末を描いたディザスターフィルム(パニック映画)か?はたまた家族の愛の物語か!?夢と現実を巧みに使い分ける描写によって、観る者の感性を大きく揺さぶる。

主人公カーティスを演じるのは、ニコルズの『ミッドナイト・スペシャル』(16)でも主演を務めたマイケル・シャノン。また、『ゼロ・ダーク・サーティ』(12)でゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞したジェシカ・チャステインが、妻サマンサ役として共演する。


予告

あらすじ

オハイオ州の工事現場で地盤の掘削作業員として働くカーティス(マイケル・シャノン)は、耳の不自由な娘ハンナ(トーヴァ・スチュワート)を抱えながら、妻サマンサ(ジェシカ・チャステイン)と家族3人で慎ましくも幸せに暮らしていた。しかしある日を境に、カーティスは巨大な嵐の悪夢に悩まされるようになる。しかも、その嵐がもたらすエンジンオイルのように濁った雨が、愛犬や人々まで凶暴化させてしまうのだった。

テイク・シェルター

© 2011 GROVE HILL PRODUCTIONS LLC

悪夢の中で犬に腕を噛まれたカーティスは、現実の世界でも痛みを覚え、やがて空を覆う黒鳥の大群や嵐の前兆を度々目の当たりにするようになる。重度の統合失調症を患う母の症状が遺伝したと感じた彼は、カウンセラーの元を訪れるが一向に悪夢が収まる気配はなかった。

テイク・シェルター

© 2011 GROVE HILL PRODUCTIONS LLC

近いうちに必ずや地球規模の大災害が発生すると信じて止まないカーティス。彼は娘の手術を目前に、新たな住宅増築ローンを組み、避難用シェルター作りに没頭し始める。もはや献身的だった妻の理解すら得られず、周囲はカーティスの行動に不信感を募らせていく。それでも尚、彼はシェルターを掘り続ける……


映画を観る前に知っておきたいこと

近い将来必ずアメリカを代表する監督になるとまで言われるジェフ・ニコルズ。彼がその評価を得た作品こそが、監督2作目となったこの『テイク・シェルター』である。

しかしこの映画、一見して不可解。ディザスターフィルムと呼ぶには登場人物がただの一人も死なない。それもそのはず、主人公カーティスの脳内でのみ世界の終末を予感させる嵐が迫り来るのだから。ならばサイコスリラーなのかと問われれば、その全てが妄想とも言い切れない。

悪夢と現実が交錯しながら主人公カーティスを追い詰めていく独特の恐怖。その演出力は、ほとんど悪夢映画の巨匠たるコーエン兄弟の域に達しているとさえ囁かれる。

しかし、それは飽くまでニコルズの手法であって、魂の部分ではない。アメリカの若き才能の真骨頂は、人間の深い愛情を見つめる鋭い眼差しにある。彼は、例えどんなジャンルに足を踏み込もうと、一様にしてそこに愛を映し出すことができるのだ。

家族の再生ドラマ

テイク・シェルター

© 2011 GROVE HILL PRODUCTIONS LLC

『テイク・シェルター』が発表された2011年には、まだ見えなかったニコルズの映画作家としての一貫性。その後、青春映画、SFスリラー、実話ベースと、様々な形式で映画を撮ってきた彼は、全ての作品で人間の愛情について語っている。それは恋人、親子、家族など、実に多様な愛の形としてだ。

この『テイク・シェルター』もまた、ニコルズらしい家族の再生を描いた愛の物語である。それを最も印象づけるのが、映画のクライマックスに訪れる実際の嵐のシーンだ。ここでニコルズは、壮大な復活をイメージさせる音響効果と共に、それまでの恐怖映画としての形式を一切放棄するほどドラマチックに家族の再生を映し出していく。

カーティスが散々悪夢に苛まれた後、いよいよやってくる世界の終末を予感させる嵐。妻と娘を連れシェルターへと逃げ込んだ彼は、強迫観念に縛られたままそこから出ることができなくなってしまう。しかし、嵐が過ぎ去ったと信じる妻は、カーティス自身の手でシェルターの扉が開けられることを望む。その扉が、あたかも彼の心の扉であるかのように。

観る者の解釈次第では、世界の終末を描いたディザスターフィルムにも、精神に異常をきたした男のサイコスリラーにもなり得るのがこの映画の醍醐味ではあるが、いずれにせよそこに横たわる普遍的な感動を僕たちは避けられない。そして、その感動こそがコーエン兄弟の作品ですら得られない心地よい余韻を残してくれるのだ。

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