映画を観る前に知っておきたいこと

【アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち】ユダヤ人虐殺の指揮者アドルフ・アイヒマンの裁判の追体験

アイヒマン・ショー

ヒトラーの独裁政権下のナチスドイツによるホロコーストの指揮を任されていた男、アドルフ・アイヒマン。本作は彼の世紀の裁判を世界中に伝えたテレビマンの姿を実話をもとに描いた伝記ドラマである。

監督は2006年にデビュー作『London to Brighton(日本未公開)』で新人ながら高い評価を得たポール・アンドリュー・ウィリアムズ。ホラーコメディ『The Cottage』(’08)やスリラー『Cherry Tree Lane』(’10)でイギリス本国では定評を得るも、日本で公開されるには至らなかった。

彼の作品が日本で公開されたのは2012年の『アンコール!!』が初めてで、本作が2作目となる。

テレビプロデューサー、ミルトン・フルックマン役を演じるのは『ホビット』シリーズのマーティン・フリーマン、ドキュメンタリー監督、レオ・フルビッツ役を舞台やテレビで評価の高いオーストラリアの俳優アンソニー・ラパーリアがそれぞれ演じる。


  • 製作:2016年,イギリス
  • 日本公開:2016年4月23日
  • 上映時間:96分
  • 原題:『The Eichmann Show』

予告

あらすじ

「ユダヤ人問題の最終的解決」の指揮者

第二次世界大戦終戦後、ヒトラーの独裁政権下のナチスドイツによる残虐行為が明らかになるにつれて、アドルフ・アイヒマンという名前が重要な戦犯として浮かび上がってきた。

「ユダヤ人問題の最終的解決(ユダヤ人への組織的虐殺)」の強制収容所へのユダヤ人移送の全権を任されていたナチ親衛隊の将校の名である。
アドルフ・アイヒマン戦後すぐに米軍に捕虜として拘束されるが偽名を使って脱走、再び逮捕に至った日は終戦から15年後のことだった。彼はアルゼンチンに家族を呼び寄せ、リカルド・クレメントという名前で普通の生活を送っていた。

アイヒマンはそのままイスラエルへ移送され、エルサレムの法廷で裁かれることとなる。

2人のテレビマン

アイヒマン・ショーこの“世紀の裁判”を、テレビを使って世界中に中継しようという計画を立てている人物がいた。革新派のテレビプロデューサー、ミルトン・フルックマンである。

「ナチスがユダヤ人になにをしたのか、世界に見せよう。そのためにテレビを使おう。これはテレビ史上、最も重要な事件となるだろう。過去、現在、そして未来においても」

一世一代の大仕事にあたって、フルックマンは最高のスタッフを集めようと考えた。白羽の矢が立てられたのは米国のドキュメンタリー監督レオ・フルビッツ。

彼は最高の仕事をする腕を持ちながらも、反共産主義に基づくマッカーシズムの煽りを受けてブラックリストにあげられていたため、10年以上も自由に仕事が出来ずにいた。そんな彼にとっても、アイヒマン裁判のテレビ中継の話は全てを賭けるに値するものだった。
アイヒマン・ショー彼らはいくつかの問題を解決しながら急ピッチで撮影準備を進めた。またフルビッツはアイヒマンを世間が騒ぎ立てる“モンスター”ではなく、一人の人間としての姿を撮りたいと考えていた。

「“モンスター”などいない。だが、人間は、自分が行った怪物的な行為に対して責任をとる必要がある。なにが我々と同じようなありふれた子煩悩な男を、何千人もの子供を死に追いやる人間に変えたのか。我々は、状況下によっては誰でもファシストになる可能性があるのだ」

しかしスタッフの中には、「アイヒマンは、私たちと同じ人間ではない。私は、アイヒマンのようには決してならない」と、フルビッツの考え方に反発を唱えるものも少なくなかった。

アイヒマン裁判開廷

着々と撮影準備が進む一方で、フルックマンの元にはナチスシンパから脅迫状が届いたりと、政治的な思惑からの圧力は日に日に増していった。それぞれの思想、信念、野心が交錯する中、ついにアイヒマンの裁判が開廷する。
アイヒマン・ショー4ヶ月に渡るの裁判の間に撮影した映像はすぐに編集し、世界37カ国に向けて放映した。

マスメディアの煽りから厳しい冷徹な悪人を想像していた世間は、アイヒマンの平凡で何の変哲もない風貌に驚いた。罪を悔いるどころか平然と罪状を否定し続け、無罪を主張するアイヒマン。
アドルフ・アイヒマンその衝撃的な映像が世界中の視聴者を騒がせる中、フルビッツのいら立ちは最高潮に達していった・・・。


映画を見る前に知っておきたいこと

ユダヤ人大虐殺の実行者アドルフ・アイヒマン

アドルフ・アイヒマン「アドルフ・アイヒマン」は現代史の圧倒的な負の側面であると同時に、客観的に冷静に分析すべき反省点でもある。ある意味ではあの有名なヒトラーよりも“広く知られるべき人物”である。

彼は逮捕された後、裁判が行われたイスラエルにおける尋問でこう語っている。

「あの当時は『お前の父親は裏切り者だ』と言われれば、実の父親であっても殺したでしょう。私は当時、命令に忠実に従い、それを忠実に実行することに、何というべきか、精神的な満足感を見出していたのです。命令された内容はなんであれ、です。」
引用:アドルフ・アイヒマン wikipedia

ナチスドイツによる大量虐殺の指揮を執っていた男はどんな人物なのかという興味は、アイヒマン裁判に世界中の関心を向けさせた。

マスメディアは彼を“人間ではないモンスター”と書き立て、世間がアイヒマンに対する負のイメージを漠然と膨らませていく中、とある哲学者がアイヒマン裁判を傍聴し、“悪の権化”だと思われていたアイヒマンを「我々と変わらない普通の人間だ」と書き世界中に衝撃を与えた。

あれだけのことをしておいて「命令に従っただけ」と無表情で無罪を主張するアイヒマンは、当時の人にとっては人の心を持たない悪魔にしか思えなかったのだ。

後、当時のアイヒマンの心理は学者たちの興味を引き、有名なミルグラム実験(アイヒマンテスト)などで研究が進められることとなる。

※ミルグラム実験(アイヒマンテスト)
普通の平凡な一般市民がある特定の条件下では冷酷で非人道的な行為を行うことが証明された有名な実験。アイヒマンの平凡さはこの実験によって心理学的に証明されたと言える。

こうした学者たちの実験や考察は「人類史上稀に見る極悪非道のアイヒマンは、実は我々と何ら変わりのない平凡な男だった」という考え方を一般常識に変えた。

アイヒマンには誰でもなり得る。

この事は我々全ての人類が注意深く考えていかなければならない問題だ。そこへ改めてメスを入れていこうというのが本作の最大のテーマである。

アイヒマン裁判の追体験

アイヒマン裁判アイヒマン裁判に関わる映像を集めたドキュメンタリー集『スペシャリスト~自覚なき殺戮者~』、アイヒマン裁判についての記事で辛らつな批判を受けた女性哲学者の伝記『ハンナ・アーレント』など、アイヒマンにまつわる映画は過去にも制作されている。

今回は、アイヒマンの裁判の映像を世界に中継しようと試みたテレビプロデューサーのミルトン・フルックマンとドキュメンタリー監督レオ・フルビッツの実話に基づくジャーナリズムの物語だ。

どちらも実在する人物で、レオ・フルビッツの息子トム・フルビッツは撮影監督して映画業界に携わっている。

実録された裁判の映像とフィクションの撮影を巧みに織り交ぜ、番組スタッフの立場からアイヒマン裁判に立ち会う経験を共有させてくれる貴重な作品だ。

そういう意味では『スペシャリスト~自覚なき殺戮者~』をストーリー仕立てにし、現場の立場を共有させてさらに見易く入り込みやすくしたのが『アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち』だとも言える。

ホロコースト映画は世界中で作られているが、どれだけ作られても“過ぎる”という事がない。あらゆる目線から、あらゆる立場から、あらゆる場面から考えられるべきであり、考え続けていかなければならない歴史である。

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