一生を船の上で暮らした、“世間的には存在しない”ピアニストの伝説を描いたファンタジー。物語はピアニストの唯一の友人であるトランペッターの目線で語られる。
『ニューシネマパラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ監督の代表作であり、彼のキャリアの中でも最も親しみ易い映画である。自身でも、この作品は教訓を含んだ現代の寓話だと語る。
主演は『レザボア・ドッグス』『パルプ・フィクション』で注目され、出世街道をひた走ったティム・ロス。語り手であるプルイット・テイラー・ヴィンスの無駄に目が泳ぐ演技(実際は演技ではなく眼球振盪という病気)もハマっている。
そして、2000年のゴールデングローブ賞最優秀作曲賞を受賞したエンニオ・モリコーネの音楽は何よりも美しい。
Contents
予告
あらすじ
第二次世界大戦が終戦してまもなく、マックス・トゥーニーはある楽器屋を訪れた。自分が長年愛用してきたトランペットを金に換えるためだ。
彼はトランペットを売った後になって、店主に「もう一度吹かせて欲しい」と頼んだ。しぶしぶ演奏を許した店主は、マックスが吹いた曲を聴いて驚いた。それは、偶然手に入れた美しいピアノが刻まれたレコードと同じ曲だったのだ。
店主はレコードを持ち出して、曲と演奏者の名前をマックスに尋ねた。
「どうせ信じない。」
マックスはそう前置きをして、1900 (ナインティーン・ハンドレッド)と呼ばれたピアニストの物語を語り始める……
大西洋を往復している豪華客船ヴァージニアン号。そこで働く機関師ダニー・ブートマンは、ピアノの上に捨てられた赤ん坊を発見した。
ダニーはその子を拾って大切に育てた。名前は「ダニー・ブードマン・T.D.(Thanks Danny)レモン・1900」。ダニーのもとですくすくと育つ1900だったが、ダニーは事故で帰らぬ人となってしまう。
1900はダニーの葬儀で流れていた音楽に惹かれ、以来ピアノを弾くようになる。
1927年、船にトランペッターとして就職したマックスは嵐の夜に1900と出会った。そして2人は唯一無二の友人となった。
成長した1900は誰も聞いたことのない音楽を奏でるピアニストとして、ヴァージニア号の顔になっていった。
映画を見る前に知っておきたいこと
ジュゼッペ・トルナトーレ監督による「現代の寓話」
『ニューシネマパラダイス』で世界を席巻したイタリアの名匠ジュゼッペ・トルナトーレ初の英語作品。この映画は彼の代表作として必ずその名が挙がる。
表現による暗喩で哲学的なテーマを掘り下げることを得意とするトルナトーレ監督だが、この作品は自身が「これは現代の寓話である」と語るほど親しみ易い。トルナトーレ監督作品にしては珍しいこの作風は、初めて英語で撮ったことも関係しているかもしれない。
寓話とは、比喩的に教訓を伝えることを意図した物語で、その解釈は道徳的な方向へと向かうのが常である。「イソップ物語」は最も有名な寓話である。
この映画が現代の寓話であるなら、誰からも愛される。
この物語は実話ではない
この映画はよく実話と勘違いされる。それはポーランドの巨匠ロマン・ポランスキーの『戦場のピアニスト』(02)が実話であることも影響しているかもしれない。
物語はあくまで、伝説であり寓話である。それでも1900は実在したかもしれないというロマンを感じさせるのは、劇中の登場人物であるジェリー・ロール・モートンが実在のピアニストだからだ。
彼がジャズとスウィングの創始者だという人もいる。映画ではそんなピアニストと1900の演奏勝負が描かれている。
また、劇中のヴァージニアン号は1904年から1954年まで実在した船だった。
エンニオ・モリコーネのためにある映画
イタリアの作曲家であるエンニオ・モリコーネは、ジュゼッペ・トルナトーレ監督同様に『ニュー・シネマ・パラダイス』で世界的な名声を手にした。以来、トルナトーレ監督作品では常に彼が音楽を手掛ける。
また、マカロニ・ウェスタンブームを巻き起こしたセルジオ・レオーネ監督とのコンビも有名で、映画音楽を語る上で彼の存在は外せない。クエンティン・タランティーノ監督の最新作『ヘイトフル・エイト』(15)で2016年アカデミー賞作曲賞を受賞したのは記憶に新しい。
『海の上のピアニスト』は、そんな彼の音楽が最も素晴らしい映画だと言っても決して大袈裟ではない。
日本未公開の完全版が存在する
実はイタリアで公開された当時は160分の映画だった。日本版では子供時代のエピソードがいくつかカットされている。完全版のDVDは発売されておらず、未だにイタリア語の輸入版を手に入れるしか観賞する術はない。(2016年2月現在)
意図としては作品をより親しみ易いものにするためと思われるが、『ニューシネマパラダイス』の例をとっても、作品のテーマが違って見えるほど大胆にシーンをカットする傾向がある。完全版でなければ伝わってこない感動もありそうだ。