映画を観る前に知っておきたいこと

【レヴェナント:蘇えりし者】アメリカの伝説のハンター、ヒュー・グラスの半生を描いた伝記ドラマ

レヴェナント 蘇りし者

復讐の先に、何があるのかー

実話に基づくマイケル・パンクの小説「蘇った亡霊:ある復讐の物語(The Revenant: A Novel of Revenge)」を原作に、伝説のハンター、ヒュー・グラスの半生を映画化。19世紀初頭、原始のアメリカを舞台に、雪山に取り残されたグラスの復讐心を糧にした壮絶なサバイバルを描いた伝記ドラマだ。

監督は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で第87アカデミー賞を文字通り総なめにしたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ。類まれなる演出力で、主演のレオナルド・ディカプリオに悲願のオスカーをもたらし、『バードマン』でもアカデミー撮影賞を受賞した撮影監督エマニュエル・ルベツキに2年連続で撮影賞をもたらした。(エマニュエル・ルベツキはこれで3年連続の撮影賞受賞となった)

共演は、ヒュー・グラスの仇敵にディカプリオが最も尊敬する俳優だと語るトム・ハーディ。『スターウォーズ フォースの覚醒』への出演が話題を呼んだドーナル・グリーンソン、着実にキャリアを積み実力をつけてきている若手ウィル・ポーター。

第88回アカデミー賞、監督賞・撮影賞・主演男優賞受賞作品。


予告

あらすじ

1823年、アメリカが列強諸国と領土争いをしていた時代。北西部を旅する猟師の一団は、先住民たちの激しい抵抗にあっていた。

レヴェナント 蘇りし者

一団に身を置くヒュー・グラスは良く言えば開拓、悪く言えば略奪を生業とするハンターだった。

先住民の奴隷だった過去から彼らの言葉を操るグラスは貴重な人材だった。その時に先住民の女性の間に生まれた息子、ホークもその一団に連れていた。

レヴェナント 蘇りし者

狩猟の旅の途中、たまたま単独行動をしていたグラスは森の中でグリズリーに襲われ瀕死の重症を負ってしまう。厳しい旅の途中だった一団は「足手まといはいない方がいい」と彼を置き去りにすることを決めた。

一団は彼を看取って埋葬する二人を選出し先に出発した。しかし、二人はグラスが死ぬのを待つのに耐えかね、殺して埋めてしまおうと考えた。それに抵抗した最愛の息子ホークは揉み合いの末に殺されてしまい、二人はグラスの武器と所持品を盗んで一団を追って足早に去っていった。

瀕死のグラスは体を動かすことも出来ず、息子の死をただ見ているしかなかった……

レヴェナント 蘇りし者

生き埋めにされ、そのまま死を待つばかりと思われたグラスだったが、激しい怒りと絶望は身を焼く程の復讐心となり彼を死の淵から蘇らせた。

息子を殺した男に復讐することだけを原動力に一団の追跡を開始する。グラスは死と隣り合わせの未開の地を突き進んだ。

レヴェナント 蘇りし者

しかしその旅は、グラスの怒りと絶望に燃え燻る彼の心を徐々に変えていく旅となった。果たして復讐のその先には、何が待ち受けているのか……


映画を観る前に知っておきたいこと

まずは映画により入り込みやすいよう、作品の時代背景や実際のヒュー・グラスについて簡単に解説しておきます。物語がどこまで実話か考えるヒントにもなると思います。また2016年アカデミー賞3冠(監督賞・撮影賞・主演男優賞)に輝いた要因を探りながら、作品賞を逃した理由などを独自の視点で考察しています。ネタバレはしないので、映画を観る参考にしてください。

アメリカ版大河ドラマという見方

ルイジアナ 1803

スペインからメキシコ帝国が独立したのが1822年。

そのメキシコ帝国からテキサス共和国(アメリカ人を中心とした植民地支配)が独立したのが1836年(テキサス独立戦争)。

さらにメキシコ共和国の領土からカリフォルニア地域が共和国として独立したのが1846年。

舞台となった1823年、世界は明日には国境が書き換わる混沌の時代だった。一方、日本は植民地支配を恐れての鎖国政策全盛の時代。

アメリカによるルイジアナの広大な大地の開拓が始まった理由は、ナポレオン率いるフランスがきたるイギリスとの戦争の資金源とするためにルイジアナ地域を売り飛ばしたことに端を発する。(1803年、ルイジアナ買収)

当時のルイジアナは、アメリカ大陸を南北に分割してしまうほど広く、その土地には多くの先住民たちが生活していた。

現アメリカの領土はイギリス、フランス、スペインとの領土拡大合戦に勝利した結果であり、その中で先住民たちは動物のように“狩猟”され、壊滅の一途を辿ることとなった。土地や物品は奪われ、女は陵辱され、ある者は生き残るために強国に服従し、ある者は誇りの為に最後まで戦い果てたのだった。

当時のアメリカの現メキシコまでをも巻き込んだ支配領土を争う混沌とした時代であったこと、アメリカvs他国vs先住民の簡単な対立構造は押さえておきたい。

アメリカ人にとってこの映画は、日本で歴史を知っていることを前提に作られる大河ドラマと似たような背景を持つ。

伝説のハンター、ヒュー・グラス

ヒュー・グラスその混迷の時代に、グリズリーに襲われて重症を追いながらも320キロの道のりを踏破し生還を果たしたヒュー・グラスの伝説は、アメリカでは語り草だ。この伝説にインスピレーションを受けた創作作品は多く、小説、映画、ドラマ、音楽など、今でも様々な媒体で語られている。

奇跡の生還を果たした彼を人々は「Revenant(蘇った亡霊)」と呼んだ。元はフランス語の「reveniur:戻る、return」から派生した言葉で、まさにヒュー・グラスのために生まれた様な言葉である。

それ以前の彼の記録は残っておらず、どこで何をしていたのかは一切不明とされている。クマに襲われて生還したことが衝撃的すぎて、伝記に脚色が多い人物としても有名だ。映画ではその一部、「先住民のポウニー族の奴隷となって数年を過ごし、そこの女性と結婚した」という逸話を採用しているが、それが事実かどうかは分からない。

これ以上はネタバレになってしまい兼ねないので、ヒュー・グラスについてはこの辺にしておこうと思う。


アカデミー監督賞・撮影賞・主演男優賞

監督賞、撮影賞、主演男優賞を受賞した『レヴェナント:蘇えりし者』は、映画における映像表現の可能性を見せつけた一本となった。

撮影監督エマニュエル・ルベツキの代名詞とも言える臨場感たっぷりの長回しは、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で切れ目のない切迫感を表現してみせた。

その手法はひとつの完成形として満場一致で見事にアカデミー撮影賞に輝いたわけだが、よもやその技法をさらに洗練させるとは、一体誰が予想しただろうか。

エマニュエル・ルベツキが捉える深い雪山には、叙情的に人を突き放す冷酷な荘厳さがあった。それは復讐にかかわる登場人物の複雑な心境と見事に重なり、美しくも退廃的な雰囲気を映画にもたらした。

加えて照明を一切使わない自然光による撮影効果には、途方もないリアリティが静かに横たわっている。
レヴェナント 蘇りし者
しかし何よりも驚くべきなのは、これらの素晴らしい要素一本一本を集めて見事に織り上げたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の手腕である。

映画は映画監督のものだとするなら、彼の功績が最も大きい。アカデミー作品賞こそ逃したものの、映画はイニャリトゥ監督の代表作に相応しい名作となった。

主演男優賞を受賞したレオナルド・ディカプリオの演技は最も観客の心に残ったと思うが、エマニュエル・ルベツキの撮影賞、イニャリトゥ監督の監督賞、どれかひとつでも欠けていたらアカデミー賞作品にはなれなかったかもしれない。

作品賞を逃した理由

『レヴェナント:蘇えりし者』に唯一足りなかったものは脚本だったのではないだろうか。

映像美や迫真の演技、それをまとめ上げた監督の手腕、これらが映画のリアリティを生み出したことに疑いはないが、アメリカでは良く知られた伝説を基にしている脚本にはリアリティ以上のものはなかった。

脚本とは主人公の成長の軌跡だ。主人公は何を乗り越え、どのように成長し、そして観客はそれを通して何を得るのか。

僕は人生を豊かにしてくれる良い映画とは、脚本にこそ真価があると思っている。撮影、演技、音楽、その他の要素は全て脚本のためにあるべきで、脚本こそが映画の最も根本的な価値だと。それはつまり“何を描くのか”という主題にも通ずるところだ。

『レヴェナント:蘇えりし者』の脚本が優れていないというわけではないが、『スポットライト 世紀のスクープ』は脚本の素晴らしさ一点のみで同年の作品賞に輝いた。事実、脚本賞にノミネートされずに作品賞を取ったのは、この半世紀で『タイタニック』しかない。

コメント2件

  • 上村 弘美 より:

    ネタばれ注意

    機内の映画で拝見しました。英語だからわからないところが沢山ありましたがこの解説を聞いてとてもよくわかりました。ありがとうございます。
    観ている最中は早く終わらないかなと思ってしまうほど耐えがたい胸の締め付け感がありまして、、、終わってホッとしたのにいまもう一度みたいかも?と思っているのです。
    さて、最後のシーン、一番最後です。あれは意味がわからないのですが復習を終えて息を引き取ったのでしょうか?
    復習の先にあるものとかいうキャッチを目にするのですが実際復讐の先に何があったのか今いちわからないので、、。

  • 今川 幸緒 より:

    >上村 弘美さん

    コメントありがとうございます。

    復讐の先にあるものは、それぞれの解釈に委ねているようなラストシーンなので正解はないと思いますよ。

    それを踏まえた上で僕の解釈は、グラスは復讐を果たし死んだと思っています。エンドロール中に聞こえる彼の呼吸が段々弱くなっていく演出は死を表現しているのではないかと。

    そして復讐の先にあるものとは、ラストの妻の幻影が去っていく描写にヒントがあるように思います。

    劇中でグラスは、自分本位な殺しはしなかった。飢えをしのぐため、寒さをしのぐため、自分以外の命を奪う事はあっても。しかし復讐にとらわれた男は、それが唯一の生きる原動力となり、初めて自分本位に他者の命を奪う。

    劇中に「野蛮人は野蛮人」というセリフがあるのですが、あの植民地開拓の時代で人間が人間らしくある事は難しかったのではないかと思います。

    妻の幻影が去っていく描写はグラスの人間らしさが失われた事を象徴していたのではないかと解釈しています。復讐の先には何もなかったと……

    復讐の先にあるものとは?というキャッチは、あくまで煽りなのであまり気にしなくても良いかもしれません。商業的な戦略に多いやり口なので。

    結構深いテーマの作品なのでもう一度見たいと感じたなら、それも良いかもしれません。新しい発見もきっとあるはずです。

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