映画を観る前に知っておきたいこと

レヴェナント:蘇えりし者
レオナルド・ディカプリオ悲願のオスカー

レヴェナント:蘇えりし者

復讐の先に、何があるのか。

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で2014年のアカデミー賞を席巻したアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督が、マイケル・パンクの小説『蘇った亡霊:ある復讐の物語』を基に描き出す、アメリカの歴史上伝説と謳われるハンター、ヒュー・グラスの半生。

実話から生まれたとは思えないほどの、復讐心を糧に生きる男の壮絶なサバイバル劇は、2015年のアカデミー賞を大いに賑わした。イニャリトゥ監督自身が監督賞を受賞しながら、撮影監督エマニュエル・ルベツキに3年連続のアカデミー撮影賞を、そして主演のレオナルド・ディカプリオに悲願のオスカーをもたらした。


予告

あらすじ

1823年、アメリカ西部の未開拓地を進む毛皮ハンターの一団は先住民たちの激しい抵抗にあっていた。

隊長のヘンリー(ドーナル・グリーソン)を先頭に、ガイド役のヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)とその息子のホーク(フォレスト・グッドラック)、そしてグラスに対して敵意を抱いているフィッツジェラルド(トム・ハーディ)たちは、先住民の襲撃に多くの犠牲者を出した。

レヴェナント:蘇えりし者

© 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation.

生き残ったグラスたちは危険な川を避け、船を捨てて陸路で砦に戻ろうとするが、グラスは巨大な熊に襲われて瀕死の重傷を負ってしまう。隊長のヘンリーは余命わずかに見えるグラスを残して行くことを決断した。息子のホーク、金に釣られて居残ることにしたフィッツジェラルドたちにグラスの最期を看取るよう命じる。

レヴェナント:蘇えりし者

© 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation.

しかし、フィッツジェラルドはグラスが死ぬのを待つのに耐えかね、トドメを刺そうと考えた。それに抵抗した最愛の息子ホークは揉み合いの末に命を落としてしまう。瀕死のグラスには、息子の死をただ見ているしかなかった……


映画を観る前に知っておきたいこと

実在した伝説のハンター、ヒュー・グラスは日本ではあまり知られていないが、アメリカでは映画、小説、ドラマなど、彼をモチーフにした作品は非常に多い。それゆえ、彼についての伝記映画はアメリカ人にとって当然の歴史背景を基に描かれているため、日本人が大河ドラマを見るような感覚に近い。

できるだけ本場に近い視点で映画を鑑賞するために、ヒュー・グラスや彼が生きた時代のアメリカに少し触れておきたい。

歴史背景

映画の舞台となった北アメリカ大陸に位置するルイジアナ。このアメリカ大陸を南北に分割してしまうほどの広大な土地は、もともとフランスの植民地だった。アメリカによるルイジアナの広大な大地の開拓が始まった理由は、1803年にナポレオン率いるフランスがきたるイギリスとの戦争の資金源とするため、ルイジアナ地域を売り飛ばしたことに端を発する。

物語の1823年は、スペイン、イギリス、オランダ、フランスといったヨーロッパ列強が土地の争奪戦を繰り広げ、明日には国境が書き換わる混沌の時代であった。そして、植民地となった土地に暮らす人々は“植民地人”という独自の世界観からヨーロッパとは異なる幸福追求の地という理想を軸に独立を目指した。

そして、こうしたヨーロッパ列強の事情に翻弄されたのがルイジアナに暮らす先住民たちだ。

現アメリカの領土はヨーロッパ列強との領土拡大合戦に勝利した結果であり、その中で先住民たちは動物のように狩猟され、壊滅の一途を辿ることとなった。土地や物品は奪われ、女は陵辱され、ある者は生き残るために強国に服従し、ある者は誇りの為に最後まで戦い果てたのだ。

アメリカvs他国vs先住民という簡単な対立構造だけでも押さえておくと映画に入り込み易いはずだ。

ヒュー・グラス

そんな混迷の時代に実在した伝説のハンター、ヒュー・グラス。グリズリーに襲われ重症を負った彼が、仲間に見捨てられながらも320kmもの道程を踏破し生還したという逸話は、長い年月に渡って語り継がれてきた。

奇跡の生還を果たした彼を人々は“Revenant(蘇った亡霊)”と呼んだ。

それ以前の彼の記録は残っておらず、どこで何をしていたのかは一切不明とされている。映画では逸話の中にある“先住民のポウニー族の奴隷となって数年を過ごし、そこの女性と結婚した”という部分も採用されている。

日本の宮本武蔵のように史実があまり残されていない人物だからこそ、作品のモチーフとして好まれる所以だろう。

アカデミー作品賞に届かなかった理由

3年連続のアカデミー撮影賞受賞という偉業を成し遂げた撮影監督エマニュエル・ルベツキが捉える深い雪山には、叙情的に人を突き放す冷酷な荘厳さがあり、それは復讐に関わる登場人物の複雑な心境と重なり合っていく。そして、照明を一切使わない自然光による撮影効果には、途方もないリアリティが静かに横たわり、美しくも退廃的な雰囲気を映画にもたらしている。

またしても映画における映像表現の新たな可能性を見せつけたルベツキは、満場一致で同賞をさらってみせた。

そしてルベツキの映像以上のリアリティを映画に提供してみせたのがレオナルド・ディカプリオだ。

1年半における役作りの中で、彼は2種類のネイティブ・アメリカンの言語を習得し、ヒュー・グラスの実像に自身を近づけていった。さらに実際の撮影では臨場感を求めるイニャリトゥ監督の要望に応えようと、フィッツジェラルドを演じるトム・ハーディと殴り合った結果、鼻骨骨折の大怪我まで負っている。

これまで4度の受賞を逃してきたオスカーの呪縛を振り切るかのように、復讐に燃える男の情念をたぎらせたディカプリオの演技を見事に引き出したイニャリトゥ監督の手腕もまた見事である。

しかし、アカデミー監督賞、撮影賞、主演男優賞の3冠をもたらしたのが圧倒的なリアリティだったとするならば、実話を基に書かれた脚本にそれ以上の要素は見当たらなかった。

この年の作品賞に輝いた『スポットライト 世紀のスクープ』の脚本が際立って良かったことが、同賞を逃した理由と言える。

なぜなら、この半世紀で脚本賞にノミネートされずに作品賞を取ったのは『タイタニック』しかないからだ。

CAST.STAFF.BACK.

DATA.STAFF.BACK.

DATA.CAST.BACK.

コメント2件

  • 上村 弘美 より:

    ネタばれ注意

    機内の映画で拝見しました。英語だからわからないところが沢山ありましたがこの解説を聞いてとてもよくわかりました。ありがとうございます。
    観ている最中は早く終わらないかなと思ってしまうほど耐えがたい胸の締め付け感がありまして、、、終わってホッとしたのにいまもう一度みたいかも?と思っているのです。
    さて、最後のシーン、一番最後です。あれは意味がわからないのですが復習を終えて息を引き取ったのでしょうか?
    復習の先にあるものとかいうキャッチを目にするのですが実際復讐の先に何があったのか今いちわからないので、、。

  • 今川 幸緒 より:

    >上村 弘美さん

    コメントありがとうございます。

    復讐の先にあるものは、それぞれの解釈に委ねているようなラストシーンなので正解はないと思いますよ。

    それを踏まえた上で僕の解釈は、グラスは復讐を果たし死んだと思っています。エンドロール中に聞こえる彼の呼吸が段々弱くなっていく演出は死を表現しているのではないかと。

    そして復讐の先にあるものとは、ラストの妻の幻影が去っていく描写にヒントがあるように思います。

    劇中でグラスは、自分本位な殺しはしなかった。飢えをしのぐため、寒さをしのぐため、自分以外の命を奪う事はあっても。しかし復讐にとらわれた男は、それが唯一の生きる原動力となり、初めて自分本位に他者の命を奪う。

    劇中に「野蛮人は野蛮人」というセリフがあるのですが、あの植民地開拓の時代で人間が人間らしくある事は難しかったのではないかと思います。

    妻の幻影が去っていく描写はグラスの人間らしさが失われた事を象徴していたのではないかと解釈しています。復讐の先には何もなかったと……

    復讐の先にあるものとは?というキャッチは、あくまで煽りなのであまり気にしなくても良いかもしれません。商業的な戦略に多いやり口なので。

    結構深いテーマの作品なのでもう一度見たいと感じたなら、それも良いかもしれません。新しい発見もきっとあるはずです。

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