映画を観る前に知っておきたいこと

【緑はよみがえる】兵士と家族の手紙のやり取りを通してエルマンノ・オルミ監督が描く戦争の記憶

投稿日:2016年3月16日 更新日:

第一次世界大戦の雪山での膠着戦の中、疲弊していく兵士の心情を描いた戦争ドラマ。残酷な戦いの中での、家族との手紙のやり取りを通じ、戦争とは何なのか、人とは何なのか、という普遍的な問いを投げかける。

監督は『木靴の樹』『ポー川のひかり』の巨匠エルマンノ・オルミ。彼の父は戦友を想い度々涙を流し、息子たちに「戦争がいかに人を狂わせるか」を教えようとしたという。またオルミ監督の後期の作品は息子ファビオ・オルミが撮影監督として参加していることは有名で、そのことを考えると感慨深い想いが沸く。

本作は、エルマンノ・オルミ監督が実際にやり取りされた手紙をもとに描き出した、前線で戦った人の想いの記録である。映画で語られることは、すべて実在するの記録なのだ。


  • 製作:2014年,イタリア
  • 日本公開:2016年4月23日
  • 上映時間:76分
  • 原題:『Torneranno i prati』

予告

あらすじ

第一次世界大戦中の1917年、冬のアジア―ゴ高原。イタリア、オーストリア両軍は雪の山中に塹壕を掘り、膠着した戦況下でにらみ合っていた。敵は姿こそ見えないが、人間の熱を感じられるほど近くに潜んでいる。

塹壕の環境はお世辞にも良いとは言えず、その中で何日も生活するには耐えられないほど劣悪だ。伝染病の危険もある。ましてやいつどんな手で敵が攻めてくるかも分からない。あるいはその逆も・・・。
緑はよみがえる兵士たちは徐々に消耗し、戦意は失われ、無事に家路につくことだけが願いだった。彼らが唯一心を休める時と言えば、家族や恋人から送られてくる手紙を読む時だけだ。

そんな厳しい状況を露もを知らない平地の司令部からの命令を携え、少佐と若い中尉が前線にやってくる。通信が敵に傍受されているため、新たな通信ケーブルを敷けというのだ。

「土地の起伏も考えず地図をなぞっただけの計画だ。この月明かりの下で外へ出れば、狙撃兵の餌食だ!」

命令を受けた大尉は強く反発し、軍位を返上してしまう。大尉の後任となったのは、まだ経験の浅い若い中尉だった。前線の戦争は、彼の想像していたものと何もかもが違っていた。
緑はよみがえる敵も味方も酷薄で、この地に関わる人は人ではないように思えた。そして彼は、絶望と無力感に打ちのめされながら、母への手紙にこう綴る。

「愛する母さん、一番難しいのは、人を赦すことですが、人が人を赦せなければ人間とは何なのでしょうか」


映画を見る前に知っておきたいこと

エルマンノ・オルミの戦争映画

エルマンノ・オルミ普通に生きていれば考えもしなかったような世界のある出来事を、ごく当たり前の日常的な感覚にまで誘ってくれるエルマンノ・オルミ監督。

淡々とした単調な日常がなぜか癖になる。何もなかったけどまた見たくなる。僕の中のエルマンノ・オルミは、そんな唯一無二の映画を撮る監督だ。

映像の美しさは折り紙つき。人間のあり方を問いながらも、人心を揺さぶろうという思惑は感じられず、ただ彼の想いだけが優しく漂っている。そしてそれが心地よい。

そんなオルミ監督が撮る戦争映画はどんな映画になっているのだろうか。エルマンノ・オルミを知っている人なら、気にならないはずがないと思う。

美談にせず、誇張せず。日常の戦争

第一次世界大戦の従軍兵士は、もはや自らの声で戦争の痛みと苦しみを語ることはできない。しかし彼らが残した言葉や手紙は、事実を誇張することなく、美談にすることもなく、今も残されている。
引用:公式サイト監督インタビュー

事実を誇張しない、美談にしない。映画で戦争を語る時、これが最も難しくて厄介だと思う。必ず対立したどちらか一方の立場に立たざるを得ないし、場合によってはプロパガンダによる政治的なメスも入ってくる。

しかし、『緑はよみがえる』は戦争映画ではない。戦争をしている人の“日常”を描いた映画である。それは美談でも誇張でもなく、そこに存在した想いのひとかけらだ。

そういう映画がこれまで無かったわけではない。しかし、それらの作品はやはり戦争に狂う人のどうしようもなさ、悲しさを訴える作品が多いように思う。そんな中で、エルマンノ・オルミ監督の作品全体を貫通する“優しい目線”は、戦争をどう捉えるのか。

人間はなぜ戦争をするのか

「戦争は悪いことで、してはいけない」

そう言い切ってしまうのは簡単なことだ。しかし、ただ悪い事だとして言い切ってしまうのは、僕らの今の生活が戦争の上に成り立っているという事を忘れてしまっているようにも思う。

もしあの時の戦争に勝っていなければ、今の豊かな生活はなかったかもしれない。もしあの時の戦争に勝てていれば、日本は世界の中心として今よりも遥かに強国であったかもしれない。

こういった事情は全ての国にあるだろう。実際、今の国際社会でアメリカが力を持っているのもまた、戦争のおかげである部分が大きい。

戦争を擁護するわけではないが、僕らは戦争の上に成り立った社会の上に暮らしているという視点を忘れてはいけない。戦争をしなければ、全ての問題が解決するわけではないのだ。

もちろん、僕も戦争は悪いことで、いけないことだと思う。

しかし、隣人を笑い、蔑み、嘲笑い、蹴落としていく社会の暗い部分を見ていると、「戦争はまだしばらくはなくならないだろうな」と考えさせられる。

「一番難しいのは人を赦すことだが、人が人を赦せなければ人間とは何なのだろうか。」このことは、戦争の上に暮らす僕らひとりひとりが今こそ考えていかなければならない問題ではないだろうか。

-4月公開, ヒューマンドラマ, 戦争, 洋画
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執筆者:


  1. 近藤康子 より:

    余っている券があるからと・・そんな不遜な理由で出かけた映画でした。
    貰ったチラシから見て取れるのはーまた戦争物 正直行く気もしない題名の緑とは縁もなさそうもないー暗い映画でしか無かったのに こうして上映されてから 何ヶ月も経つのに事あるごとに思い出し 本日このサイトを見つけ感想を書きたくなるとは・・・。
    今まで見た戦争ものは 戦争に至る理由、被害者 加害者双方の言い分 その中での登場人物の人生といった類だったとおもいますが この映画は正に戦争そのものが丁寧に描かれていて私自信が
    戦士のような気分にいつの間にかなっていました。
    その怖さ 理不尽さ でも耐えている兵士達。
    汝の敵をも愛せとは かく宗教で言われていること。
    若い戦士の言葉・・赦せない人間とは・・辛いです。戦争は人事ではありません。
    この映画のお陰で 今なお地球上に起こっている戦いのニュースに今まで以上に憤りを覚えます。
    忍耐 慈悲 感謝 そして許しが欠けて戦うことに目をむける現実・・・今一度人間の本質は何かを考える良い機会になりました。
    有難うございました。

  2. 今川 幸緒 より:

    >近藤康子さん

    感想ありがとうございます。

    >この映画のお陰で 今なお地球上に起こっている戦いのニュースに今まで以上に憤りを覚えます。

    すごく映画の持つ力を感じさせる言葉です。
    連日、北朝鮮の核実験がニュースで流れていますが、皮肉にもそんな現状が映画をより力強くしていきます。

    人間の本質について考えることなく、戦争を回避することはできないと思います。

    エルマンノ・オルミ監督は父から受け継ぎ、息子へ。
    僕は自分の書いた記事に頂いたコメントで、戦争について考える機会を得る。

    こうした繋がりは微力かもしれませんが、戦争とは正反対の力となっているのではないかと思えました。

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