イタリアのアカデミー賞と言われるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で2冠に輝いたミステリードラマ。失踪した大物政治家と、その替え玉として政界を盛り上げる双子の兄弟。イタリアを変える世紀の政治家替え玉作戦の中に、対照的な二人の男の人生のミステリーを描いた快作だ。
主演は“イタリアの至宝”と呼ばれた『ゴモラ』『グレート・ビューティー/追憶のローマ』など、イタリアを代表する名作を数多く主演してきた名優トニ・セルヴィッロが一人二役で演じている。
監督は『そして、デブノーの森へ』のロベルト・アンド。2014年のイタリア映画祭では「自由に乾杯」というタイトルで上映された。
Contents
- 1 予告
- 2
あらすじ
- 2.1 エリンコ失踪
- 2.2 ショヴァンニ替え玉作戦
- 2.3 消えた男と現れた男
- 2.4 替え玉作戦の行く先は――
- 3 映画を見る前に知っておきたいこと
予告
あらすじ
エリンコ失踪
エンリコ・オリヴェーリ(トニ・セルヴィッロ)がイタリア最大の野党を率いる書記長に就任して数年が経とうとしていた。国政選挙を目前に控えた今、党の支持率は低迷し、エリンコは責任を問われ政治家人生最大の危機に直面していた。
党の全国大会では、壇上のエリンコに客席の中年女性から「お前が党を駄目にした。さっさと出て行け!」と心ない罵声を浴びせられる始末。その翌日、エリンコは重要な会議をすっぽかしてどこかへ消えてしまった。側近のアンドレア(ヴァレリオ・マスタンドレア)が慌ててローマ市内を自宅を訪ねるが、そこには「戦いの前に、ひとりになる時間がほしい」という直筆の書置きが残されているだけだった。
妻のアンナ(ミケーラ・チェスコン)ですら、彼の行く先には全く心当たりがないという。選挙を控えた大事な時期に、「党のリーダーが失踪した」など世間にも同僚にも言い出せるはずもなく、アンドレアは「体調不良で入院中だ」とその場しのぎの嘘でやり過ごす。
そんな折、アンナからエリンコにはショヴァンニという双子の兄弟がいるという話を聞いたアンドレアは、藁にもすがる心境でその双子の兄弟を探し始めるのだった。
ショヴァンニ替え玉作戦
ショヴァンニは心を病んで施設に入院していて先日退院したばかり。哲学の教授として働いていて、エリンコとは疎遠の仲だという。質素なアパートに書物を積んで人目を避けるように暮らしていた。アンドレアと出会い一緒にレンストランで食事をしていると、ショヴァンニをエリンコと勘違いしたジャーナリストが取材を申し込んできた。その様子を見ていたアンドレアは、ショヴァンニの口から次々と飛び出すユーモアに富んだ切れ味鋭いコメント群に舌を巻く。風貌は瓜二つの二人だったが、そこだけは何事にも慎重だったエリンコとは対照的。こうしてアンドレアはショヴァンニをエリンコ役を演じさせる「替え玉作戦」を実行に移すことを決めたのだった。
消えた男と現れた男
替え玉作戦は大当たり。最初は不安に思っていたアンドレアをよそに、書記長の仕事をひょうひょうとこなしていくショヴァンニ。記者の意地の悪い質問にもユーモアを交えながら堂々と対応し、欺瞞の坩堝と化した政界を鋭く切るセンセーショナルな言動で、たちまちメディアの注目の的に。瞬く間に党の支持率を急上昇させていく。その頃、ローマから姿を消したエリンコ本人はというと、パリに暮らす元恋人ダニエル(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)のもとに身を寄せていた。
エリンコはダニエルに事情は一切話していなかったが、彼女は久しぶりに再開した元恋人の思いつめた様子を察して自宅に住まわしてくれていた。既に映画監督のムングとの間に幼い娘エレーヌがいたにも関わらず。やがて映画のスクリプターとして働いているダニエルの職場に同行したエリンコは、病気で倒れて休職中の小道具係の代役として撮影現場で働き始めることに。党のリーダーとしての尋常でないプレッシャーから解放され、自分を冷静に見つめ直す時間を得たエリンコは、少しずつ心に平穏を取り戻していくのだった。
映画を見る前に知っておきたいこと
イタリアの映画
このサイトを立ち上げて随分といろんな国の映画の記事を書いてきたが、イタリアの映画を取り上げるのは初めてかもしれない。合作で名を連ねることはあっても、100%イタリア製の映画は記憶にない。
映画というのは本当にその国のお国柄が良く現れる。ハリウッドは大衆的で商業的、日本はアニメ作品の人気が高い。ロシアは壮大な絵で魅せる映画が多いように思うし、フランスはやはり芸術色が強い。マニアックなところで言えば、チリなんかはマリオネット文化が強く根付いている背景から、マリオネットの映画が国内で大反響を得ていたりする。
さて、果たしてイタリアはどうだろうか。
歴史を見ると、チネチッタ・ネオレアリズモ・マカロニウエスタンなどなど、イタリア映画を代表するジャンルは数あるが、今回は1980年以降の近年の動きを軽く追ってみようと思う。
1980年代のイタリア映画界は長い低迷期に突入していたと言われている。1990年代のイタリア映画復興は若い世代の才能によってなされた。(世界的な評価を得たという点で)
ロベルト・ベニーニ監督による『ライフ・イズ・ビューティフル』は現代でも多くの人に絶賛される名作だし、ナンニ・モレッティ監督の『息子の部屋』は第54回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した。
『ニューシネマパラダイス』や『マレーナ』『海の上のピアニスト』のジュゼッペ・トルナトーレ監督の名前も外せない。
この中で僕が見たことがあるのは、『ライフ・イズ・ビューティフル』『マレーナ』『海の上のピアニスト』『息子の部屋』の3作。こうして追ってみると、過去に見た映画の中にもあるものだ。どれも特に重たいテーマを扱う、いわゆる“暗い映画”だ。
それぞれテーマも毛色も違う作品だが、ある共通の項目でほかの国の映画との違いを特徴付けるとすれば、イタリア映画は鬱屈とした空気感の底に登場人物の情熱のようなものが燃え燻っているように感じる。
飽くまで傾向の話ではあるが、似たような傾向にあるヨーロッパの映画の中でも、フランス映画はその点ではもっと軽妙だ。
そんなずしっと響く重い作品が多いイタリア映画界から現れた新作『ローマに消えた男』は、人生苦で退場する主人公の代わりに爽快なユーモアをもたらす変人が現れる。
イタリアのアカデミー賞にあたるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で2冠を飾った2013年イタリア代表クラスのミステリードラマを、そんな視点から見るのもまた面白い。
トニ・セルヴィッロ
政治家という孤独な仕事に疲れ、人生の意味を自問自答して“消えていく”エリンコとその替え玉として突如現れ、驚くべき機知とユーモアで政界に大旋風を巻き起こしていくショヴァンニ。対照的なこの二人のキャラクターに、理想と現実、光と影、一般人とヒーロー、ありとあらゆる二面性を表現していく。
それを一人で演じきったのは“イタリアの至宝”トニ・セルヴィッロ。
1990年代に復興を果たし、次々と快作が発表される近年のイタリア映画の中でもとりあわけ高い評価を得た『ゴモラ』『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』『グレート・ビューティー/追憶のローマ』に相次いで出演し、俳優としてイタリア映画界を支える重鎮の一人だ。本国では彼が演じているだけで見る価値があると言われる程の俳優である。
また、エンリコの側近アンドレアを演じたヴァレリオ・マスタンドレアはダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の助演男優賞を受賞している。
豪華俳優陣!と言われても日本人の感覚ではあまりピンとこないとは思うが、これだけは言える。トニ・セルヴィッロは時間を割いても見る価値のある男だと。