映画を観る前に知っておきたいこと

八重子のハミング
現代日本における最も切実なテーマ

八重子のハミング

いつか来る夫婦の別れ。
ゆっくりと二人で歩む“ありがとう”の人生 ──

夫がアルツハイマーの妻に贈る、三十一文字のラブレター……

原作となったのは、山口県萩市在住の陽 信孝さんが四度のがん手術を経験しながら、若年性アルツハイマー病の妻を介護した4000日に渡る記録を綴った手記「八重子のハミング(原題:雲流る)」。そして、その長い闘いの日々に感動したのが、山口県出身の映画監督佐々部清だった。

『半落ち』で2005年日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した監督が、高齢化が進む現代日本における最も切実なテーマの映画化に挑む。


予告

あらすじ

山口県のとあるホールで「やさしさの心って何?」と題された講演が行われた。白髪の老人、石崎誠吾がそこで語ったのは、妻・八重子の介護を通して経験したこと、感じたこと……

八重子のハミング

©「八重子のハミング」製作事務局

「妻を介護したのは12年間です。その12年間は、ただただ妻が記憶をなくしていく時間やからちょっと辛かったですいねぇ。でもある時、こう思うたんです。妻は時間を掛けてゆっくりと僕に お別れをしよるんやと。やったら僕も、妻が記憶を無くしていくことを、しっかりと僕の思い出にしようかと…。」

誠吾の口から、在りし日の妻・八重子との思い出が語られる。教員時代に巡り会い結婚した頃のこと、八重子の好きだった歌のこと、アルツハイマーを発症してからのこと……

八重子のハミング

©「八重子のハミング」製作事務局

かつて音楽の教師だった八重子は、徐々に記憶を無くしつつも、大好きな歌を口ずさめば笑顔を取り戻すこともあった。家族の協力を得て、夫婦の思い出をしっかりと力強く歩んでいく誠吾。

それは、山口県・萩市を舞台に描く、夫婦の純愛と家族の愛情にあふれた12年の物語だった。


映画を観る前に知っておきたいこと

映画の原作となった手記を綴った陽 信孝さんと佐々部清監督、二人は同郷ということもあってか旧知の仲だったらしい。僕の故郷も山口県だ。だからどうというわけではないが、佐々部監督がこの映画を手がけるようになった経緯には少々心を打たれてしまった。

人と映画

7年ほど前、陽さんは自費出版した本が映画化されること佐々部監督に伝え、嬉しそうにその本を手渡してくれたのだという。佐々部監督は、内容も知らずに読んだその本の感想を「新幹線の帰路、ずっと涙が止まらずに困ったものでした」と語る。

それが「八重子のハミング」と佐々部監督の最初の出会いだった。この時点ではまだ、別の監督が映画を撮ることになっていた。

翌年、陽さんと再会を果たした佐々部監督は、「八重子のハミング」の映画化がまったく進んでいないことを知る。しかも、とっくに映画化の話はストップしているにも関わらず、映画会社から陽さんのもとへは何の連絡もなかった。この時、憤りを感じた佐々部監督は「八重子のハミング」の映画化を自ら買って出たのだという。

この話を知った時、映画の内容もそうなのだが、人同士のつながりというか、縁というか、そういうものに素直に感動させられた。勝手に故郷に想いを馳せたりもしていた気がする。山口県で先行上映されていることに少し嬉しさも覚えた。

あとがき

今の日本にとって最も切実なテーマを映しているこの映画が、同じような境遇にある人のもとへ届くことを願う。実話ベースゆえ、目を背けたくなるような現実を見せられることになるかもしれないが……それでも、さらに加速する高齢化社会の中で、介護問題に向き合うこと、もしくは関心を抱くことのきっかけになってくれると信じたい。

来春から全国の劇場で公開される。

CAST.STAFF.BACK.

DATA.STAFF.BACK.

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