イランとイラクの国境付近の川に浮かぶ一隻の古ぼけた船。そこに住む少年と侵入者たちの言葉を越えた交流を描いた感動作。ペルシャ語、アラビア語、英語を話す登場人物たちは、最初から最後まで言葉によるコミュニケーションをとることができない。1980年代のイラン・イラク戦争後、今もなお紛争が続く中東の厳しい現実がリアルに描かれる一方で、時代設定や彼らの国籍、年齢について、映画は多くを語ろうとしない。また、プロの役者でなく地元に住む素人の子供たちを起用することで、彼らの豊かな表情と身振りを見事に描きだしている。
イラン国内で50本以上の映画やテレビシリーズで助監督を務めてきたアミルホセイン・アスガリの待望の監督デビュー作。『桜桃の味』でカンヌ国際映画祭グランプリとなるパルム・ドールを受賞した同じイランの監督アッバス・キアロスタミに続く新鋭監督の傑作が誕生した。2014年・第27回東京国際映画祭で『ゼロ地帯の子どもたち』のタイトルでプレミア上映され、、観客の深い感動と涙を誘い「アジアの未来」部門作品賞を受賞した。
- 製作:2014年,イラン
- 日本公開:2015年10月17日
- 上映時間:102分
- 原題:『Bedone Marz』
Contents
- 1 予告
- 2 あらすじ
- 3 映画を見る前に知っておきたいこと
予告
あらすじ
舞台は、緊迫するイランとイラクの国境地帯にある川。そこには一隻の古ぼけた廃船が放置されていた。少年は船を隠れ家にして暮らし、魚を釣ってはお金に換えて生活していた。ある日、少年にとっての静かで平穏な日々は突然の侵入者によって終わりを告げる。国境の反対側からやって来た少年と同じくらいの年の少年兵は船に住みたいと言うが、この小さな侵入者に少年は怒りの声をあげてそれを拒否する。しかし言葉が通じず、ときに銃を持ちだす少年兵には何を言っても伝わらなかった。少年兵は「船のこちら側は自分の陣地」とばかりに甲板にロープを張り、勝手に船の備品を持ち出していく。
そんなある日、船の外では爆撃音が鳴り響き、やがて船のなかから赤ん坊の鳴き声が聞こえてくる。赤ん坊を抱え震える少年兵を見つける少年。この日を境に、対立するふたりの間に不思議な連帯感が生まれていく。そんななか船にはまた新たな侵入者が現れて……
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映画を見る前に知っておきたいこと
子供が主人公の名作が多いイラン映画
実はイランには素晴らしい映画が数多くあり、僕が最も好きな映画『桜桃の味』もイラン映画だ。この作品は1997年にカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しているのだが、人生の素晴らしさを伝えるその斬新な手法によるラストシーンはあまりに衝撃的だった。『桜桃の味』について書き始めると長くなってしまうので、気になる人はレンタルを探してほしい。それで僕が伝えたいのは、その『桜桃の味』を撮ったイランの監督であるアッバス・キアロスタミの名前が本作の予告で出て来たということだ。僕からすれば、これほど興味をそそられる紹介はない。また、アッバス・キアロスタミの『友だちのうちはどこ?』やアミール・ナデリの『駆ける少年』、さらに本作の監督アドバイザーを務めたアボルファズル・ジャリリの『少年と砂漠のカフェ』など、子供を主人公に据えた数々の名作映画を生み出してきたイラン映画史に名を連ねる作品とも紹介されている。子供を主人公に据えるというのはイラン映画の特徴であり、それはイランの映画の歴史にも関係してくる。
イランで初めて映画が撮られたのは1900年までさかのぼる。カージャール朝の宮廷カメラマンがパリで機材を手に入れ、君主のベルギー訪問を撮影したのが最初とされる。ほぼ世界の映画が始まった時期と同じで、その歴史は古い。そして、他の国同様にイランの映画史も国の情勢によって政治的な影響を受けている。1979年のイラン革命後(国民の革命勢力が政権を奪取した事件)、政府による検閲が(おもに宗教的な面で)強化されており、しばしば直接的な政府批判を避けるため子供を主人公にした作品をつくられた。こうした背景が、イラン映画が子供を主人公に据えた数々の名作映画を生み出してきた要因である。本作も、1980年代のイラン・イラク戦争後、今もなお紛争が続く中東の厳しい現実がリアルに描かれ、まさしくイラン映画史の延長線上にある作品だ。
個人的にはイラン映画は本当に素晴らしい作品が多いと感じるのだが、なかなかレンタルでもほとんど見掛けることがなく、DVDもプレミアが付いていたりと、触れる機会が少ないのが残念でしょうがない。『桜桃の味』もビデオでしか手に入らなかったので、わざわざビデオデッキを引っ張り出してきた記憶がある。パルム・ドールを受賞した作品ですらこんな現状なので、興味のある人はタイムリーなうちに劇場で見てしまうのが良いと思う。上映する映画館がまた少ないのだろうけど……