映画を観る前に知っておきたいこと

母の残像
「黄金の心三部作」に見た人間の愚かさ

投稿日:2016年11月9日 更新日:

母の残像

誰も知らない、もう一人のあなた

2000年カンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を獲得した『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の監督ラース・フォン・トリアーを叔父に持つヨアキム・トリアーが贈る、崩壊と再生の深遠なる物語!

“戦争写真家だったひとりの女性の死”を、彼女自身も含めた家族4人の視点で多眼的に見つめ、誰しもがいつかは乗り越えなくてはならない“家族との死別”という普遍的なテーマを浮かび上がらせる。

控えめだが感受性豊かな15歳の少年、親になることを受け止めきれない青年、遺された息子達との関係に悩む優しすぎる初老の男、そして戦争写真家という職業のせいで自分と家族を見失っていく女性。繊細かつ豊かな映画的表現を駆使して痛々しいまでに美しく、かつサスペンスフルに描き出す4人の葛藤と感情の動きに鬼才の遺伝子が垣間見える!

この冬、最も長い余韻を残してくれる……

予告

あらすじ

著名な戦争写真家であった母イザベル(イザベル・ユペール)の突然の死から3年後。母の回顧展の準備のため、長男のジョナ(ジェシー・アイゼンバーグ)が父ジーン(ガブリエル・バーン)と引きこもりがちな15歳の弟コンラッド(デヴィン・ドルイド)が暮らす実家に戻ってくる。

イザベルの死には不可解な点が多く、当時まだ幼かったコンラッドにはその真相は隠されていた。あれは事故だったのか、自殺だったのか……

母の残像

© ARTE FRANCE CINEMA 2015

久しぶりに集まった家族は、写真展の準備の過程でイザベルへのそれぞれの思いを語り合った。そこで明らかになる彼女の知られざる一面や秘密に戸惑い、悩む。

母の残像

© ARTE FRANCE CINEMA 2015

しかしその結果、妻の、そして母の本当の姿が彼らの中で共有されていく。家族はその死を徐々に受け入れ、絆を取り戻していくかに見えたが……

映画を観る前に知っておきたいこと

日本では『ダンサー・イン・ザ・ダーク』が、カンヌのパルム・ドール受賞以上にビョークが主演したことであまりにも有名なため、本作は“鬼才ラース・フォン・トリアーを叔父に持つヨアキム・トリアーの長編第3作”と紹介される機会が多い。

しかし今回に限っては、配給側のただの謳い文句とは思えなかった。それは決して意図的な演出ではないかもしれないが、この映画には、鬼才の遺伝子が受け継がれたのだと確信させるものがある!

「黄金の心三部作」に見た人間の愚かさ

1995年、ラース・フォン・トリアーはデンマークにおける映画運動ドグマ95を提唱した監督として知られている。

彼の作品で最も有名なのが『ダンサー・イン・ザ・ダーク』だが、この映画はラース・フォン監督の「黄金の心三部作」の最終章に当たる。カンヌでグランプリを受賞した『奇跡の海』(96)がその序章であり、次章はドグマ95を完全に再現してみせた『イディオッツ』(98)、そして『ダンサー・イン・ザ・ダーク』へと繋がっていく。

事故により寝たきりの上に、不能になった夫は妻を愛する気持ちから他の男と寝るよう勧め、それに答える妻を描いた『奇跡の海』。

子供を失った女性が白痴を装う奇妙な一団と行動を共にしてゆく『イディオッツ』。

遺伝性の病のため視力が失わてゆく女性が、同じ病の息子を救おうとする『ダンサー・イン・ザ・ダーク』。

この3作は、撮影手法も異なり、物語の一貫性も発見しづらい。ではなぜこの3作が「黄金の心三部作」と呼ばれているのか?

困難な状況下でも“純粋な心”を保ち続ける女性を主人公にした作品と言えば聞こえはいいが、ラース・フォン監督の言う“黄金の心”とは人間の愚かさも含まれている。

名作だが、二度と観たくないと思わせるほど残酷な結末を迎える『ダンサー・イン・ザ・ダーク』をはじめ、「黄金の心三部作」はすべて、“純粋な心”が残酷な結末へと向かわせていく。

そして、その“純粋な心”がもたらす愚かさは、ヨアキム・トリアーの『母の残像』にも見て取れる。

この映画が残酷な結末を迎えるかどうかはさておき、事故死したイザベル自身を含めた家族4人の感情の動きの中にそれぞれ、純粋ゆえの愚かさを発見した時、そこに鬼才ラース・フォン・トリアーの遺伝子を感じさせる。

あとがき

ネタバレを考えると、ここで作品を深く掘り下げれないことを少し残念に感じる。まだまだ長編3作目なのでわからないが、ヨアキム・トリアー監督作品は、叔父であるラース・フォン監督ほど実験的、もしくは挑戦的ではないようだ。

その分、瑞々しい詩的感性に裏打ちされた映像には、すでに観る者の心を震わせる説得力が備わっている。

『母の残像』は、ニューヨークで撮影されたヨアキム監督初の英語作品となったことで、これからより多くの映画ファンに評価されていくのではないかと感じている。どうやらラース・フォン監督の飛行機恐怖症は、遺伝性の病ではなかったようだ。

-ヒューマンドラマ, 洋画
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