155人の命を救い、容疑者になった男ー
2009年1月15日のニューヨーク、上空850メートルで突如起こった航空機事故。機体は一人の機長の手によりハドソン川に不時着しました。その決断が大惨事から人々を救ったことは間違いありません。しかしそんな英雄を待っていたのは惜しみない賞賛と“疑惑の眼差し”でした。
『アメリカン・スナイパー』(14)のクリント・イーストウッド監督がトム・ハンクスを主演に迎え、実際にあった航空機事故の裏側にある知られざる真実に迫ります。
Contents
予告
あらすじ
2009年1月15日、真冬のニューヨーク。40年の経歴を持つベテラン操縦士サレンバーガー機長(トム・ハンクス)は、いつものように離陸した。160万人が暮らすマンハッタンの上空わずか850メートルで突如、全エンジンが完全停止。制御不能となった旅客機は高速で墜落を始めた。
市民にも甚大な被害が及ぶ状況でサレンバーガー機長が下した決断は、ハドソン川への着水だった。70トンの機体は必死の制御により目の前を流れるハドソン川に不時着した。サレンバーガー機長は浸水する機内から乗客の避難を指揮し、155名全員の命を救った。
世界中が目撃したその航空機事故は奇跡と言われ、サレンバーガー機長は国民的英雄として称賛を浴びるのだった。
しかし、事故の裏側ではサレンバーガー機長の判断を巡って、国家運輸安全委員会の厳しい追及が行われていた……
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映画を観る前に知っておきたいこと
前作『アメリカン・スナイパー』に続きクリント・イーストウッド監督がまたしても実話を映画化します。今度のテーマは“ハドソン川の奇跡”と呼ばれるUSエアウェイズ1549便不時着水事故です。映画ではこの奇跡的な航空機事故の知られざる真実に迫っています。どこまで実話なのか、そんな議論を呼びそうな作品です。参考に実際の事故の概要も紹介しておきます。
クリント・イーストウッド監督が再び実話を映画化する
クリント・イーストウッド監督の前作『アメリカン・スナイパー』は2015年アカデミー賞で6部門にノミネートされ、アメリカ戦争映画史上最大のヒット作となった。
アメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズで“伝説”と呼ばれた狙撃手クリス・カイルの半生を描き、帰還兵としてPTSDに苦しむその姿は多くの反響を呼んだ。その批評はイラク戦争の是非にまで発展している。制作者の手を離れ一人歩きする程パワフルな作品だった。
86歳にして映画界を席巻するイーストウッド監督が再び実話を基にした映画に挑む。
『アメリカン・スナイパー』の次の作品として、最新作も注目を集めるのは間違いない。映画のタイトルにもなった「ハドソン川の奇跡」と呼ばれるこの航空機事故は、またしてもイーストウッド監督の意図を越えた議論を予感させるテーマである。
また本作では、実話から得られるリアリティもさることながら、イーストウッド監督自身も不時着事故を経験していることが映画に反映されている。それは朝鮮戦争の最中である1951年、陸軍在籍時のことだった。事故にあった乗客の極限の心理描写は実話以上に実体験が落とし込まれている。
実際の「ハドソン川の奇跡」とは?
「ハドソン川の奇跡」とは正式にはUSエアウェイズ1549便不時着水事故である。
2009年1月15日午後3時30分頃、USエアウェイズ1549便は体重4㎏程ある鳥、カナダガンの群れに遭遇する。両エンジンの同時バードストライクという稀な事故(一方のエンジンが停止しても飛行できるように設計されている)により両エンジン共に停止してしまった。
副操縦士らがエンジンの再始動を試みる中、サレンバーガー機長はハドソン川緊急着水を宣言する。この時、管制塔はサレンバーガー機長に再度確認を取っている。
過去のエチオピア航空961便ハイジャック事件では、機長がインド洋への不時着水を試みて乗員乗客175人中125人が死亡するという大惨事になっている。それ程、サレンバーガー機長の判断は危ういものだったのだ。
ましてや、着水場所は街中を流れる川である。高さ184mのジョージ・ワシントン・ブリッジに衝突する可能性、船舶に衝突する可能性、一歩間違えば市民も巻き込んでしまう可能性まであった。
機首を上げて速度を抑え、時速230kmでの着水。この時、着水進入方向と川の流れが一致したことなどが衝撃を和らげる要因となった。
不時着を成功させたものの、真冬のハドソン川の水温は2℃、気温は-6℃と厳しい状況は続いていた。機体が浸水を許す中、着水からわずか4分20秒後に救助の船が到着している。これは偶然ではなく、サレンバーガー機長があらかじめ港に近い場所を着水に選んだからである。極限状態での冷静な判断だった。これにより、着水から23分後には全員救助されている。
実際に機内に用意されていたマニュアルは高度2万フィート以上にいる場合を想定したものだったため、離陸してからハドソン川に着水するまでの5分間という短い時間では適用できなかった。サレンバーガー機長の的確な取捨選択なくして犠牲者0という結果はあり得なかったのだ。
その功績を讃え、ニューヨーク州知事のデビッド・パターソンはこの事故を「ハドソン川の奇跡」と呼んだ。事故後、サレンバーガー機長はUSエアウェイズ1549便の中に残した4冊の本を返せないことを図書館に報告したという。
もちろん事故原因を探るためのシミュレーションは行われたが、サレンバーガー機長が容疑者になったという事実はない。よって映画で描かれることがどこまで実話なのかは知る由もない。
「あの出来事は決して奇跡ではないし、自分がヒーローであるとも思っていません。私は普段の訓練どおりのことをしただけです。全ての乗客、そして乗務員が一致団結したからこそ、1人の犠牲者もなく、全員助かったのだと私は思っています。」
C・サレンバーガー元機長