映画を観る前に知っておきたいこと

【裁かれるは善人のみ】神とは、人間とは、国家とは、悪とは、そして善人とは。

投稿日:2015年9月26日 更新日:

裁かれるは善人のみ

ロシア北部、バレンツ海に面した小さな町を舞台に、そこで暮らす市井の人々と、権力を傘に土地の買収をもくろむ行政との対立を描いたヒューマンドラマ。罪なき人に襲いかかる抗えない非情の運命に、善と悪、人と神、自然と国家といった普遍的なテーマを力強く脈打たせる。

監督は、デビュー作『父、帰る』でヴェネチア国際映画祭・金獅子賞(グランプリ)、『ヴェラの祈り』『エレナの惑い』ではカンヌ国際映画祭で2作とも賞を受賞し、ロシア映画史にその名を刻むアンドレイ・ズビャギンツェフ。

本作『裁かれるは善人のみ』も2014年・第67回カンヌ国際映画祭で脚本賞、第72回ゴールデングローブ賞で外国語映画賞を受賞した他、世界中の映画祭で26もの賞を受賞した。

  • 製作:2014年,ロシア
  • 日本公開:2015年10月31日
  • 上映時間:140分
  • 原題:『Leviathan』

予告

あらすじ

海辺の小さな家

明け方、たくさんの船が朽ち果てた静かな入り江。長い橋のすぐ脇に古ぼけた家が建っている。コーリャが祖父の代から住み続けている、温室と彼の仕事場でもあり、ガレージのある小さいながらも居心地の良い家。裁かれるは善人のみ あらすじコーリャは、首都モスクワから遠く離れたこの田舎町で自動車修理工を営んでいる。息子のロマと若く美しい妻リリアの3人家族。ロマは継母であるリリアになかなか心を開かず口答えばかりだ。

裁判

コーリャは市を相手取り訴訟を起こしている。彼の土地を市が収用しようとしているのが不満なのだ。そのために友人の弁護士ディーマをモスクワから呼び寄せた。ヴァディム市長の悪事の証拠を掴んだディーマはこれを使って巧妙に攻めれば勝てる、と言う。裁かれるは善人のみ あらすじ0.27ヘクタール(816.75坪)の土地を市が収用するにあたり、コーリャは土地の買い上げ金額として350万ルーブル(約760万円)を要求した。しかし、裁判所は市が提示した約64万ルーブル(約140万円)を支持した。

しかしディーマは、市長に彼が過去にした悪事の証拠を握っていることを伝え、コーリャの家の件から手を引くように脅し、350万ルーブルを支払うことに同意させる。ディーマが去った後、市長は怒り狂う。

崩壊

市長は、癒着のある判事と検察官と警察官を呼びつけ、策謀を巡らせる。ディーマが生命線を握っている状態では1年後の選挙には勝てない、ヴァディムが市長から退けば判事たちもそれぞれの地位を保つことはできない。なんとか虫けらたちを蹴散らしたい。裁かれるは善人のみ あらすじ落ち着かない市長は、教会の司祭に相談を持ちかけるが、司祭は懺悔でなければ聞きたくない、問題は自分で解決しろ、という。ヴァディム市長は心を決める。

ディーマによって、問題の全ては解決するかに見えた。しかし、家族の気持ちはすれ違い始めていた。この小さな町に留まりたくないリリア、自分のすべてである町から離れたくないコーリャ。摩擦は少しずつ、家族の間に軋みを鳴らす。裁かれるは善人のみ あらすじ悪に身を落としてでも、なりふり構わず目的を成し遂げようとする市長。少しずつ崩れ始めた家族の均衡。裁かれるは善人のみ あらすじ裁かれるは、善人のみ――。

映画を見る前に知っておきたいこと

着想・リヴァイアサン

リヴァイアサン 聖書
開発で村を追われる善人たちの抵抗。この漫画やアニメでよく見る、この分かりやすい対立関係のどこをどうすれば神、自然、国家といった壮大なテーマが表現されるのか。ヒントは、この映画に深く関わった書物にあった。

本作は、アメリカで実際に起きた土地の再開発をめぐる「ギルドーザー事件」をベースに作られた。「ギルドーザー事件」とは、土地の再開発に反対したマービン・ヒーメイヤーという男が、運命に翻弄され、ブルドーザーで市役所、工場、新聞社、市長自宅などを破壊した末に内から溶接された車内で自殺するという悲劇的な事件だった。

その事件と、とある3冊の書物がアンドレイ・ズビャギンツェフ監督に着想を与えた。

無実の罪を問われて財産を奪われた男の物語「ミヒャエル・コールハースの運命」

信仰の厚いヨブという男を試すためにサタンが神をそそのかして命を奪う以外のありとあらゆる不幸を与える旧約聖書「ヨブ記」

人間は自然の状態でおかれたままでは争いを起こしてしまう生き物とし、その混乱状態を避けるために“個人”は“国家”に権利を譲渡し、社会契約を結んだと定義付けたトマス・ホッブズの政治哲学書「リヴァイアサン」

これらの書物から着想を得て、『裁かれるは善人のみ』は普遍的なテーマを内在する衝撃作となった。

原題『Leviathan』が示すとおり、アンドレイ監督にとって、神話上の生物であり海の化身である「リヴァイアサン」はとりわけ重要な意味を持っていたようだ。「ヨブ記」ではヨブを試す“最後の試練”として、トマス・ホッブスの政治哲学書では“国家”の象徴としてタイトルに引用されている。

聖書においてリヴァイアサン(レビヤタン)はどんな武器も通用しない最強の生物として描かれている。

強大な運命の前に、為すすべなく崩壊していく善人たちの慎ましい日常。個人は国家に帰属し、権力によって均衡を保たれる。

そして『ヨブ記』で神がヨブに与えた最後の試練は「リヴァイアサンを捕まえられるか?」だった。しかし、それすらも神の創造物であるとヨブは理解していた。

神とは、人間とは、国家とは、悪とは、そして善人とは。

ロシア映画

我々日本人にはあまり馴染みのないロシア映画。最近の公開作品では『草原の実験』、『神々のたそがれ』に特に目立ったインパクトを受けた。

ロシア映画は、ハリウッド映画には無い卑近なリアリティを持ちながらも、芸術的で壮大な映像美を湛える作品が多い。そして壮大で美しくも冷たく、張り詰めた空気感を、ゆっくりとした時間の中に宿している。

広大で過酷な自然を有する土地柄のせいか、それとも革命を繰り返した社会主義のお国柄のせいか。現代において、映画ほど各国の文化が色濃く反映される芸術も他にない。

『裁かれるは善人のみ』は、2015年のロシアを代表する映画と思って見ても差し支えないだろう。そういう視点もまた面白い。

-ヒューマンドラマ, 洋画
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