日本の恋愛小説のような恋に憧れる奥手な女性が、奇妙な殺人事件に巻き込まれるファンタジックコメディ。日本に古くから伝わる「九尾の妖狐伝説」にインスピレーションを受けたコメディで、日本の歌謡歌手の幽霊まで登場し、作中では日本語の歌謡曲がガンガン流れる、我々日本人からすれば何とも珍妙な映画である。
監督はハンガリーのCMディレクター、ウッイ・メーサーロシュ・カーロイ。短編作品は数あるが、本作が長編デビュー作となる。本国ハンガリーではハリウッドの大作と並ぶ大ヒットを果たした。
ファンタジー作品を対象とする世界三大ファンタスティック映画祭のうち、第35回ポルト国際映画祭でグランプリ、第33回ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭で審査員&観客賞を受賞した。日本では『牝狐リザ』というタイトルで大阪アジアン映画祭などで上映され、大絶賛を受けた。
- 製作:2014年,ハンガリー
- 日本公開:2015年12月19日
- 上映時間:98分
- 原題:『Liza, a rokatunder』
Contents
- 1 予告
- 2
あらすじ
- 2.1 日本の恋愛小説のような恋を
- 2.2 マルタ死す
- 2.3 リザと恋人たち
- 2.4 リザとゾルタン刑事
- 3 映画を見る前に知っておきたいこと
予告
あらすじ
日本の恋愛小説のような恋を
元日本大使の未亡人マルタの家で、専属の看護師として12年間住み込みで働いているリザ30歳。そんなリザの心のよりどころは日本の恋愛小説と、唯一の友達である日本人歌手の幽霊トミー谷。いつか日本の恋愛小説のような甘い恋をしてみたいと夢を見ているリザは、30歳の誕生日に2時間だけ外出する許可をもらう。彼女なりに精一杯おしゃれをして、街に繰り出す。その様子を、トミー谷は寂しそうに見つめているが、そんなことはおかまいなしだ。
街では憧れのメック・バーガーで、ハンバーガーに思いっきりかぶりつく。傍らではカップルが、愛をささやきあっている。リザにはそう見えるのだ。
マルタ死す
リザが出かけたマルタの家では、トミー谷がマルタのそばに寂しそうに座っている。マルタがふとクッキーの缶に手を伸ばと・・・マルタの巨体はベッドからものすごい勢いで転落、そのまま帰らぬ人となってしまった。
マルタの死後、親族はマルタの家にある金目のものを全て持ち去ってしまった。親族はリザにマルタの貯金がどこにあるのかと詰め寄るが、何も答えられないリザ。その様子から、リザがマルタを貯金目当てに殺したのではないかと警察に訴えるのだった。悲しむ間もなく警察に嫌疑の目を向けられ、茫然とするリザ。この事件の捜査は、地方から転勤してきたばかりの刑事ゾルタンが任されることになった。
リザと恋人たち
マルタのいなくなった家に、リザは一人で住むことになった。時間的にも自由が出来たリザは、改めて小説のような恋愛を求めて出会いを探すのだが、出会う人は個性的な男性ばかり。
「鯉のメープルシロップ煮」なんて想像しただけで吐きそうな料理を好む味音痴の男、棚に閉じこもらないと落ち着かない妙な癖を持った男、趣味もクソも何もない女と見れば誰にでも近づく好色男子・・・。
それでも・・・!と、恋に火がつきそうになった瞬間、男たちにはキツネの影が忍び寄る。そしてリザと恋仲になる男性はことごとく命を落としてしまうのだった。これには警察も黙っていない。リザの疑いはますます深まってしまう。
リザとゾルタン刑事
そんな中、リザは貯金を男に貢いですっかり使い果たしてしまい、下宿を経営することを思いつく。そこに丁度良く収まったのがゾルタン刑事だった。
こうしてゾルタン刑事は、いよいよ近くでリザの生活を見ているうちに殺人の影など全くないと気付き始める。いつしか彼のリザを見る目は、疑惑の目から温かく見守る眼差しへと変わっていた。
しかし、それを快く思わない人物が居た。日本人歌手の幽霊、トミー谷だ。彼の心は、リザを何としても渡すまいとする嫉妬の炎に燃え上がっていた。
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映画を見る前に知っておきたいこと
メーサーロシュ監督
予告映画をチラっとでも観た人は大方想像がついていると思うが、ウッイ・メーサーロシュ・カーロイ監督がどうやら日本のファンらしい。映画はもちろん、純文学、Jポップなども嗜むと言うのだから筋金入りだ。
そもそもこの話は、メーサーロシュ監督が短編の映画祭に参加する為に来日した際、日本に古くから伝わる「九尾の狐伝説」を知って思いついたという。それならそれでサスペンスやミステリーなりを作ってしまおうかというものだが、結局コメディにジャンル分けされているのが面白い。
「九尾の狐伝説」がどうしたらこんな面白幽霊ドタバタ殺人劇場になるのか。これはもうどう考えても監督の頭がファンタジーだとしか言いようがない。
一応、主人公は日本小説にあるような甘い恋愛を夢見ているのだが、次々と変死していく恋人にミステリーの要素が、予告動画にはどう考えてもコメディの要素がある。
本作のようなジャンル全部入りみたいなよく分からない映画で、何かしら権威のある賞を受賞している作品はハズしがない。気がする。
ちなみに、作中の日本語の楽曲は日本のどっかの歌謡曲ではなく、全て現地ハンガリーで作詞作曲されたものだ。
そう思って聴くとほんとに感心する。妙な話だが、日本語英語がうますぎて笑う。
Erik Sumo & The Fox-Fairies – ダンスダンス☆ハバグッタイム
こちらはリザが歌うラブソング。日本でも普通に売れそう。
Erik Sumo & The Fox-Fairies feat. Liza – Forever (My Love)
監督の頭がファンタジーな理由
日本人にとっては「ワケわかんねえ(笑)」と思われるメーサーロシュ監督のファンタジーな頭の中だが、公式サイトのとある文章を読んでえらく得心がいった。
第二次世界大戦後から90年代直前まで社会主義だったハンガリー。共産主義とも言える環境の中で幼少期を過ごした監督にとって、70年代のブダペストを舞台に『リザとキツネと恋する死者たち』を描くのは、抑圧された生活の中で見られる、人々の“隠された虚しい夢”を描くことでもあった。
もちろん実際の70年代のハンガリーに、劇中登場するメック・バーガーも雑誌のコスモポリタンもない。だが、小説や人々の声を通して、それらに盲目的に憧れるリザを描くことによって、当時のハンガリー人が持っていた資本主義への純粋で滑稽な憧れが見えてくる。
まさにこれが共産主義の中で幼少期を過ごしたハンガリー人として、メーサーロシュ監督がこの作品に込めたかったメッセージだ。重くなりそうなメッセージを、今やハンガリーで超売れっ子のCMディレクターでもある監督が、ちょっと不思議な恋愛映画へと昇華させ、ハンガリーでハリウッド映画に混じり驚愕の大ヒットを記録したのである。
引用:公式サイトより
つまり、この作品の夢と現実とのぶっ飛んだコントラストは、ハンガリー人ならではのセンスだったのだ。
普通に見ても十分に面白いと思うが、そんなハンガリーの人々の憧れに思いを馳せながら観るのもまた違う味で面白いかも知れない。
ファンタスポルト
本作はポルトガルの北部の港湾都市ポルトで行われる、ポルト国際映画祭グランプリを受賞した作品だ。というわけで最後に、アカデミーやカンヌと比べると全く聞き慣れない、ポルト国際映画祭について少し触れておこうと思う。
「ファンタスポルト(Fantasporto)」の愛称で親しまれるこの映画祭は、文字通りファンタジー作品を対象とする国際映画祭である。
シッチェス・カタロニア国際映画祭、ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭と並び、世界三大ファンタスティック映画祭のひとつだが、ポルト国際映画祭グランプリはFIAPF(国際映画製作者連盟)公認の映画祭ではない。
過去の受賞暦を見てみると、ジャウマ・バラゲロ監督の『REC/レック』、ヴィンチェンゾ・ナタリ監督の『CUBE』、フィリップリドリー監督の『ハートレス』など、ちょっと実験的なB級臭い作品が多い。一部にカルト的な人気を持つ監督が良く名を連ねている。
余談だが、昨年のグランプリ受賞作品は日本人であるSABU監督の『Miss ZOMBIE』。1982年の創設以来、日本映画初となる快挙となった。
しかし、日本ではFIAPF公認であるシッチェス・カタロニア国際映画祭の方が権威も馴染みもあるようで、そちらの方ではグランプリを受賞した北野武の『座頭一』をはじめ、日本人の各賞の受賞者もそこそこいる。
世界三大ファンタスティック映画祭はカンヌ、ベネツィア、ベルリンの世界三大映画祭よりも力の抜けた、日本にとっては少しマニアックな娯楽映画に偏った映画祭だ。
映画好きの中には、世界三大映画祭よりも世界三大ファンタスティック映画祭に重きを置く人も少なくない。