映画を観る前に知っておきたいこと

ロルナの祈り
ダルデンヌ兄弟が初めて描く愛の物語

投稿日:2017年2月24日 更新日:

ロルナの祈り

この愛だけを、私は信じる。

 アルバニア移民のロルナはベルギー国籍を得るため、麻薬に溺れた青年クローディと偽りの結婚をする。それは命を奪う犯罪と命を守る愛の始まりだった。

 これまでに『ロゼッタ』(99)と『ある子供』(05)の2作品でカンヌ国際映画祭のパルム・ドールに輝いてきたベルギーの名匠ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ。本作では脚本賞を受賞した驚くべき構成によって、誰も観たことがないような愛の描き方を実践する。また、音楽を使わないことで知られるこの監督が、エンドロールでベートーヴェンのピアノ・ソナタをバックに、初めて観客の余韻を誘ったのも印象的だ。

 主人公ロルナを演じたのは、アルバニアと関係の深い隣国コソボ共和国出身の女優アルタ・ドブロシ。愛と罪悪感の狭間で揺れ動くヒロインの繊細な感情を、時に大胆な演技を交えながら表現してみせる。また、ダルデンヌ作品の常連俳優ジェレミー・レニエがハリウッド顔負けの激痩せ芸で、悲惨な麻薬中毒者クローディを熱演する。

予告

あらすじ

 ベルギーでの幸福な暮らしを夢見てアルバニアからやってきたロルナ(アルタ・ドブロシ)。彼女はベルギー国籍を得るため、闇ブローカーのファビオ(ファブリツィオ・ロンギオーヌ)の手引きで、麻薬中毒の青年クローディ(ジェレミー・レニエ)と偽装結婚していた。

ロルナの祈り

 ファビオの計画は、ロルナが国籍を取得したらまずクローディを殺し、国籍を必要とするロシア人と再び彼女を結婚させ大金を得ようというものだった。そして、ロルナも恋人ソコル(アウバン・ウカイ)とバーを開くという夢のため、この残酷な計画に加担していく。

ロルナの祈り

 何も知らないクローディは偽りの結婚生活の中でもロルナを慕い、彼女を1日の生きる目標に麻薬を絶とうともがいていた。そんなクローディに対して罪の意識が芽生え始めたロルナは、彼を殺さずに離婚する方法を探し始めるが……

映画を観る前に知っておきたいこと

 かつて“欧州の最貧国”と呼ばれたロルナの祖国アルバニア。第二次世界大戦後の独裁者エンヴェル・ホッジャによる前近代的な鎖国政策に国は困窮し、国外への渡航が厳しく制限された国民は完全に逃げ場を失っていった。1985年にホッジャが亡くなると、ようやくアルバニアは長い圧政から解放される。そこから国民の多くが自由と職を求めて出稼ぎ移民となり、現在でもロルナのように西欧諸国を目指すアルバニア移民は後を絶たないという。

 アルバニア移民が主に流れ込んだと言われるイタリアやギリシャ。また、映画の舞台となっているベルギーでも、観光ビザで入国した移民労働者が定職に就くことはできない。しかし、それでも自国より稼げてしまう無情なまでの格差が、彼らに何とか滞在できる手段を模索させる。そんな中、ほぼ無条件で滞在が許可される方法が、移住先の国籍を得ること。つまりは偽装結婚というわけだ。

 こうしたヨーロッパの移民問題を背景に持つ『ロルナの祈り』は、社会問題を織り交ぜた独特のヒューマンドラマを持ち味とするダルデンヌ作品の中にあって、ひときわ社会派映画としての存在感を放つ。それでいて、あのダルデンヌ兄弟が初めて男女の愛について言及した作品でもある。移民問題をベースにしたリアリティを、どこか幻想的な空気で包み込んでいく革新的なラブストーリーは、彼らの新境地と呼ぶに相応しいだろう。

革新的ラブストーリー

ロルナの祈り

 ベルギー国籍が欲しいロルナにとって、麻薬中毒者のクローディはまさに理想の結婚相手だった。彼が麻薬ですぐにでも死んでくれれば、不自然な離婚を疑われることもない。アルバニア移民としての得難い理想が、ロルナに大事な何かを見失わせていく。一方、クローディの状況はさらに深刻だ。もはや自らの力で麻薬を断つことが困難な彼は、そんな残酷な計画など知る由もなくロルナに助けを求めた。

 クローディの生命が脅かされる事態に緊迫感が漲る中、ロルナの変化によって映画はゆっくりと愛を紡ぎ始める。偽りの妻としてクローディの命運を握る彼女の中に芽生えた感情。始まりは、自分を頼るしかない哀れな男に向けられた同情だった。それでもロルナとの距離が近づくに連れ、クローディは麻薬を遠ざける。次第に健やかさを取り戻していく青年の姿には、ロルナと同じく観客もまた安堵させられるだろう。

 二人の愛の行方を描き切るかに見えた物語は、中盤にして一つのラブストーリーを語り終えてしまう。細やかな幸福を感じさせる二人の姿を最後に、映画は唐突にクローディのいなくなった世界で、ロルナの物語だけが続いていくことになる。一度は自分も加担した犯罪計画からクローディの命を守れなかったことに、やがて罪の意識を感じ始めるロルナ。赦されたいと願う彼女の祈りのような感情は、もはやラブストーリーとはかけ離れたものだ。

 クローディに対する愛情と贖罪を抱えてロルナは一体どこに向かうのか。まるで御伽話のような結末によって、僕たちの想像力は大いに試される。しかし、複雑怪奇なメッセージが投げかけられる一方で、一つの愛が失われることなくロルナの中に存在し続けているという事実が、この映画を前半の切ないラブストーリーに回帰させていく。厳しい現実の中で初めて笑い合ったロルナとクローディの姿が、いつまでも心に痛い。

-ヒューマンドラマ, ラブストーリー
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