映画を観る前に知っておきたいこと

ムーンライト
時代が必要とした本物の映画

投稿日:2016年12月14日 更新日:

ムーンライト

これは最も美しい人生についての物語

まだ子供だった頃、息の詰まるような小さな世界で、自分を覆い隠すように生き、そして大人になった……

新鋭監督バリー・ジェンキンスが長編2作目にして、2017年アカデミー賞作品賞を始め、世界中で150もの映画賞を総ナメにした珠玉のヒューマンドラマ。人種、セクシャリティ、貧困、麻薬、いじめ、虐待……多くの傷を抱える黒人男性が、逆境の中で自我に目覚め、強く生きようとする姿を幼少期、青年期、成人期の三部構成で描き出す。

それぞれの時代の主人公をアレックス・ヒバート、アシュトン・サンダース、トレヴァンテ・ローズの3人が演じ、身体的な特徴が異なる彼らは演技だけで、その成長を自然に表現する。

予告

あらすじ

マイアミの貧困地域で暮らす内気で引っ込み思案な少年シャロン(アレックス・R・ヒバート)。学校では“オカマ”といじめられ、麻薬常習者の母ポーラ(ナオミ・ハリス)からも見放された彼にとって、唯一の友達はケヴィン(ジェイデン・パイナー)だけだった。

ムーンライト

© 2016 A24 Distribution, LLC

高校生になってもシャロン(アシュトン・サンダース)の日常は何も変わらなかった。相変わらずいじめられ、母親の薬物依存は以前より深刻だ。いつしかシャロンは同性のケヴィンに対して友情以上の感情を抱くようになっていたが、それは黒人コミュニティでは決して受け入れられないことを彼は分かっていた。

ムーンライト

© 2016 A24 Distribution, LLC

ある夜、ケヴィンはシャロンを訪ねて、彼の家近くにあるビーチを訪れた。二人はマリファナを吸いながら人生の野望を語り合い、月明かりが輝く浜辺で初めてお互いの心に触れる……

映画を観る前に知っておきたいこと

劇作家タレル・アルビン・マクレイニーの半自伝的な戯曲を映画化した本作は、黒人社会の中でゲイとして生きていくことの辛さをリアルに映し出す。ただ、その痛みを日本人が本当の意味で知ることはできないかもしれない。

しかし、セクシャル・マイノリティに対する偏見や人種差別というテーマを持つこの映画は、不思議と僕たちの感情移入を誘う。

黒人社会をゲイとして生きるということ

映画の舞台となったのは、原作者マクレイニーと監督バリー・ジェンキンスが、それぞれの少年時代を過ごした町リバティー・シティ。フロリダ南部で最もアフリカ系アメリカ人が集中するこの町は、現在も麻薬やギャング犯罪が絶えない危険な地域として知られ、粗野で乱雑な町の状態は、黒人社会の特徴をよく表している。

長い人種差別の歴史において、黒人男性は成長過程で自身を強化し、己の脆さを隠すことで、差別の脅威に対して防壁を築いてきた。その結果、男性らしさや暴力性を重要視する若者が増え、いつしか黒人社会は弱さを受け入れる余地をなくしてしまったのだ。

この社会の中に、ゲイとして居場所を求めることはあまりにも困難と言える。

人生についての物語

ムーンライト

© 2016 A24 Distribution, LLC

主人公の成長を3つの時代から断片的に綴ったこの映画は、自分がまだ何者かも分からない幼少期から始まり、自身が同性愛者だと気づく青年期、そして自らの運命と向き合う成人期で幕を降ろす。ジェンキンス監督はこの大胆な三部構成を使い、シャロンに過去の想いを去来させることで、まるで人生のような物語を作り上げた。

まだ10代だった頃、シャロンが同性の友人ケヴィンに抱いた特別な感情。それは次の章でシャロンが大人になった時、人生の後悔や初恋のような切なさを残し、誰かを愛した記憶となる。つまり、僕たちとは全く異なる境遇にあるシャロンの感情を、誰もが持つ人生経験として語っているのである。

そして、エモーショナルな映像と音楽によって切り取られた人生の瞬間瞬間は、それだけで人間の価値を肯定するかのように美しい。だからこそ、僕たちもシャロンと自分の人生を重ね合わせたくなるのだ。

映画の主人公と自分自身が親密に結びつく稀有な体験。これこそが、僕たちが映画を観る理由なのではないだろうか。

あとがき

世界中の賞レースを席巻し、圧倒的評価を得ていた『ラ・ラ・ランド』を押さえてのアカデミー作品賞受賞という結果は、時代がこの映画を欲したことを一つ物語っている。トランプ大統領の移民入国制限によって、人種差別に関する議論が最高潮を迎えている今だからこそ、弱者のアイデンティティを代弁できる『ムーンライト』のような映画が求められたのだ。

映画史でも稀に見る叙情的なラスト。そこに横たわる静かな衝撃は、“他者の言葉に耳を傾けること”の大切さを優しく問いかけてくれる。

-ヒューマンドラマ
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