映画を観る前に知っておきたいこと

ニーゼと光のアトリエ
愛と芸術で心を癒した女医の真実の物語

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ニーゼと光のアトリエ

わたしの武器は、愛と絵筆

アイスピックが最新の治療道具として使われた時代、ニーゼが選んだ武器は絵筆だった。

1940年代、精神病院で患者に対する暴力やショック療法が日常的に行われていた時代を背景に、画期的な改革に挑んだ実在の女性精神科医ニーゼ・ダ・シルヴェイラの闘いを映す。

監督であるホベルト・ベリネールは、彼女の功績の重要性と扱うテーマの重さに使命感を感じ、何度も脚本を見直しながらひとつの物語にまとめてみせた。13年の月日をかけて……

2015年東京国際映画祭グランプリ&最優秀女優賞W受賞作品。

予告

あらすじ

1943年、郊外の病院からリオデジャネイロに戻ってきたニーゼはペドロ2世病院の門を叩いた。そこで同僚の医師が行う電気ショック療法で患者が絶叫する姿を目の当たりにした彼女は大きなショックを受ける。

ニーゼと光のアトリエ

© TvZero

暴力的な治療行為に異を唱えた彼女は作業療法の担当を命じられる。そこは実質、壊れたものの修理やトイレ掃除など、患者たちを働かせる担当部署だった。そんな冷遇にも怯まず、ニーゼは荒れ果てた病室を快適な場所に変えていこうと奮闘する。

ニーゼと光のアトリエ

© TvZero

ある日、ニーゼは患者が自由に絵の具を使ってアートに親しむアトリエを開くことを思いつく。やがて患者たちの心に少しずつ変化が起こりはじめるが……

映画を観る前に知っておきたいこと

現代において精神病患者の人権を尊重するのは当然のことであるが、映画の中にはそこに辿り着くまでの歴史的に重要な一歩が記されている。

ブラジル映画として自国ではリオデジャネイロ国際映画祭で観客賞を受賞した本作を、高く評価したもうひとつの映画祭が東京国際映画祭だった。

しかし、実在するニーゼという女性精神科医は決して広く知られる人物ではない。日本では同映画祭が彼女の功績を伝える大きな役割を担ったのである。

時代背景(悪魔の手術)

映画の舞台となっている1940年代当時、精神疾患の画期的な治療法とされていた手術があった。それは多くの患者を廃人同様にし、時にはその命まで奪ったロボトミー手術である。

日本では、人間をまるでロボットのようにしてしまうことからロボトミーと誤認されていることも多いようだが、実際は医学用語でlobeは葉、すなわち前頭葉を指す。こうした誤った認識が広まるほど、ロボトミーの存在を知った人が同じようなショックを受けたということなのだろう。

精神疾患の原因は前頭葉にあるという説は今でも信じられているが、ロボトミーは頭蓋に直接アイスピックを打ち込み前頭葉の神経繊維を切断するというあまりに危険なものだった。しかもこの手術は、ほぼ医師の勘頼みで施術されていた上、患者の同意がないまま行われた例も多い。

精神疾患に対してある一定の成果が得られたとされる一方で、さらなる精神障害や感情鈍麻を生み、あの『カッコーの巣の上で』(75)の主人公のように言語を失い正常な思考もできなくなるという症状が多く報告されたことから別名“悪魔の手術”とも呼ばれている。

1950年代に入るとロボトミーを非人道的な手術と考える動きが現れ、被害者や医学会からも反対の声が上がりはじめた。日本では1975年にようやくロボトミーの廃止が宣言されている。

ロボトミーとノーベル賞

1949年、初めて人の前頭葉を切除したポルトガルの神経科医エガス・モニスにノーベル生理学・医学賞が与えられている。その後、ロボトミーによって廃人状態になってしまった患者の家族を中心に、このノーベル賞取り消しを求める運動が起こったが、ノーベル賞委員会は取り合おうとはしなかった。

ロボトミーを誤った医療とするかは非常に難しい問題である。

施術後、精神病患者が無気力になったとされる一方で、その症状が軽い場合には感情が穏やかになった成功例として報告されているからだ。

また、当時はこの難病に立ち向かう唯一の術であったのも事実である。神経科医モニスも医療の発展にその身を捧げた一人であることは否定できない。

ただ、ロボトミーを医学的な見地からではなく、道徳的な観点から考えると誤った歴史であると断言できる。

当時、その副作用のリスクを無視して多くの手術が行われたこと、患者の同意を得ずに施術した事例が多く報告されていることからロボトミーは人体実験に近い医療行為とも言われている。

映画はロボトミーを主題にしているわけではないが、ここに描かれている精神病患者の扱いを見れば問題の本質がわかる。

そしてロボトミーとは対極にある、ニーゼの芸術療法もまた先進的な医療のひとつだったのだ。

-ヒューマンドラマ, 伝記, 洋画
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