映画を観る前に知っておきたいこと

【オマールの壁】パレスチナ問題の渦中を生きる、普通の若者の苦難と葛藤

投稿日:2016年3月5日 更新日:

オマールの壁

イスラエル・パレスチナ問題の緊張化を生きる若者たちの現実を、サスペンスフルに描いたフィクションドラマ。

パレスチナからイスラエルへの“自爆テロ”を、自爆する側の視点からとらえた問題作『パラダイス・ナウ』のハニ・アブ・アサド監督最新作だ。今回は、分離壁によって阻まれたパレスチナの等身大の若者の姿を追いかけた。

資本、スタッフ、撮影地、全てが100%パレスチナ。本作はフィクションだが、まるでドキュメンタリーを見ているかのようなリアリティで描かれている。

第66回カンヌ国際映画祭、ある視点部門審査員賞受賞作品。

「これは占領下に閉じ込められ、厳しい状況に直面した愛についての映画なのだ」

監督:ハニ・アブ・アサド

  • 製作:2013年,パレスチナ
  • 日本公開:2016年4月16日
  • 上映時間:97分
  • 原題:『Omar』

予告

あらすじ

パレスチナに住む真面目で思慮深いパン職人、オマール。町を二つに隔てる分離壁の向こう側には、ナディアという恋人がいる。
omar3彼は監視塔の目を盗んでは壁を乗り越え、ナディアのもとに通っていた。

町の占領状態はもう長い。そこに住まう人には人権などない。ましてや自由の二文字など憧れても遥かに遠い、自分とは関係のないものになりつつある。
omar2そんな日々を変えたいと、オマールは仲間たちと立ち上がるが、ついにはイスラエル兵殺害容疑で捕らえられてしまう。

秘密警察による拷問を受け、究極の二択を迫られるオマール。

一生を囚われの身として終えるか、仲間を売って裏切り者として生きていくか―。

彼の選択は、思いもよらなかった運命を引き寄せることになる。

映画を見る前に知っておきたいこと

感情と戦争

戦争が起こっている。人情や優しさを排除した力だけが物を言う世界。

過去、戦争を生きる人のドラマはあらゆる場所で制作され、人々の感動を誘ってきた。

しかし、映画の中のそれはどこか遠くの国の出来事。はるか昔の出来事。どんなドラマを見ても、僕は「自分たちとは関係のないフィクションの世界」という感覚をどうしても拭えずにいる。

分からないのだ。

戦争を生きるということがどういうことなのか。

もしこれから日本が戦争に巻き込まれたとして、その時、僕らの生きようとする意志は、一体何と戦うのか。

主人公と世代が近いというのもあってだろうか。『オマールの壁』にはその答えがあるような気がしている。

公式サイトには、この映画を配給しているUPLINKの代表、浅井隆氏のコメントが掲載されている。

言葉もでない、涙もでない、感動を超えた何かの痕が心に刻まれる。
アップリンク設立29年。今、この映画を観てほしい。
世界を均質化する力と闘うために。

──アップリンク代表 浅井隆 公式サイトより

言葉もでない、涙もでない、感動でもない何か。

それは、僕らが今戦っている“何か”へ向けて、燻らせ続けてきた真実なのかもしれない。
オマールの壁

イスラエル・パレスチナ問題

日本に届く報道を見ていると、「戦争なんて止めればいいのに」と思われながら見られているだろう。

しかし、イスラエル・パレスチナの問題は、実は非常に根が深い。なぜ問題がこれほど深刻化しているのか、事の発端はなんと紀元前にまで遡る。

この問題の歴史的な背景を知っておくと、映画の見方に深みが加わると思うので解説させてほしい。少々長くなってしまうが、『オマールの壁』に興味がある人にはぜひ読んでもらいたい。

Click イスラエル・パレスチナ問題の歴史

古代~侵略の歴史

その時代のイスラエルにはユダヤ人たちがイスラエル王国として治めていた。

地図を見ると分かりやすいが、イスラエル王国はアジア、ヨーロッパ、北アフリカの交流の中心地とも言える場所にある。

イスラエル 場所

経済的にも戦略的にも重要な地理にあるイスラエルを、周辺諸国は喉から手が出るほど欲しかった。

この王国が完全に滅亡したのは紀元前586年に新バビロニアによる侵略だった。続いてローマ帝国によって征服され、イスラエル王国に住んでいたユダヤ教のユダヤ人たちはこの地を追われることになる。その後、ローマ帝国の支配下の中で、この地からキリスト教が生まれる。

そして614年にはペルシャ、636年にはイスラム帝国によって占拠される。この頃からアラブ人が移住してくるようになり、彼らはイスラム教徒になっていく。

11世紀後半には、キリスト教徒による聖地奪還が試みられるが失敗に終わった。(十字軍遠征)

こうしてこの地はユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教の聖地になった。この侵略の歴史が、現代の問題に尾を引きずることとなる。

中世~オスマン帝国

オスマン帝国16世紀からはイスラム教のオスマン帝国がこの地域を支配した。以降400年に渡る長い間、この地はオスマン帝国はの支配化におかれることになり、彼らはこの地をパレスチナと呼ぶようになる。

そこへ国を亡くした民、ユダヤ人が帰ってくる。勤勉で優秀な彼らはあらゆる分野で大成していくが、各地で妬みやっかみによる迫害を受け、パレスチナに戻る人が多く現れたのだ。

すでにこの地にはアラブ人が住んでいたが、多少の衝突はありながらも、両民族はオスマン帝国支配化で比較的穏やかな関係を保っていたようだ。

近代~第一次世界大戦

そして近代に入り、第一次世界大戦が勃発。オスマン帝国はロシア、イギリス、フランスと対立する。

イギリスはオスマン帝国の弱体化を狙ってとんでもない約束を取り付けてしまう。

オスマン帝国の支配下にあったアラブ人、ユダヤ人の両民族に、イギリスに協力すればそれぞれの独立国家を作るのに協力すると言い出したのだ。(1915年フセイン・マクマホン協定、1917年バルフォア宣言)。

これが、現在に至るまでユダヤ人とアラブ人の関係をこじらせる大きな要因となったことは否めない。しかし終戦後、イギリスはパレスチナを委任統治領として支配し、結局どちらも裏切る結果となった。

イギリスによる委任統治領は、若干ユダヤ人を優遇していたこともあって、その後少しずつにユダヤ人が増え始める。

そこにきて1930年頃のドイツによる徹底的なユダヤ人迫害が行われる。そして四国ほどの広さの狭いパレスチナに、年間20万人ものユダヤ人が流れてくるという事態を引き起こした。

方やアラブ人の方は、イギリスのユダヤ人びいきの統治と自分たちが住んでいた場所にどんどんユダヤ人が増えていくことに不満を募らせていく。

こうして、両民族の対立は激化の一途を辿ることになる。

現代~パレスチナ・イスラエル問題

イスラエル パレスチナ 問題一応イギリス側も「ユダヤとアラブで仲良く土地を分けよう」という提案をするも、アラブ人からしてみると、突然やってきて国を分けろというのも腑に落ちない話で、当然ながら丸無視される。

結局、激化するユダヤ・アラブの対立にイギリス側も匙を投げ、パレスチナの問題は国連預かりとなる。

国連の出した結論は、イギリスと同じ「パレスチナ分割案」。しかし、この分割案は暮らしやすい豊かな地域をユダヤ人に、荒地をアラブ人にという不公平なものだった。

これにはアメリカの後押しがあったといわれている。

というのも、国連でも大きな力を持つアメリカには、ユダヤロビーと呼ばれる政治的な影響力の強いユダヤ人たちが暮らしている。当時のアメリカは大統領選を控えていて、このユダヤロビーたちの支持を集める為にユダヤ人を優遇したのではないか、という見方が有力だ。

こうして、この国連の出した分割案にそって1948年にユダヤ人によるイスラエル国が建国、独立宣言されることになった。

しかし、そんなものをアラブ人たちが黙って認めるはずもなく、周辺のアラブ諸国力を借りて第一次中東戦争(パレスチナ戦争)を起こす。

この戦争はアメリカの支援によってイスラエルが勝利。分割案でパレスチナ領となるはずだった場所もイスラエルが持っていき、協力国であったエジプトやヨルダンにまで支配領域を広げられる結果となった。

踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂である。

しかし、1967年の戦闘によってエジプトとヨルダンが支配していた地域もイスラエルが占拠。国連側は「一応そこパレスチナの領土なんだけど・・・」と撤兵勧告を出すも、聞き入れられるはずも無く・・・。

こうして、問題は周辺諸国を巻き込んで経済的に、政治的にどんどん複雑化していく。

パレスチナの分離壁

イスラエル パレスチナ 分離壁最後に、『オマールの壁』の物語の中心となった分離壁、これがどういうものなのかを解説しておこうと思う。

表向きはイスラエル政府による「セキュリティ・フェンス」という名目で、パレスチナ人による自爆テロ防止の大義名分のもとに建設された。

実際に対自爆テロの成果は凄まじく、完成前の2002年には自爆テロ47件、犠牲者238人が出ているのに対して、2008年には自爆テロ2件、犠牲者1名にまで抑えることに成功している。

しかし、分離壁はグリーンライン(1949年のパレスチナ戦争の停戦ライン)よりも内側に入り込んでおり、入植地をイスラエルの支配地域とするための既成事実を作るのが本当の目的だとも言われている。

さらに、分離壁はパレスチナ人の生活区域を貫いており、住民の生活に無視できない影響を与えていることから、国際的には違法、不当だという非難が集まっている。

-4月公開, ヒューマンドラマ, 戦争, 洋画
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