映画を観る前に知っておきたいこと

【オーバー・フェンス】美しく壊れかけた男と女の物語

投稿日:2016年9月7日 更新日:

オーバー・フェンス

誰もがその場所から飛び立てるのを信じてたー

生涯で芥川賞に5度もノミネートされながら、ついに受賞できないまま1990年にこの世を去った孤高の作家・佐藤泰志。彼の原作「オーバー・フェンス」(85)「そこのみにて光輝く」(89)「海炭市叙景」(91)を映画化するプロジェクト”函館3部”ついに最終章。「オーバー・フェンス」は、彼が作家活動を挫折し、職業訓練校に通っていた自身の実体験を基に執筆されている。

美しく壊れかけた男と女の物語。彼らがフェンスの先に見つけるものは……?

予告

あらすじ

家庭をかえりみなかった男・白岩は妻に見限られ、東京から故郷の函館に戻った。実家には一切顔を出さなかった。職業訓練校通いの失業保険暮らし。毎日、訓練校とアパートの往復を繰り返すのみ。2本の缶ビールとコンビニ弁当、惰性の日々だった。
オーバー・フェンス

© 2016「オーバー・フェンス」製作委員会

白岩は日々に楽しみを見出すこともなく、ただ働いて死ぬだけ、本気でそう思っていた。
オーバー・フェンス

© 2016「オーバー・フェンス」製作委員会

ある日、白岩は同じ職業訓練校に通う仲間・代島にキャバクラへ連れて行かれた。鳥の動きを真似る風変りなホステスと出会う。彼女の名前は聡(さとし)。
オーバー・フェンス

© 2016「オーバー・フェンス」製作委員会

 

「名前で苦労したけど親のこと悪く言わないで、頭悪いだけだから。」

オーバー・フェンス

© 2016「オーバー・フェンス」製作委員会

そんな風に話す彼女の危うさに白岩は急速に強く惹かれていく。自由と苦悶の間でもがく女の一途な魂に触れることで、男の鬱屈した心象は徐々に変化しはじめる。それでもままならない時間を過ごすしかない一組の男女。そして孤独と絶望しか知らなかった男たち……

映画を観る前に知っておきたいこと

今は亡き函館出身の作家・佐藤泰志について紹介しています。彼を知ることで映画がより感慨深い作品になると思います。また、彼の作品を映画化するプロジェクト”函館3部”や、過去の2作品についても簡単に解説しておきます。

原作者・佐藤泰志

佐藤泰志

© 『書くことの重さ~作家 佐藤泰志』

原稿用紙の升目一杯に書方れた独特の大きな文字。暗く、重い中に青春の煌めきと苦悩が多くの人を魅了した作家である。短編小説を得意とし、そのキャリアで5度の芥川賞候補、そして三島由紀夫賞候補となりながら受賞には至らなかった。

彼は長い間、自律神経失調症に悩まされ、1990年に故郷の函館から遠く離れた東京の自宅近くの植木畑で首を吊った。41歳であった。死後、全作品が絶版となっていたが、2007年の「佐藤泰志作品集」発刊を機に彼を再評価する動きが起こっている。

今でも故郷・函館で愛されており、”函館3部”と銘打たれた佐藤泰志作品を映画化するプロジェクトは市民の協力により成り立っている。そして過去2作の映画は多くの映画賞を受賞するに至っている。

「佐藤泰志の小説の息づかいは、少し荒い。せわしなさとはちがうし、急ぎはしないけれど、軽快で、しかも苦しい。苦しいのに、プラネタリウムのような、弱い光の筋が遠くに見えている。存在の奥深くに根を張った焦りとでも言うべきか、それが短い文章の積み重ねによって精確に表現されているのだ。」

作家 堀江敏幸

© 『海炭市叙景』公式サイト

“函館3部”とは?

“函館3部”の最終章とされる本作だが、これは函館出身の作家・佐藤泰志の作品を映画化するプロジェクトの名称であり、3つの原作が三部作として執筆されたわけでない。それぞれが独立したストーリーであり、続編ではないので、キャストや単純な興味から映画に入っても問題ない。

2010年に熊切和嘉監督の『海炭市叙景』を皮切りに、2014年に呉美保監督の『そこのみにて光輝く』、そして山下敦弘監督の『オーバー・フェンス』と、日本の気鋭監督たちの手によって佐藤泰志の作品が映画化された”函館3部”。『海炭市叙景』は函館を模した架空の街、海炭市を舞台に描かれているが、後の2作は函館の物語であり、”函館3部”はすべて函館で撮られている。

また、このプロジェクトで欠かせなかったのが函館市民の協力だった。地元の作家である佐藤泰志の作品が映画化されることを望む多くの函館市民の大規模な募金活動に支えられた。

『海炭市叙景』

海炭市叙景 [DVD]原作は佐藤泰志の遺作となった作品。映画は全5編からなるオムニバス・ストーリー。函館をモデルにした架空の地方都市・海炭市を舞台に、様々な事情を抱えた人々が必死に生きる姿を映し出す。

『海炭市叙景』受賞歴

  • 第12回シネマニラ国際映画祭
    グランプリ
    最優秀俳優賞(アンサンブルキャスト)
  • 第65回毎日映画コンクール
    撮影賞
    音楽賞
  • 第84回キネマ旬報ベストテン
    第9位
  • 第25回高崎映画祭
    特別賞
  • 2010年松本CINEMAセレクト・アワード
    最優秀映画賞
  • 2011年フランス・ドーヴィルアジアン映画祭
    審査員特別賞
  • 第23回東京国際映画祭
    コンペテイション正式出品作品

『そこのみにて光輝く』

そこのみにて光輝く 通常版DVD“函館3部”で映画化された佐藤泰志の作品の中でも「そこのみにて光輝く」は、キャリア唯一の長篇で代表作とされている。第2回三島由紀夫賞候補となった作品でもある。

映画は、夏の函館を舞台に愛を見失った男と愛をあきらめた女との出会いを底辺で生きる家族を慈しむような眼差しで映し出し、国内外で多くの賞を獲得した。

『そこのみにて光輝く』受賞歴

  • 第38回モントリオール世界映画祭
    最優秀監督賞(呉美保)
  • 第22回レインダンス映画祭
    ベストインターナショナル賞
  • 第6回TAMA映画賞
    最優秀女優賞(池脇千鶴) 
    最優秀新進男優賞(菅田将暉)
  • 第36回ヨコハマ映画祭
    作品賞 
    主演男優賞(綾野剛) 
    脚本賞(高田亮)
  • 第88回キネマ旬報ベスト・テン
    日本映画ベスト・テン1位 
    監督賞(呉美保) 
    脚本賞(高田亮) 
    主演男優賞(綾野剛)
  • 第38回日本アカデミー賞
    優秀主演女優賞(池脇千鶴)
  • 第57回ブルーリボン賞 
    監督賞(呉美保)
  • ※他多数受賞

-9月公開, ヒューマンドラマ, 恋愛, 邦画
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