映画を観る前に知っておきたいこと

リメインダー 失われし記憶の破片
凡庸なスリラーに飽きた人へ

投稿日:2017年1月25日 更新日:

リメインダー 失われし記憶の破片

不慮の事故で記憶をなくした男が
記憶再生作業を開始する ──

イギリス人作家トム・マッカーシーのベストセラー小説『もう一度』を原作に、アートの分野における著名な映像作家オマー・ファストが初めて挑む長編映画。事故により記憶を失った名もなき男は巨額の示談金を元手に、わずかに残る記憶から自分の存在を確かめるための再現ドラマを制作していく。滑稽、不可解、それでいて切ない驚愕の記憶再生スリラーだ。

主人公の名もなき男を『パイレーツ・ロック』(09)のトム・スターリッジ。彼の友人グレッグを『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』(16)のエド・スペリーアスが演じる。

予告

あらすじ

男(トム・スターリッジ)の頭に空から何かが落ちてきた。瀕死の重傷を負った男は記憶まで失っていた。何もかもが消え、真っ白な中に繰り返し見る悪夢。唯一男の頭に残されたイメージは、古い家の階段の上から階下の老母に手を差し出す少年のイメージだった。

リメインダー 失われし記憶の破片

© 2015 Remainder Film Ltd/The British Film Institute

事故について何も語らないことを条件に850万ポンドの示談金を得た男は、イメージの再現ドラマを制作していく。かつて自分が暮らしたアパートに似た建物を買い上げ、大勢の役者を雇って執拗に繰り返される練習。

リメインダー 失われし記憶の破片

© 2015 Remainder Film Ltd/The British Film Institute

おぼろげな過去を忠実に再現しようと試みた男は、やがて記憶のスパイラルに飲み込まれる……

映画を観る前に知っておきたいこと

先鋭的な英文学作品とアーティスティックな映像作家。映画とは別の場所からやってきた異色の者同士が織り成すのは、もちろん異色の作品だ。奇妙な“連続性”というキーワードによって結ばれた彼らが、その不可解さによって、凡庸なスリラーに飽きてしまった映画ファンに新たな刺激をもたらす。

不可解な原作

原作となったトム・マッカーシーの小説は、その真価が見出されるまでに幾分の時間を要した。複数の出版社に売り込むもいずれも不調に終わっていたこの小説が英文学の傑作として認められたのは、完成から4年後のことだった。そう、後のベストセラー小説はあまりに先鋭的にして型破りだったのだ。

主人公の30歳前後の男には、記憶もなければ名前もない。「僕」として語られる物語は、事故の経緯や12億円もの示談金の背景などを置き去りにして、ひたすら自己の記憶の再演へと向かっていく。自身の存在を確かめようと、わずかな記憶だけを頼りに制作される大掛かりな自分再現ドラマ。「僕」の行動にある狂気は、物語の冒頭から一貫してそこに存在しているのである。

“既存の物語の枠に収まらないこの先鋭性こそ今後の小説が進むべき道”とまで言われながら、その不可解さゆえ多くの論争を巻き起こした異色の英文学作品。その映像化に挑むのもまた異色の映像作家だ。

オマー・ファスト

イスラエルの著名な映像作家として知られるオマー・ファスト。彼が手がけるのは映画としてのそれではなく、飽くまでアートとしての映像作品である。しかし、ストーリー性を意識した物語は常に映画的であり、個人の体験や記憶、歴史がどのように作られてきたのかを問いかけるメッセージ性の強さを併せ持つ。

過去に日本のアート展でも紹介された中に、“連続性”を意味する『Continuity(コンティニュイティ)』と題された作品がある。ドイツ人の夫婦が戦地から帰還した息子を出迎え、自宅で夕食を共にするまでの場面が40分間で何度も繰り返し描かれるこの作品は、同じストーリー上で、息子が新しく入れ替わっていくという仕掛けが施されていた。

特定のシチュエーションの中で、息子を演じる役者を入れ替えることによって、最初は本物に見えた家族が段々と演じられた家族へと変わり、役者か本物の息子か曖昧になった境界線から、観る者に個人のアイデンティティを問いかけようというのである。

そんなファストの作家性を映画に持ち込むのに、トム・マッカーシーの原作に見られる“連続性”は最高のモチーフと言える。記憶をなくした男の再演。それは映画としてはあまりにも異色な物語ゆえ、オマー・ファストの世界観と強烈に惹きつけ合うものがあるのだ。

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