映画を観る前に知っておきたいこと

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世界を魅了した拉致監禁ヒューマンドラマ

投稿日:2016年3月2日 更新日:

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はじめまして、【世界】。

納屋に7年間も監禁された母親と、そこで生まれ育った5歳の息子。閉ざされた部屋からの脱出。そして、母子は広過ぎる世界と対峙する。

アイルランドの女流作家エマ・ドナヒューによる大ベストセラー小説『部屋』を、同じくアイルランドの監督レニー・アブラハムソンが映画化した拉致監禁ヒューマンドラマ。スリリングな脱出劇と普遍的な母子の愛を同時に映し出す斬新な切り口は、2015年に世界中の映画ファンから最も熱い視線を送られた。

母親を演じたブリー・ラーソンがアカデミー主演女優賞を初ノミネートで受賞するという快挙を始め、トロント国際映画祭での最高賞(観客賞)など計74の映画賞を獲得。世界最大の映画批評サイトRotten Tomatoesで批評家支持率94%を誇る注目作だ。

但し、この映画は一切の事前情報を入れずに鑑賞できたなら、観る者の五感を更に刺激する。

予告

あらすじ

今日はジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)の5歳の誕生日。電気スタンド、洗面台、トイレ、彼は部屋の中にある物に向かって、「僕、5歳だよ」と宣言する。母親ジョイ(ブリー・ラーソン)は7年前に納屋の中に監禁され、そこで生まれ育ったジャックにとって、この小さな部屋こそが世界の全てだった。

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© Element Pictures 2015

夜になるとジャックはクローゼットで眠り、二人がオールド・ニックと呼ぶ男(ショーン・ブリジャース)が訪ねて来ては、食料や服を置いていく。その日、ジョイがニックに対して「息子にもっと栄養を」と抗議したが、半年前から失業して金がないと逆上されてしまう。翌朝、部屋の電気は止められ、二人は凍える寒さをやり過ごした。

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© Element Pictures 2015

ついに、ジョイは息子に真実を話し、部屋からの脱出を決心する。しかし、ドアに掛けられたオートロックの暗証番号はニックしか知らない。そこで、ジャックに読み聞かせていた「モンテクリスト伯」からヒントを得たジョイは、死んだフリをしたジャックを運び出させる計画を立てる。ジャックをカーペットでくるみ、二人が何度も段取りを確認していると、外からはニックの足音が聞こえ……

映画を見る前に知っておきたいこと

映画の原作『部屋』はフィクションであるものの、エマ・ドナヒューがこの物語を執筆するに至った裏には実際の事件が存在する。それは、2008年4月にオーストリアで発覚した実の父親による監禁が行われた「フリッツル事件」だ。

エリーザベト・フリッツルという女性が、父ヨーゼフによって24年間に渡り監禁され、性的虐待の末に7人の子供を出産。事件後、父親は終身刑、エリーザベトと子供たちは国に保護され、現在は問題を抱えながらも日常生活を送れるまでには回復しているという。

監禁や誘拐事件を題材にした映画自体は決して珍しくないが、その多くは、そこからの脱出劇をスリリングに展開するか、被害者の心の葛藤を捉えるかに限定される。しかし、『ルーム』はたった2時間、それも二部構成と言えるほど大胆な描き方で、監禁事件におけるその二つの側面を余すことなく観客にぶつけてくる。

この斬新な切り口ゆえ、あたかも僕たちの驚きを誘っているようにも見えるが、監督のレニー・アブラハムソンの狙いは、飽くまでジャックの成長を描き出すことだ。そうすることで、おぞましい事件をベースに持つこの映画は、初めて母子の愛を描いた感動作へと生まれ変わる。

ジャックの成長物語

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© Element Pictures 2015

映画の中で、最も予測不能な動きを見せるジャック。初めて外の世界に触れた彼は、未知への好奇心以上に、その大きさに恐れを抱き、世界と無関係でいられた監禁部屋での生活の方が幸せだったと錯覚していく。

それもそのはず、母親のジョイは彼が5歳になるまで、部屋の中だけが本物の現実で、外は偽物の世界だと教え込んでいたのだから。息子の平穏を願わんとした母親の愛情が、世界と対峙するジャックの思わぬ障壁となって立ちはだかるのである。

一方、7年という途方もない監禁生活から解放されたジョイは、心の傷と隔てられた他者との関係性から、事件の以前よりずっと狭い世界を生きる羽目になる。元の世界に戻ったに過ぎない彼女の傷は、失われた時間を取り戻さなければならない分ジャックよりも深刻だ。

そして、監禁生活の多くを母親として過ごしてきた彼女にとって、失われた時間を肯定することができるのは、唯一ジャックの成長だけである。彼が世界を受け入れた時、それはジョイにとっても大きな救いとなる。

実はこの物語、冒頭からずっとジャックの心の変化を見つめている。映画の幕開けと共に、僕たちは少年の不思議な言動に目を奪われ、あまりにも特殊な生い立ちに引き込まれていく。そして、映画もちょうど中盤に差しかかった頃、物語の舞台が外の世界に移ると、内側と外側の鮮烈なコントラストがスクリーンに浮かび上がる。

監督のアブラハムソンは、閉ざされた部屋と外の世界を均等に描き出すことによって、誰にも想像がつかない経験を持つ人間、ジャックの成長をごく自然に表現してみせたのだ。

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