映画を観る前に知っておきたいこと

最愛の子
実話から社会現象、そして法改正へとつながった感動作

投稿日:2016年1月10日 更新日:

最愛の子

どうか神様、私にあの子を返してください。

ある日、突然姿を消した大切な我が子。3年後、誰かの子供になっていた ──

現代の愛を切り取る香港の名匠ピーター・チャンが中国で実際に起きた誘拐事件を基に描き出す、親が子を想う至上の愛、子が親を慕う無垢な愛。年間20万人もの子どもが行方不明になっていると言われる中国の闇を炙り出し、拡大する経済格差や一人っ子政策にまで切り込んだ渾身の社会派・ヒューマンミステリー。

中国で社会現象にまでなったこの映画は、誘拐された子供や女性を買うことを重罪とみなす刑法の改正法案に重要な影響を与えた。

予告

あらすじ

2009年7月18日、中国・深圳。下町の寂れたネットカフェを営むティエン(ホアン・ボー)は3歳の息子ポンポンと二人で暮らしていた。週に一度、ポンポンは母親ジュアン(ハオ・レイ)と過ごす。ある日、近所の子供と遊んでいたポンポンは母親の車に気付き後を追いかけた。車を見失い一人になったポンポンを何者かが連れ去ってしまう。

最愛の子

© 2014 We Pictures Ltd.

父親ティエンは捜索願を出すが、警察はすぐには動いてくれなかった。ティエンとジュアンは息子を探すためインターネットで情報提供を呼びかけたが、後悔の念と罪の意識だけが残っていった。

最愛の子

© 2014 We Pictures Ltd.

2012年の夏。ティエンのもとに安徽省の農村にポンポンらしき男の子がいるという情報が入る。ティエンとジュアンが駆け付けた先には6才になった息子の姿が。しかし、誘拐当時3歳だったポンポンに実の両親の記憶はなかった。

ポンポンにとっての母親は、育ての親であるホンチン(ヴィッキー・チャオ)だった……

映画を観る前に知っておきたいこと

この物語は、2008年3月に誘拐された男の子が3年後の2011年2月に両親のもとに帰ってきたという実際の誘拐事件を基に描かれている。監督ピーター・チャンは、この事件を追ったドキュメンタリーから映画の着想を得たという。

中国で社会現象になるほどこの映画がヒットした裏には、事件が身近な社会問題として多くの関心を集めていたという背景がある。それは同時に、中国政府の政策に喘ぐ人々の悲痛な叫びでもある。

直接的な影響力持った稀な映画

人口が爆発的に増加していた中国は1979年に一人っ子政策を実施した。原則として夫婦1組に子供1人とし、違反した夫婦には罰金が科せられるこの政策が、映画で描かれたような誘拐事件の引き金となっているのだ。

働き手や跡継ぎとなる男児が生まれればまだ良いが、中国では一人目の子供が女児であった場合に養子をとるケースが多い。その結果、人身売買の市場が巨大化、誘拐犯はより価値の高い男の子をつけ狙うことになる。また、この市場に元手は要らないため、拡大する経済格差も犯罪の増加を後押ししてしまうのだ。

これだけ悪循環を生んでいる根深い問題でも、映画として取り上げることは容易ではない。

中国で行方不明になる子供は年間1万人。この数字は中国政府の発表である。一説ではその数20万人、この差が示すものは中国政府の隠蔽体質だ。

映画の検閲が厳しくなることが予想されるテーマに、チャン監督は一度は映画化をあきらめたという。脚本を執筆しながら、中国政府との幾度かの協議を経て完成されたこの映画は、結果的に中国の閉鎖的な体質に一石を投じることになった。

本作は社会現象という付加価値を得ることで、誘拐された子供や女性を買うことを重罪とみなす刑法の改正法案を後押ししたのだ。ここまで映画が直接的かつ大きな影響力を発揮する例は稀だろう。

事件のドキュメンタリーに出会ったチャン監督がそこに映画的な感動を見出し、許されないとされたテーマが中国政府の検閲をクリアする。そして法改正へとつながった、極めて細い隙間を縫って存在している奇跡的な映画だ。

-ヒューマンドラマ, 社会派
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