映画を観る前に知っておきたいこと

【起終点駅 ターミナル】直木賞作家・桜木紫乃の最高傑作が映画化

投稿日:2015年10月8日 更新日:

起終点駅 ターミナル

「ホテルローヤル」で第149回直木賞を受賞した、桜木紫乃の傑作短編小説を映画化。法では償えない罪を抱えて生きる55歳の弁護士と、孤独を背負い生きる道を見失いそうな25歳の女性。二人の男女が出会い、再び人生を歩み出す姿を描いた感動の物語。北海道・釧路、男にとって終着の場所であったはずのこの街で、それぞれがもう一度人生へと旅立っていく。

監督は『はつ恋』『深呼吸の必要』など、数多くの人間ドラマを撮り続けてきた篠原哲雄。主人公の男女に佐藤浩市、本田翼。そして尾野真千子、中村獅童、泉谷しげる、音尾琢真、和田正人など、実力派キャストが脇を固める。第28回東京国際映画祭クロージング作品。

釧路の力強くも物悲しい情景の中で描かれる、男と女が再び踏み出す人生の一歩。終点駅だと思っていた場所が、始発駅になる——

  • 製作:2015年,日本
  • 日本公開:2015年11月7日
  • 上映時間:111分
  • 原作:小説「起終点駅(ターミナル)」桜木紫乃

予告

あらすじ

北海道・旭川で裁判官として働く鷲田完治は、法廷で覚醒剤使用の被告人となった学生時代の恋人・結城冴子と再会する。東京に妻子がいた完治だが、裁判後に冴子と再び関係を持つようになる。完治は全てを捨て、冴子と共に生きていくことを決めるのだが、彼女はその想いに応えることなく自らの命を絶ってしまう。完治の目の前で……
起終点駅 ターミナル
それから25年が経ち、完治は釧路で国選弁護人として一人ひっそりと生きていた。誰とも関わらないように過ごす孤独な日々は、愛した女性を死に追いやってしまった自分自身へ課す罰のようだった。
起終点駅 ターミナル
そんなある日、弁護を担当した椎名敦子という若い女性が、人探しの依頼で完治のもとを訪れる。個人の依頼は全て断っていた完治だったが、同じく孤独を抱えていた敦子に、あの日以来止まっていた心を動かされていく。そして敦子もまた、孤独を分かち合える完治との出会いに、自分の生きる道を見出していくのだった。
起終点駅 ターミナル
人生の終着駅だと思っていた釧路の街は、やがて二人にとっての始発駅へと変わろうとしていた。完治と敦子、それぞれがもう一度新しい人生へと旅立とうとする。

映画を見る前に知っておきたいこと

直木賞作家・桜木紫乃の作風

1965年、本作『起終点駅 ターミナル』の舞台でもある北海道・釧路市に生まれる。2002年、「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。2013年 には「ラブレス」で第19回島清恋愛文学賞、そして「ホテルローヤル」で第149回直木三十五賞を受賞している。

井原西鶴「好色一代男」、永井荷風「四畳半襖の下張」、谷崎潤一郎「痴人の愛」、渡辺淳一「失楽園」などの系譜から成る性愛文学を代表する作家であるが、その性描写は過激さよりも、人間の本能的な行為としての悲哀という描き方がなされている。

初の映画化作品である本作をはじめ、その小説の殆どは彼女の出身地である北海道が舞台になっている。直木賞を受賞した代表作のタイトルや、いくつかの作品に「ホテルローヤル」という名のラブホテルが登場するのだが、これも釧路の町にかつて実在した、彼女の父親が開業したホテルなのだそうだ。このホテルで、部屋の清掃など家業の手伝いをしていた経験が、彼女の性愛への冷めた視点を形成していった。

桜木紫乃のこうした作風は、恋愛模様を描いても純文学的である。映画の原作がこうした日本の純文学である時、映画自体も芸術性の高い作品に仕上がることが多い。本作もそんな作品の一つで、鷲田完治と椎名敦子という登場人物が持つ感情は複雑で、それゆえ深く、表現するのも簡単ではなかったと思うが、その分観客の奥深くに訴えかけてくる。

尾野真千子の演技

本作がそんな芸術性の高い作品として映画化できたのは、登場人物の複雑な感情を現場で見事に体現した俳優の存在が大きいと思う。鷲田完治を演じた佐藤浩市を始め、実力派俳優が顔を揃えているのもうなずける。そんな中でも、主人公・完治の学生時代の恋人を演じた尾野真千子の演技は素晴らしかった。自ら命を絶ってしまう理由の多くも語られないこの役はかなり難しかったのではないかと思う。そして、その微妙な心理描写があるからこそ佐藤浩市演じる主人公・完治のその後の苦悩へと繋がっていく。もちろん本作で最も重要な役は主人公・完治であり、それを演じる佐藤浩市の演技は新境地とも言えるものであったが、そこにバトンを渡すかのように物語を繋げた尾野真千子の演技にも注目してもらいたい。彼女は売れたのも遅かったが、こういう映画に出演した時は、さすが叩き上げの女優だと関心させられる演技を見せてくれる。

そして、そんな実力派俳優たちを演出した篠原哲雄は、これまで幅広いジャンルを手掛けてきたものの、小説を映画化することを得意とした。これらが見事に合わさることで芸術性の高い映画が生まれたのだ。

音楽は小林武史

本作の音楽を担当するのは、ミュージシャン、そしてサザンオールスターズやMr.Childrenなど、日本を代表する数多くのアーティストを手がけるプロデューサーとして有名な小林武史。彼は日本の映画音楽を語るうえでも欠かせない人物だ。

1990年に桑田佳祐が監督した映画『稲村ジェーン』で自身初の音楽監督を務め、主題歌の「稲村ジェーン(作詞・作曲:桑田佳祐 編曲:サザンオールスターズ・小林武史)」は、数あるサザンオールスターズの名曲群の中でも屈指の人気を誇る代表曲となった。それ以降も『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』『深呼吸の必要』『地下鉄に乗って』『幸福な食卓』『愛と誠』など、数々の映画音楽を手がけている。その中でも前述の『稲村ジェーン』と並び特筆したいのが、岩井俊二監督の『スワロウテイル』だ。主演のCHARAがボーカルを務めるYEN TOWN BANDという架空のバンドが劇中に登場するのだが、そのYEN TOWN BANDのアルバムとして発売された小林武史プロデュースのサウンドトラック「MONTAGE」は、映画やドラマといったフィクションの登場人物の名義で発売されたアルバム作品として初のオリコン1位を記録した。以降12年と10か月の間、大ヒットアニメ「けいおん!」に登場するバンド・放課後ティータイムが2組目の首位になるまで、唯一の存在であり続けた。

本作『起終点駅 ターミナル』でも、小林武史の情感豊かな音楽が全編を包み込んでいる。そして、主題歌は彼と縁深いMy Little Loverの新曲だ。

My Little Lover / 「ターミナル」
https://youtu.be/EEvOdnZ7sa0

東京国際映画祭とは

本作がクロージング作品として選ばれた東京国際映画祭について少し紹介しておく。カンヌ、ベルリン、ヴェネツィアなどの世界三大映画祭と比べるとあまりピンとこない人も多いだろう。実際それらの映画祭に比べると権威はまだまだなのは事実だが、東京国際映画祭も世界三大映画祭同様に国際映画製作者連盟(FIAPF)に公認された映画祭である。国際映画製作者連盟(FIAPF)とは唯一、世界の映画製作者たちの権利を代表した組織だ。そんな東京国際映画祭の中でクライマックスとなるクロージング作品として本作は選ばれた。それは栄誉あることである。今年の東京国際映画祭は上映される映画が205作品と多いため、例年より1日長い10日間
で開催される。本作がそんな中どのような評価を受けるのか楽しみだ。

-ヒューマンドラマ, 邦画

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。