映画を観る前に知っておきたいこと

【バーバリアンズ セルビアの若きまなざし】不安定な社会を生きる若者のリアルな青春映画

投稿日:2015年12月28日 更新日:

バーバリアンズ セルビアの若きまなざし

セルビアの新鋭監督イバン・イキッチが描く新たな青春映画。コソボ独立宣言に揺れる2008年のセルビア、紛争と混乱の国で生きる仕事も夢もない若者(バーバリアンズ)のリアルを映し出し、世界中の映画祭で話題となった。

イバン監督自身が経験したセルビアのコソボ独立反対運動を社会背景に「自分たちのような“忘れられた世代”の憤りを描きたい」という想いから生まれた本作は、社会派でありながら若者の抱える怒り、そして愛への飢えを表現した。これは公式サイトの紹介ではあるが、英国の巨匠ケン・ローチ監督が労働者階級や移民たちの日常にクローズアップして描いた『ケス』や『SWEET SIXTEEN』などの作品にも通じる一本と書かれている。長編デビュー作にしてケン・ローチを引き合いに出されることはこれ以上ない評価と言える。

また、キャストをプロの俳優ではなく素人の地元の不良たちを起用したこともケン・ローチの手法に近い。これにより、鼓動が聞こえるほど等身大の若者の青春を描くことに見事に成功している。

  • 製作:2014年,セルビア・モンテネグロ・スロベニア合作
  • 日本公開:2016年1月16日
  • 上映時間:87分
  • 原題:『Varvari』

予告

あらすじ

2008年2月17日、コソボ独立宣言。しかし、コソボがセルビアから独立することにセルビア政府は強く異議を唱えた……バーバリアンズ セルビアの若きまなざし首都ベオグラードから50km離れた町ムラデノバツに住む若者・ルカ。彼は仮釈放中で精神的にも大人になりきれておらず、鬱屈とした日々を過ごしていた。唯一のはけ口は、地元サッカーチームの応援ぐらいだった。かつては工業地域として栄えながら、今では荒れ果ててしまった町ムラデノバツで、地元サッカーチームのサポーターのリーダーである親友・フラッシュと酒を飲んでは騒ぐことしかなかった。バーバリアンズ セルビアの若きまなざしそんなある日、ルカに思いもよらない知らせが届くことに。自宅に訪れた社会福祉士にコソボ紛争で死んだと思われていた父がルカを捜していると教えられる。これまで母は、父の消息について話すことはなかった。突然の事実に戸惑いを隠せないルカだった。家族の問題、仮釈放中のプレッシャー、うまくいかない恋愛、ルカは多くの悩みを抱えながら苛立ちが募っていく。バーバリアンズ セルビアの若きまなざしやがて行き場を失ったルカの苛立ちは、いざこざを引き起こしてしまう。地元サッカーチームのトップ選手に骨折の大けがを負わせてしまう。チームの連中やサポーターたち、さらには友人たちにまで追われるはめとなったルカは行き場を失うこととなった。それがきっかけとなり、ルカは一方的に独立宣言をしたコソボに対する抗議デモで揺れる首都・ベオグラードへと向かう。バーバリアンズ セルビアの若きまなざしそこで仲間たちとデモに参加したルカだったが、ただ暴れては強奪をして楽しむ仲間たちを見て、何の信念も持たないことに違和感を感じ始める。「いったい、自分は何者で何がしたいのだ・・・」と自問自答するルカであったが、ついに仲間たちから離れ、ベオグラードにいるという父親に会うためバスに飛び乗る!

映画を見る前に知っておきたいこと

ルカが生きるセルビア

もともとセルビアは、ユーゴスラビアという連邦国家を構成する内の国の一つである。ユーゴスラビアは1929年から2003年まで成立と解体を繰り返し、2006年にセルビアは完全に独立した国家となった。この問題はあまりにも複雑な歴史があるのでここで説明はしないが、とにかくセルビアという国を取り巻く状況は常に変化し続けてきた。それはこの地域に多くの民族が存在し、対立してきたことから一つにまとまることができなかったためだ。ユーゴスラビアという連邦国家時代には様々な国家体系が試されたが、最終的には解体し、それぞれの国はバラバラとなっている。

セルビアという国家単位で捉えても、これだけ複雑化した歴史がある中、国内でもコソボという自治州が存在している。コソボにはセルビア人とアルバニア人が住んでいるが、この二つの民族は20世紀の間対立を続けている。コソボに住む民族の多数はアルバニア人であったが、セルビアという国家の一部であるコソボでは少数派のセルビア人が実質統治していた。そしてこれに不満を抱いたアルバニア人がコソボの独立を宣言したことが、映画に出て来るコソボ独立宣言である。

今現在もこの問題は継続しており、日本を含む国連加盟193ヶ国のうち111ヶ国は独立を承認した状態となっている。本作の主人公・ルカはこうした混乱の真っただ中にある若者なのだ。少し複雑ではあるが、大まかな背景だけでも捉えておけばより映画に入り込めるはずだ。

イバン監督とジェリコ・マルコヴィッチとルカの共通点が映画をおもしろくする!

冒頭でも書いたが、本作は英国の巨匠ケン・ローチ監督の作品を彷彿とさせる。公式サイトでは『ケス』と『SWEET SIXTEEN』が引き合いに出されていたが、個人的には『SWEET SIXTEEN』とよく似た空気感を持った作品という印象だ。その一番の理由は、主人公の設定やキャラクターが近いことが挙げられる。

『SWEET SIXTEEN』のリアムと本作のルカは、どちらもどうしようもない日常から抜け出そうとするが、若さ故その選択を誤ってしまう。そこには世界共通の若者像というものがある。そして、必死に生きながら空回りしてしまうその姿をとても魅力的にするのが、圧倒的なリアリティだ。

本作では、映画の舞台となった町ムラデノバツで実際にくすぶっている不良少年をキャスティングしたことで圧倒的なリアリティを生み出しているが、『SWEET SIXTEEN』のリアムを演じたマーティン・コムストンもこの時が初出演であった。社会派映画を得意とするケン・ローチ監督は、リアリティを追求する手法として素人を起用することが多い。それに台本を渡さず、アドリブによる演技をさせることでも知られている。本作のイバン・イキッチ監督がとった手法もこれと同じである。やはり本作は青春映画である前に社会派としての側面が強いので、リアリティが肝となってくる。それにより青春映画としても観客の胸に刺さる作品となっている。

実際、僕もそう若くないので昔ほどは青春映画というものが見れなくなってきているが、ケン・ローチ作品や本作はおもしろいと感じる。歳とともに段々と教官することや自身を重ね合わせることが難しくなっているので、邦画の青臭いいかにも青春映画というのは何も感じなくなってしまった。

ならばなぜ本作のような作品はそうではないのかと考えると、やはり社会派であることが大きい。本作の監督であるイバン・イキッチは33歳と僕と歳も近いのだが、劇中の社会背景となっているコソボ紛争中に多感な時期を過ごしている。よってルカはイバン監督が自身を投影したような存在でもある。実際、どんな青春映画であってもそれを撮る監督が十代ということはないので、監督が同年代ならばそちらに共感し、青春時代を振り返るのにちょうど良いと感じることができた。ただ若者の感情や恋愛にフォーカスした作品ではこうはならないと思う。

また、ルカを演じたジェリコ・マルコヴィッチはルカ同様に何も持たない若者であった。しかし、本作の出演で素人とは思えない演技が評価され、各国の映画祭で新人賞や男優賞などを受賞した。彼の人生は本作がきっかけで急激に変化を見せている。何も持たなかった一人の若者が、純粋に夢を持ち未来への道が開けたのだ。実際は、彼は俳優ではなく映画を製作する方に興味を持ったようだが。この現実のジェリコと劇中のルカ、さらにはイバン監督が重なり過ぎることは、本作の見所である。ルカを演じる若者の現実のストーリーやイバン監督の過ごしてきた社会を知ることでより映画に感情移入ができる。

-洋画, 青春
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