映画を観る前に知っておきたいこと

【父の秘密】腹に鉛を入れられたような衝撃のラスト!

父の秘密

2012年の第65回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でグランプリを獲得した作品。いかにもカンヌらしい、そして「ある視点」部門らしいと言える映画だ!

『父の秘密』という邦題からもわかる通り、父親ロベルトは妻の事故死から立ち直れぬまま、娘に自身が持つ凶暴さを見せずに生きていく。また、娘アレハンドラは母の死という過去に折り合いを付け懸命に生きようとするが、転校先の学校でいじめの標的とされてしまう。不条理な暴力に呑みこまれていくアレハンドラに一切の光は差し込まない。ちなみに原題『Despues de Lucia』に含まれるルシアとは本編に登場することのない母親の名前で、スペイン語で“光”を意味する。映画を見れば、そのコントラストを感じることができるだろう。

監督は、本作を撮った時点で弱冠31歳のメキシコの新鋭ミシェル・フランコ。長編デビュー作『Daniel and Ana』(2009)でカンヌ国際映画祭監督週間に選出され、長編2作目でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリという快挙は未来を感じさせた。そして、その期待に応えるように長編3作目となる『或る終焉』(2016年5月日本公開)では第68回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞し、その後日本ではまだ未公開であるが監督・プロデューサーを務めた『Desde allá』(2015)では2015年ベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞している。もはやこの才能は予感ではなく確信へと変わりつつある。


    • 製作:2012年,フランス・メキシコ合作
    • 日本公開:2013年11月2日
    • 上映時間:103分
    • 原題:『Despues de Lucia』
    • 映倫区分:R15+

予告

あらすじ

ロベルトとアレハンドラはごく普通の父娘だった。しかし最愛の妻ルシアを自動車事故で失い、ロベルトは深い悲しみに打ちひしがれていた。2人は新しい土地でやり直そうと、高級住宅街のプエルト・ヴァラルタを引き払い、メキシコシティへと引っ越してくる。ほとんど家具が置かれていない新しい家は、まるで父娘の虚無感を表しているようだった。「前の家のものをここに飾ろう」と言う娘のアレハンドラに対して、ロベルトは「いや、新しく揃えよう」と過去を切り離そうとする……父の秘密アレハンドラは新しい学校で受けた尿検査で陽性反応が出てしまい、マリファナを吸っていたことをロベルトに知られてしまう。彼は娘を心配するが「もう吸わない」と約束するアレハンドラに、それ以上の言葉をかけることができない。

一方、ロベルトは保険会社で妻の事故について調査を受けるが、事故の日の詳細を尋ねられて、動揺してしまう。「娘さんが運転を?」と調査員に聞かれるが、ロベルトは「娘は乗っていなかった」と強く否定する。アレハンドラは悲しみから立ち直れない父親を気に掛け、必死に亡き母の代わりを務めようとする。妻の服を着て、大人びた振る舞いをする娘に戸惑うロベルト。 父の秘密次第に新しい学校生活に馴染み始めるアレハンドラ。ある週末、仲良くなった同級生たちと遊びに出掛け、クラスの人気者であるホセと酔った勢いで一夜限りの関係を持ってしまう。行為の一部始終を録画するホセ。翌日、学校中にその動画が配信されるやいなや、彼らの態度は一変する。ホセに好意を抱いていたカミーラはアレハンドラを激しく罵り、仲間たちと彼女をいじめ始める。父の秘密いじめは次第にエスカレートしていく。カミーラたちに髪の毛を切られてしまったアレハンドラは耐えきれなくなり、すべてを捨てて逃げ出そうとする。しかし、いまだルシアを失った悲しみで心を閉ざし、自身のレストラン経営もうまくいかない父親に余計な心配は掛けられないと思い直した彼女は、いじめられていることを隠し、自分一人で耐えることを選ぶのだった。父の秘密憂鬱な臨海学校を休むこともできないアレハンドラ。同級生たちが酒宴を繰り広げる中、宿泊先のホテルの部屋でトイレに閉じ込められた彼女は、男子生徒からレイプされてしまう。その夜、同級生たちに夜の海へ入るよう強要されたアレハンドラは、そのまま姿を消してしまう。父の秘密翌朝、アレハンドラがいないことが知れ、学校は大騒ぎになる。その知らせで初めて、娘がいじめにあっていたことを知ったロベルトだが、いじめていた生徒たちは皆、白を切る。懸命な捜索活動が続けられるが、アレハンドラは一向に見つからない。自宅に戻ったロベルトは誰かが置いた、学校中にバラまかれた動画の入ったDVDを見つけ、アレハンドラがいじめに合った発端を理解するのだった。娘までも失ってしまったと嘆くロベルトの怒りは、狂気となり暴走する。父の秘密ロベルトはいじめの原因を作ったホセを無理矢理連れ去り、アレハンドラが消えた海へと車を走らせるのだった……


映画を見る前に知っておきたいこと

フィクス(固定カメラでの撮影)を多用した斬新な手法

カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でグランプリを受賞した本作だが、冒頭でも言ったように、いかにもカンヌらしい、そして「ある視点」部門らしいと言える映画だ。

それを理解してもらうためにカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門について少し話したい。この部門はカンヌの本筋であるコンペティション部門とは独立した別の部門であり、あらゆる種類のヴィジョンやスタイルを持つ「独自で特異」な作品を選出するために設けられている。よって「ある視点」部門に出品される映画は斬新なものや問題作が多い。

去年、日本で公開された『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』も、本作同様に「ある視点」部門でグランプリを受賞した作品であったが、この映画は一言で言うと“犬版『猿の惑星』”である。しかし社会派映画としての側面も強く、当然ただのSF映画ではない。現代社会に警鐘を鳴らした問題作であった。

「現代を不気味に覆い尽くす暴力」を透徹した眼差しをもって描いた本作もまた問題作でもあるが、僕はどちらかというと、それを表現するための手法が本作を「ある視点」部門グランプリまで押し上げたのではないかと思っている。

本作の予告編を見てもらってもわかると思うが、ほぼ全編に渡って固定カメラで撮影されている。これはフィクスと呼ばれる一般的な撮影方法だが、ここまで多用する作品は珍しい。これによって、逆にフィクス以外で撮影されたシーンが観客の印象に強く残る。予告編でも流れるが妻の事故現場を映したシーンは、こうしたバランスによってより強烈で物々しい雰囲気を帯びている。

また、本作のテーマである「現代を不気味に覆い尽くす暴力」を表現する上で必要不可欠なリアリティもこの手法による功績が大きい。極端に言ってしまえば、映画全体が監視カメラの映像のような空気を持っている。車の後部座席に置かれたカメラから撮影されたシーンが多くあるが、車内からロベルトの行動を見る視点は、観客が日常の中で共有しているリアルな感覚に直接訴えかけてくるものがある。

このフィクスを多用した手法は、リアリティをもたらすだけでなく作品に芸術性も与えている。映画の中で映される映像とは裏腹に、フィクスによる淡々としたビジュアルは斬新と感じるはずだ。

いかにもカンヌらしい芸術性、そして「ある視点」部門らしい独特の手法、ぜひこれらを頭の片隅に置いて見てもらいたい。

感想・解説(ネタバレ)

腹に鉛を入れられたようなラスト

見てもらえばわかるが、面白いとか面白くないとかで語れる映画ではない。特に、父が娘の復讐を遂げるラストは救いもないので見終わった後に腹に鉛を入れられたような感覚になるはずだ。おそらくこういう映画が嫌いな人も多いと思う。

映画に常にリアリティを求める人、またそういう気分であれば、かなり感情を揺さぶられることは間違いない。もし娘を持つ父親であれば、少し恐ろしくなるような映画ではあるが、ミシェル・フランコ監督の表現したかった「現代を不気味に覆い尽くす暴力」というテーマを確実に汲み取ることができるだろう。

僕は自分の感情のタイミングと合致さえすれば、こういう映画は好きだ。ラストシーンもフィクスによるシーンだったが、淡々とした空気ゆえに、あまりに強烈で、あの絶望感は今もまだ残っている。また同時に爽快感も感じてしまったことが人間の本質を考えらされた。良くも悪くも、心が波立つ映画だった……

これは個人的な映画の推測なのだが、ロベルトは妻の事故死から立ち直れぬまま、娘に自身が持つ凶暴さを隠していた。これが映画のタイトルとなっている“父の秘密”なのだろうか?どちらかというと“娘の秘密”といった内容であったように思う。

ラストシーンも含めロベルトの娘に対する尋常ではない愛情を感じたが、ひょっとすると妻が事故死した時に運転していたのは娘のアレハンドラだったのではないかと思っている。ロベルトが保険会社の調査を受けるシーンでの動揺に違和感を覚えてしまった。

また、アレハンドラ自身は調書で車の運転を教えてもらっていたと証言したというセリフもある。勝手な推測だが、これも“父の秘密”の一つだったのではないかと思っている。それによって、僕の中では娘を守る父親という印象がより強くなり、作品をより感情的なものにした。

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